X芭蕉終焉記

今日は旧暦926日で、元禄7年は922日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

昨日は車庸の家で興行した。

 

秋の夜を打崩したる咄かな 芭蕉

 

とばかりに秋の夜の淋しさを吹っ飛ばそうと盛り上げるつもりだったが、近頃の病気のせいで結局半歌仙で切り上げて、疲れてそのまま寝てしまった。

 

朝起きると車庸はまだ寝てて、あの後遅くまで飲んでたのかな。そういえば言ってたな。「宵に寝るのは無粋やし、朝早よ起きるのは貧乏臭いでんな。」と。

ここの亭主になったつもりで二度寝すっか。

 

おもしろき秋の朝寐や亭主ぶり 芭蕉

 

洒堂も之道も結局泊ってったのか。仲直りはできたかな。

今回の件、やはり洒堂の方に非がある。大阪は談林の強い地域だし、それに真っ向から喧嘩を売るようなやり方ではなく、之道のようにうまく合わせながら蕉門の方に引っ張って行く方が良い。

 

まあ、洒堂に口を閉じろというのはやはり無理だったな。

仲直りの印にと洒堂の発句。

 

秋風にふかれて赤し鳥の足 洒堂

 

まあ、秋の水鳥の足って確かに赤いし、そういう所はよく見てるな。それを寒さで赤らんだという意味で秋風と取り合わせたのかな。

 

「赤し」は二重の意味なんだろうな。恥ずかしくて赤面するとも取れるが、俺の心は清く赤し(潔白だ)という意味にも取れる。まあ、あんまり反省してないな。

之道の脇は、

 

  秋風にふかれて赤し鳥の足

臥てしらけし稲の穂の泥 之道

 

発句を刈った後の田んぼの水鳥として、稲穂の落ちてる泥も乾いて白くなる、ということか。「しらけし」も両方意味があるな。怒ってた気持ちもすっかり白けてどうでも良くなった、という意味と白日の下にさらされたという意味と。鳥の赤い足の下に、泥が白日の下にさらけ出された。

 

何だか仲直りといいながらバチバチ火花を散らしてるようでうまくないな。

 

  臥てしらけし稲の穂の泥

駕籠かきも新酒の里を過兼て 芭蕉

 

まあ、とにかく新酒でも飲んでいって、しばらくは一緒に飲めばいいじゃないか。

 

 

今日は旧暦927日で、元禄7年は923日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

昨日一日休んだから今日はなんだか調子がいい。この状態ならいきなり西国は無理としても、盤ちゃんと一緒に伊勢へ行くくらいならいいかな。文代ちゃんもいるし、いつまでも寝てられないし、そうだ、兄さんにも手紙を書いておこう。

 

泥足が集を編纂するんで、伊勢へ行く前に興行をしなきゃなと思って発句を考えた。

 

人声や此道かへる秋の暮

此道や行人なしに秋の暮

 

どっちが良いか盤ちゃんに聞いたら、後の方が良いというので、そっちを使おうと思う。

 

どっちも同じイメージで、興行が終わった後みんなそれぞれ帰っていって、自分はこれから伊勢に向かうことを思うと、また寂しいからね。そのあと曲水との約束でまた奈良を回ることになるし、年が明けたら明石よりもっと先の大宰府の梅も見に行きたいしな。

 

その時誰がついてきてくれるのかなと思うと何か不安だがったが、盤ちゃんがついてきてくれるなら「行人なし」にならなくて済む。

帰るではなく行くを選んだというのはそういう意味だよね。

そうそう、意専の手紙に早速この句を書いておこう。

 

 

今日は旧暦928日で、元禄7年は924日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

風国から手紙が来た。

泥足の所ですぐにでも興行したいが、いろいろ都合があって明後日になりそうだ。伊勢への出発はそのあとになるかな。

 

之道も洒堂も今度の興行に来るという。この前は之道の方が最初の一順で帰っちゃったからな。

大阪に着いて病気のせいでしばらく洒堂の家に厄介になってたせいか、洒堂寄りだと見られちゃってたしな。誤解は解けたと思うよ。

 

 

今日は旧暦101日で、元禄7年は926日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

昨日からまた熱が出て寒気がする。伊勢はともかく、大和行脚は延期すると菅沼外記に手紙を書いた。今日の泥足の集のための興行、清水の茶店でやるけど、ゆっくり休んんでそれに備えよう。

 

何でこう思うようにいかないのかな。

連歌にも、

 

  わが心誰にかたらん秋の空

荻に夕風雲に雁がね 心敬

 

の句があったが、鳥は雲へ向かって飛び立ってくのに、何で自分は床の上なんだ。

 

この秋は何で年よる雲に鳥 芭蕉

 

明るいうちに夕食を取り、予定通り清水の茶店で、

 

此道や行人なしに秋の暮 芭蕉

 

の発句で始めた。問題の之道と洒堂も出席。奈良から一緒だった盤ちゃんに惟然、膳所の游刀、それに大阪の人たちと、十二人も集まった。

 

泥足「何か含みがありそうだけど、ここは単に旅体として晩秋の景で流しておこうか。」

 

  此道や行人なしに秋の暮

岨の畠の木にかかる蔦 泥足

 

支考「岨、岨、岨‥、蕎麦畠に、秋だから月が出て、岨の花は白いから月白むかな。夜だから鳥も寝る。」

 

  岨の畠の木にかかる蔦

月しらむ蕎麦のこぼれに鳥の寝て 支考

 

游刀「膳所の猿楽師、游刀と申す。月白き白妙の景色の明けぬ前とくれば。水汲み薪とりどりですな。」

 

  月しらむ蕎麦のこぼれに鳥の寝て

小き家を出て水汲む 游刀

 

之道「隠遁者の風情やが、ここは大阪にふさわしく商人にしときましょ。天気を見て、寒うなりそうやから、羽織を用意して、荷造りでんな。」

 

  小き家を出て水汲む

天気相羽織を入て荷拵らへ 之道

 

車庸「羽織を入れるって、腹が冷えたんやろな。酒飲みゃ痛みもとまるちゅうもんや。」

 

  天気相羽織を入て荷拵らへ

酒で痛のとまる腹癖 車庸

 

洒堂「あのねえ、酒で痛みが止まるなんてありえないね。僕は医者だからわかるんだ。腹痛なんて言うけどせいぜい忙しくて仮病使って、酒飲みに行っただけだろう。」

 

  酒で痛のとまる腹癖

片づかぬ節句の座敷立かはり 洒堂

 

畦止「なに値打ちこいとんねん。まあ、楽しく行きまひょ。節句で忙しいゆうたら正月や。忙しいゆうてるうちに梅の花も散る。」

 

  片づかぬ節句の座敷立かはり

塀の覆にあかき梅ちる 畦止

 

惟然「梅の花が散るって、哀傷の常套句やわ。寒い中線香あげて、気持ちも落ち着けて。」

 

  塀の覆にあかき梅ちる

線香も春の寒さの伽になる 惟然

 

亀柳「線香のわずかな火でも、ないよりはええわな。春もまだ二月になら、十日恵比須の餅もある。」

 

  線香も春の寒さの伽になる

恵比酒の餅の残る二月 亀柳

 

泥足「二月は参勤交代の季節。旅でそんなのとかちあったら、やたら声のでかい侍がいたりしてうるさくて、なかなか眠れないもんですな。」

 

  恵比酒の餅の残る二月

兵の宿する我はねぶられず 泥足

 

芭蕉「声のでかいのも困るが、ここはいくさに向かう侍にして、装備してる鎧の革の匂いがぷんぷん匂って来るのも困ったもんだ。」

 

  兵の宿する我はねぶられず

かぐさき革に交るまつ風 芭蕉

 

車庸「かぐさき革は動物の死体やな。飢饉かなんかやろ。」

 

  かぐさき革に交るまつ風

ばらばらと山田の稲は立枯れて   車庸

 

支考「稲の立ち枯れか。火山でも噴火したかな。火山灰にお地蔵さんも埋もれるとか。」

 

  ばらばらと山田の稲は立枯れて

地蔵の埋る秋は悲しき 支考

 

之道「これは草に埋もれたってことでええわな。お地蔵さんをほかしておいて、ずぼらな奴ちゃろ。仕事もせんで茶ばかりしばいとる。」

 

  地蔵の埋る秋は悲しき

仕事なき身は茶にかかる朝の月 之道

 

惟然「ここは違え付けやわね。暇な人もいれば忙しい人もいる。塩飽の廻船がどっと入って一方では大わらわ。」

 

  仕事なき身は茶にかかる朝の月

塩飽の船のどつと入り込 惟然

 

畦止「ここで花の定座やろ。船が大入りで目出度いんやから、花の下での芝居も大入りのまま幕引きで、満開の花も散る。」

 

  塩飽の船のどつと入り込

散花に幕の芝引吹立て 畦止

 

芭蕉「わりい。やはり熱がある中、無理した。ここで挙句にしてくれ。」

洒堂「そういうことだったら、名医と歌われたこの僕にお任せあれ。」

 

  散花に幕の芝引吹立て

お傍日永き医者の見事さ 洒堂

 

 

今日は旧暦102日で、元禄7年は927日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

昨日は急に熱が出てあんなに苦しかったのに、朝起きたら何だかすきっとして、変なもんだな。腹の謎の違和感はずっと続いて、便が出にくかったり、痛みがあったり、時折熱が出たり、吐き気がしたり、ひどい時は下血したりするけど、何なんだろうか。

 

そういえば昨日せっかく来てたのに参加できなかった園女夫婦が、できたらうちへ来て欲しいと言ってた。今夜は昨日のリベンジだな。

 

洒堂「芭蕉さんあ、あれまじやばいよ。重陽の夜に来た時、もう一見してやばかった。

げっそり痩せてたし、顔色も悪いし、それでいきなり発熱に下血だし。

昨日は大見栄切ったけど、適当なこと言って患者を元気づけるのは得意だが、はっきり言って治療はむり。木節に押し付けるっきゃないな。手紙書いておこう。」

 

今のところ調子はいい。今日は最後までやりたい。

それで発句だが、園女さんを取り敢えず菊の花に喩えておこうか。褒めすぎて下心を勘繰られても行けないからな。微妙な所で。

 

白菊の眼に立て見る塵もなし 芭蕉

 

園女「何か目を立てて見れば塵があるみたいね。その塵は台所の排水ということにしておくわ。」

 

  白菊の眼に立て見る塵もなし

紅葉に水を流すあさ月 園女

 

之道「流し場といえば料理人やな。鯛を鮮やかにさばいてみせる。」

 

  紅葉に水を流すあさ月

冷々と鯛の片身を折曲て 之道

 

一有「芭蕉さんお体の方は大丈夫ですか?私も一応医者なので何かあったら。鯛といえば私は食う専門で。」

 

  冷々と鯛の片身を折曲て

何ンにもせずに年は暮行 一有

 

支考「何にもしなかったってことは、新年の誓いも果たされぬまま、襖に貼った言葉も空しくということかな。」

 

  何ンにもせずに年は暮行

小襖に左右の銘は煤びたり 支考

 

惟然「煤被ってるのは旅に出てたからやわね。」

 

  小襖に左右の銘は煤びたり

都を散ッて国々の旅 惟然

 

洒堂「旅の句だとすぐに苦しいだのなんだの言いたいところだけど、旅をすれば銀相場も所々で違うとか、こういう経済ネタに持っていくのが蕉門なんだよね。」

 

  都を散ッて国々の旅

改まる秤に銀をためて見る 洒堂

 

舎羅「大阪は商人のまちやさかい、金のことなら元服した頃から親の名代を務め、熟知してまっせ。」

 

  改まる秤に銀をためて見る

袖ふさぐより親の名代 舎羅

 

荷中「せや。大阪は商人の街やが人情ってもんもあるんや。垣越しに隣から盥を借りたら、きちんとれを言う。基本や。」

 

  袖ふさぐより親の名代

堵越にちょっと盥の礼いふて 荷中

 

芭蕉「盥を借りるのは隣で工事をしてる大工さんだったりするね。火を使う時には水を用意する。」

 

  堵越にちょっと盥の礼いふて

普請の内は小屋で火を焼 芭蕉

 

園女「火を焚くといえば、昼は消えつつ物をこそ思え。嫁はんが夫の帰って来るのを待って物思いにふけっておっても、早よ帰らな気持ちも醒めて行くものよ。」

 

  普請の内は小屋で火を焼

帰らぬに極る嫁のさめすまし 園女

 

之道「せや。早稲が取れたからさっそくどぶろく作ろう思うたら、嫁が冷たいもんやから籾摺の回転臼も一人では回せず、結局酒買うてくることになる。

 

  帰らぬに極る嫁のさめすまし

酒買てのむ早稲のすり初 之道

 

一有「酒が出た所で、月見出一杯ですな。」

 

  酒買てのむ早稲のすり初

晴々と月の出かかる杉の森 一有

 

支考「杉の森というと神社か。祭で町の人が集まる町宿には夜勤の者も仕事を終わって来たりして。」

 

  晴々と月の出かかる杉の森

夜づめ引たる町宿の秋 支考

 

惟然「夜勤明けというと明け方やね。漁師が漁から戻って浜から駕籠下げてやってくる。」

 

  夜づめ引たる町宿の秋

とれたやら浜から通る肴籠 惟然

 

洒堂「さあ、次は花の定座。当然ここは芭蕉さんに行ってもらいましょう。だからここは春にも秋にも使える彼岸という言葉を使って、花呼出しにする。」

 

  とれたやら浜から通る肴籠

彼岸のぬくさ是でかたまる 洒堂

 

芭蕉「順番からすると舎羅なんだけどね。まあ、ここは一応その意図を汲んで、奈良の若草山の春にしておくか。」

 

  彼岸のぬくさ是でかたまる

青芝は殊にもえ立奈良の花 芭蕉

 

荷中「ええのか。舎羅さん飛ばして。出勝ちにする?ほな行くで。ここは三月五日の出替りの頃として一分金を用意しておく。」

 

  青芝は殊にもえ立奈良の花

出替り時の一チ歩たしなむ 荷中

 

之道「出替りで一分もろたら、そら女の所へいかんがな。その通路がまたえろ狭うて。」

 

  出替り時の一チ歩たしなむ

通路を横にならねばは入られず 之道

 

一有「通ってきたたら急に親とか出てきたりして、慌てて隠れろと狭い所に押し込められる。」

 

  通路を横にならねばは入られず

しどろに直す奥のから櫃 一有

 

洒堂「慌てて隠すなら、蕪や大根の茎の浅漬け。」

 

  しどろに直す奥のから櫃

浅々と色うつくしき重の茎 洒堂

 

園女「重の茎は寒い季節のものよね。北風が寒いわね。」

 

  浅々と色うつくしき重の茎

雪のかへしの北になる風 園女

 

支考「北から吹き下ろす風の寒いのは大原の里かな。京の町へ大原女が柴を売りに行く。」

 

  雪のかへしの北になる風

柴売の隣の子どもつれ立せ 支考

 

惟然「大原からの路といえば清蔵口やね。夜の白む頃そこから京へ行く。」

 

  柴売の隣の子どもつれ立せ

清蔵口に夜のしらむなり 惟然

 

荷中「清蔵口なら上賀茂下賀茂の橋の辺りの川音がする。」

 

  清蔵口に夜のしらむなり

上下の橋の落たる川のをと 荷中

 

芭蕉「橋が落っこちたと取り成せるな。洪水で水浸しの田んぼにコウノトリがのさついてる。」

 

  上下の橋の落たる川のをと

植田の中を鴻ののさつく 芭蕉

 

園女「コウノトリの悠然とした感じは荘子の心と見ていいのかしら。小さな家で世俗にかまわず生きている隠士の風情で。」

 

  植田の中を鴻ののさつく

小がまへに不断を軽ふ打なぐり 園女

 

洒堂「では前句の打つを機を打つと取り成そう。今流行の縞模様の帯。」

 

  小がまへに不断を軽ふ打なぐり

島の仕出しのはやる帯機 洒堂

 

芭蕉「月の定座だ。之道やってみろ。」

之道「機織る音は長安一片月の砧の音の風情にも通じまんな。それよりもさらに寒く、師走の月にしときまひょ。」

 

  島の仕出しのはやる帯機

月影も寒く師走の夜の長さ 之道

 

荷中「師走の寒い夜、刀も売っぱらった牢人は、杖を脇指代わりにして、どこゆくんやろな。」

 

  月影も寒く師走の夜の長さ

杖一本を道の脇ざし 荷中

 

芭蕉「ここは盛り上げ所だな。杖といえば老人。それも死期が迫っていて、死の匂いに引き寄せられたカラスが飛び回る。もう駄目かと涙を流す。」

 

  杖一本を道の脇ざし

野がらすのそれにも袖のぬらされて 芭蕉

 

芭蕉「しんみりさせちゃったな。誰かうまくシリアス破壊して笑いにもってってくれないかな。」

一有「なら棺桶に片足突っ込んだような爺さんが、年甲斐もなく若い娘を欲しがるとか。」

 

  野がらすのそれにも袖のぬらされて

老の力に娘ほしがる 一有

 

支考「これは爺さんと娘が鍋を囲んでる場面だな。爺さんが餅(力)を食べようとすると、娘がそれを欲しがるという、ほのぼのとした情景はどうかな。」

 

  老の力に娘ほしがる

餅ちぎる鍋のあかりの賑さ 支考

 

園女「餅鍋というと工事の時に大工さんに振舞うみたいな感じかしら。」

 

  餅ちぎる鍋のあかりの賑さ

舗ぬ畳のつんで重なる 園女

 

芭蕉「さあ、さっきのお返しだ。ここは洒堂が花を持たないとな。」

洒堂「え?積んだ畳に花?ここはもう勢いで行くしかないか。」

 

  舗ぬ畳のつんで重なる

田の水の注連に流るる花盛 洒堂

 

惟然「注連縄は村境の道祖神の社か何かかな。こういう所は柳を植えたりするんで、柳の挿し木が育って行くということで、目出度く終わりにできるかな。」

 

  田の水の注連に流るる花盛

柳のさし木みどりのび行 惟然

 

 

今日は旧暦103日で、元禄7年は928日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

昨日は歌仙を満尾できて、まだまだやれそうだな。今日は畦止に呼ばれているし、あしたは芝柏の所に呼ばれている。これで息吹き返せば、いよいよ伊勢へ行けるかな。まだまだ野ガラスに袖を濡らしたりはしないぞ。

 

そういえば、昨日の興行で他にも一句、清水の晴々亭の主人に頼まれて揮毫したもので、

 

松風や軒をめぐつて秋暮ぬ 芭蕉

 

の句があった。明日で秋も終わりだな。

 

夕方から畦止亭に集まった。今日はで泥足の集に載せる発句が欲しいというので、みんなで恋を題材にして七種の恋というのを作った。

 

  月下送兒

月澄や狐こはがる兒の供 芭蕉

 

他の句は、

 

  寄鹿憶壻

篠越て来ル人床し鹿の脛     洒堂

  寄薄恋老女

花薄嫗が懐寐て行かん      支考

  寄稲妻妬人

いなづまや暗がりにさす酒の論  惟然

  深窓荻

雙六の荻の葉越や窓の奥     畦止

  寄紅葉恨遊女

逢ぬ日は禿に見する紅葉哉    泥足

  聴砧悲離別

洗濯の中に別るゝ小夜砧     之道

 

洒堂の句は夜這いに来る人が鹿の脛でも持ってるのか、ってとこかな。

支考の句は伊勢物語の九十九髪だな。

惟然の句は嫉妬の怖さを稲妻に喩えたか。

畦止の句は源氏の空蝉と軒端荻が碁を打つ場面を双六に変えたか。

 

泥足の句は遊女にふられて仕方なくかむろに紅葉を見せる。

之道の句は李白の長安一片月、萬戸擣衣声を俳諧らしく卑俗に落としている。

 

明日の興行の句を事前に作って渡しておいた。九月尽だからね。

 

秋深き隣は何をする人ぞ 芭蕉

 

もちろん俳諧だ。

 

 

今日は旧暦105日で、元禄7年は101日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

ずっと寝てたのか。目が覚めたが体が動かせない。下の世話は呑舟がして、盤ちゃんに体を支えられながら舎羅が匙でお粥を口に運ぶ。思うように呑み込めない。でも生きるためには飲み込まなくては。

 

夕方に一有が来た。之道は薬屋なので薬には困らないが、本業の方で忙しい。二郎兵衛は夜に備えて寝ている。盤ちゃんも早く寝た。昼は呑舟と舎羅、夜は二郎兵衛と盤ちゃんで交替で見守るようだ。

 

 

今日は旧暦106日で、元禄7年は102日。和歌の浦。X芭蕉終焉記。

 

何か夢にお花畑が出てきて、それも見たことのない色とりどりの大きな花をつける草で、そしたら杜国が出てた。

会いたかったし嬉しくて泣いてしまった。

あれが極楽浄土なのか。にしては変だな。

 

とにかく目が覚めたら何か少し楽になった。まだ杜国の所に行くには早いってことかな。まだ命はあるようだ。

治ったらまず伊勢へ行かないとな。西への旅はそれからだ。

 

そうか、結局し之道と洒堂は仲直りできなかったか。

洒堂がばっくれたって噂してる声が聞こえた。考えてみると、あいつもどこから来たのか、ついに何も言わなかったな。

 

伊賀で会った時には道夕を名乗っていて、入門したいと言ってきたけど、あの頃は何か適当にちょっと奇をてらった言葉を並べただけの句だったから、発句は言葉を並べたてれば良いってもんじゃなく、一句としてはっきり意味の通るように作れと教えたっけ。そのあとあの、

 

いろいろの名もむつかしや春の草

 

の句ができたっけな。

珍硯という俳号も考えて、それで一足先に近江に行ってるというので、菅沼外記を紹介して、彼に着いて勉強するように言ったっけ。

そこで洒落堂という庵を構えて、「ひさご」をすぐに編纂して、一躍名を挙げた迄は良かったが、それで舞い上がってしまったか。

 

ただでさえ我が強くて目立ちたがり屋で、すぐにバレるような嘘をつくし、膳所の人達とはあまりうまくいってなかった。

そういえば同じ時期に路通が窃盗の嫌疑をかけられて、あの事件も謎のまんまだな。

それで大阪へゆくと聞いて、余計なことは言わず口をとざすようにと釘を刺したつもりだったけどな。

 

 

今日は旧暦107日で、元禄2年は103日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

また変な夢を見た。

盤ちゃんと一緒に長崎へ行ったら、そこに去来がいて、なぜか丸山遊郭に案内された。

盤ちゃんはかむろが可愛いってはしゃいでて、去来は遊女と一緒に奥へ行ったと思ったら、いつの間にか自分だけ枯野の中にいた。

 

そのころ京。X芭蕉終焉記。

 

去来「昨日はなんだか久しぶりに故郷の長崎の夢を見たな。そういえば蕉翁も大阪での喧嘩の仲裁が終わったら西へ行ってみたいって言ってたな。無理しなきゃ良いが。」

 

そのころ大津。X芭蕉終焉記。

 

木節「洒堂から手紙が来て翁が大変だということだが、どうしたものか。あいつはいつも言うことが大袈裟だからな。支考や惟然もいるんだし、本当だったらそっちからも何か連絡があるだろう。とりあえず準備だけでもしておくか。」

 

そのころ和歌の浦。X芭蕉終焉記。

 

晋子「もうすぐ和歌の浦か。翁の句に、

 

行春にわかの浦にて追付たり 芭蕉

 

の句があったが、あたしゃ今頃になってやっと追いついたってえわけか。そういやあ翁は大阪へ行ったんだっけな。まだいるんならちょっくら顔出してやるか。」

 

 

今日は旧暦108日で、元禄7年は104日。和歌の浦。X芭蕉終焉記。

 

其角「今日は和歌の浦を見てから加太淡島神社に参拝し、大川峠越えて深日まで来た。

 

  玉津島にまいりて

御留守居に申置なりわかのうら  晋子

  帰望

和歌はみつふけゐの月を夜道哉  同

 

翁もどこかで同じ海を見てるのかな。

 

  ふけゐのうらに出たれば

  大網引馬夫駕籠のもの従者ましりに

  走りつきて力を添てとよみけるに

魨ひとつとらへかねたる網引哉  晋子

 

そのころ大阪。X芭蕉終焉記。

 

目を醒ましたのに気付いた呑舟が之道を呼んできた。

明日、花屋旅館に移すという。確かに之道も業務があるし、いつまでもここに厄介になるわけにもいかない。

舎羅がお粥を持ってきた。何とか少しだけ口にできた。

 

之道「芭蕉さんを花屋旅館に移すのは、誤解があってはいけないが、京、膳所、大津の門人たちをそろそろ呼んだ方が良いと判断したからだ。

狭い我が家ではこれ以上多くの人を止めるのは無理だ。」

 

 

今日は旧暦109日で、元禄7年は105日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

また変な夢を見た。

いよいよ太宰府への旅立ちということで、菅沼外記がスポンサーになって、駕籠を用意してくれた。

何じゃこりゃ、大名でも乗るんか。

で、駕籠かきが何で盤ちゃんと惟然なんだよ。

 

そうか。今日は花屋旅館に移る日だったな。普通の駕籠がやってきた。

 

駕籠に揺られてまた寝てしまったようだ。多分今はその花屋旅館とやらにいるのだろう。南御堂の前だと聞いた。阿弥陀仏のそばに呼ばれてしまったのか。そろそろ覚悟を決めないといけないのかもしれない。

 

夕方になって盤ちゃんがやってきた。夜の介護の番で今まで寝ていたという。之道がやっと入手できたというレアな薬を持って来てくれたので、それを飲んだ。

昼番と夜番が両方揃っていたので、みんなのこれまでの労に感謝を伝えた。

 

 

今日は旧暦1010日で、元禄7年は106日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

昨日の薬が効いたのか、何だか心地よくて、ようやく自分で体を起こすことができた。鏡を見せてもらった。別人のように瘦せこけた姿を見て、やはりもう終わりなのかと思った。夢にまで見た西国の旅も諦めねばならないのか。

 

そのころ堺。X芭蕉終焉記。

 

其角「あのあと淡輪の崎に一泊して、今日は堺に着いた。淡輪は紀貫之が都に帰る時に来たところで、船守神社があった。大阪から来た商人に芭蕉翁のことを聞いてみたが、特に手掛かりは得られなかった。堺でも今の所手掛かりはない。」

 

 

今日は旧暦1011日で、元禄7年は107日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

朝になって膳所の正秀が裁着袴姿でやって来た。さすがフットワークが軽い。夜の間に船で瀬田川を下ってきたという。

嬉しい気持ちもあるが、本当に別れが近いのだと実感し、しばらく涙が止まらなかった。

 

あれからやや遅れて京から去来が来た。朝未明に自宅を出て伏見から船で来たという。

 

其角「午前中に大阪入りして今回の旅の終点ということで住吉神社に参拝した。

思い出すなあ。貞享元年の六月、西鶴さんが二万句の興行をやって、さすがに早口でよくわからなかったが、すげえなんてもんじゃない。

 

その西鶴さんも去年亡くなられたってな。

さあ、ここで岩翁さん、亀翁さん、他のみんなは江戸に帰るんだな。あたしゃもう少しここに留まることにするよ。

 

芦の葉を手より流すや冬の海 晋子

 

藤原公実の、

 

みつ潮にすゑ葉を洗ふ流れ芦の

   君をぞ思ふ浮きみ沈みみ

 

の心だけどわかっかな。」

 

日が暮れる頃、大津の乙州、医者の木節と木曽塚無名庵の留守を預かってた丈草がやってきた。

木節がこれから主治医になり、朝から晩まで傍にいてくれるというから心強い。

昼の介護に丈草も加わるので、呑舟が夜番に回ることになった。

 

 

今日は旧暦1012日で、元禄7年は108日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

之道に連れられてみんな住吉神社に祈願に行った。

残ったのは二郎兵衛と昼番の一人の舎羅だったが、去来が二人だけじゃ不安だと言い出して、直前になって盤ちゃんに、お前残れって、夜に備えて寝てけって話になった。

 

みんなで句を奉納するので何か作れと言われて、

 

起さるる声も嬉しき湯婆哉 支考

 

と詠んだ。介護せん奴はあったかい湯たんぽで目が覚めていい気なもんだってことか。これには笑った。

 

みんな住吉の祈願を終えて帰ってきた。その奉納した発句を聞かせてもらった。

 

水仙や使につれて床離れ 呑舟

 

水仙が春の使いになって、春には床から離れられれば、そしたらまずは伊勢の浜荻でも見に行こうかな。

 

峠こす鴨のさなりや諸きほひ 丈草

 

飛来する鴨が先を競うように峠を越えてくるように、みんな競うように大阪に来て、病気も峠を越えたらいいなと、属目吟でこれができるのは凄テクだ。小鳴りもさ・なるに掛けている。

こうやって技術を磨いた人が技巧を見せずにさらった詠むと名句が生まれるもんだ。

 

日にまして見ます顔也霜の菊 乙州

 

見ます顔に人が集まってくるのと病気の日にまして良くなると掛けて、霜の菊という季語で結ぶ。これもなかなかだ。

 

落つきやから手水して神集め 木節

 

神無月なので、手水の水もなかったんでエア手水か。それで出雲に集まった神に届け。これも上手いな。

 

木枯らしの空見なをすや鶴の声 去来

 

吉祥である鶴の声がしやしないかと木枯らしの空を眺める。木枯しと題を決めて、それに鶴を探すという興を持ってくる去来らしい句だが、何もない木枯しの空が空しい。

甘柿舎鈴呂屋こやん

 

足がろに竹の林やみそさざい 惟然

 

「鷦鷯(ショウリョウ)は深林に巣くうも一枝に過ぎず」という荘子の言葉によったか。よくわからない。

 

初雪にやがて手引ん佐太の宮 正秀

 

初雪が降るころには出雲佐太の宮に集まった神様たちも戻ってくるから、それまで何とか持ちこたえてということなんだろうな。

 

神のるす頼み力や松の風 之道

 

これは西行の、

 

深く入りて神路の奥を尋ぬれば

   又うへもなき峰の松風

 

で、神が留守なら仏様頼むということか。

 

居上ていさみつきけり鷹の貌   伽香

 

鷹が身を起こして睨みつけているさまだが、鷹がいたのかな。鷹は吉祥ではある。

 

 

今日は旧暦1013日で、元禄7年は109日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

また夢を見た。盤ちゃんと文代ちゃんと一緒に二見ヶ浦の初日の出を見に行くんだが、途中で道に迷って、辺りは枯れた野原で、ああこれが有名な伊勢の浜荻か。ここでみんなで句を詠もうとか言ってるうちに目が覚めた。

 

夢の中でまで旅の虫が騒ぐなんて、煩悩だな。

そうだ、だれか枕元にいるか?呑舟か、ちょうど良い。一句で来たんで書き留めてくれ。

 

旅に病んで夢は枯野をかけめぐる

 

呑舟が硯で墨を磨って、書き終えた頃に盤ちゃんもやってきた。

 

盤ちゃん、この句を作ったけど「旅に病んでなお駆け巡る夢心」とどっちが良いかな。

 

支考「無季題ということは、季節と別の大きなテーマがあるということで、この場合は羇旅かな。(まさか辞世?いやそれはちょっと。まだ生きてほしいし、なら、)枯野の夢、一興あって絶対こっちだと思います。」

 

目が覚めたらもう夕方なのか。

枯野の句でもう俳諧のことは思い残すことないと思ってたが、やはりこの前のあの句は気になってしまう。

園女の所での発句、

 

白菊の眼に立て見る塵もなし 芭蕉

 

あれは六月に落柿舎にいた頃に詠んだ、

 

清滝や波に塵なき夏の月

 

の句と「塵なき」の使い方が被ってるからな。清滝の波には塵があるが月には塵がないというのと、本当は塵があるけど目に立てて見る塵がない。多少の違いはあるけど発想が似てて同竈といえば同竈だ。生きてるうちに直しておかなくてはな。

 

清滝の波の塵でも青松葉なら清滝を汚す程の塵でもない。それだな。

 

清滝や波に散り込む青松葉 芭蕉

 

いい具合に散りと塵が掛詞になった。おーーい、去来はいるか。最後になるかもしれないが、一つ説明しておく。

 

 

今日は旧暦1014日で、元禄7年は1010日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

また長く寝てたようだ。二郎兵衛がいる。起きたのを知らせると盤ちゃんと呑舟も来た。

盤ちゃんに、昼間去来にも話したことだと前置きしながら、これが最後の煩悩になるかもしれないということで、清滝のの句の改作の話をした。

 

芭蕉「この夏嵯峨の大井川で詠んだ発句を覚えてるか?」

支考「ああ。」

芭蕉「大井川浪に塵なし夏の月、この句は園女亭での白菊の塵とまぎらわしい。これが気になってしょうがないのが煩悩となって成仏の妨げになりそうなので作り変えた。

 

清滝や波にちり込青松葉」

 

またずっと寝てたのか今は夕方か。そこにいるのは去来か。今は何か調子がいいというか、頭がすっきりしてる。今のうちに今後のことを少し話したい。

そういえば雨の音がするが、初時雨かと聞くと去来はうなずいた。

 

まず、故郷の兄に伝えるべきこと、それと江戸に残してきたお風とお雅のことがあるし、気持ちを整理しないとな。

あと、形見分けのことだが、ちょっと思いつくものを列挙していくから、書き留めてくれ‥。

 

辞世の句のことも去来に聞かれた。自分は一句一句いつもこれが辞世になっても良いと思って詠んできた。旅に病んでの句、清滝の句、また何か句が出来たらそれが辞世だ。

 

この先の俳諧がどうなるのかも聞かれた。江戸を出る時に野坡にも言ったことだが、今しばらくは軽みの風でいいが、やがてそれも飽きられる。五年から七年後にはまた大きく変えていかなくてはならない。(去来の前では言えないが、それができそうなのは支考か、そこにいる惟然か。)

 

去来とはいろいろ話したが、夜遅くなったので支考と交代した。ちょっと去来が書き留めてくれたものを読み上げてくれ。

そうだった。

ではまず、故郷への兄への手紙だな。これは自分で書く。

 

次は形見分けだ。‥‥

 

あと、昔文麟から貰った出山釈迦像があるんだが、盤ちゃんは旅が好きだろ。

苦行で悟りが得られずに山を下りたこのお釈迦様の像は裸足で杖を突く旅姿で、自分が旅に出ようと思ってた時にくれたものだ。どうかこれを貰っておいてくれ。

 

 

今日は旧暦1015日で、元禄7年は1011日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

今朝は時雨の音に目が覚めた。久しぶりに良い朝の寝覚めで気持ちがいい。

できたらもう苦しむことなく、こんな感じで死を迎えられたらなと思い、朝になって起きてきた木節に、もう薬はいいから自然のままにしておいてくれと伝えた。

 

其角「おおい。このまえ深日であった商人じゃねえか。」

商人「おお、晋子とかゆうてたな。あれから大津から来た御得にゆう奴におうたが、あれ知り合いか。晋子さんのこと知っとって、深日に手紙書かなと言うとったな。」

其角「御得に?ひょっとして乙州のことか?」

商人「それで、三日前住吉に詣でたんやが、何やけったいな連中がおって、その中にその御得にがおって、他にも裁着の奴やら、僧のくせに髪の長い奴やら、あれ俳諧師やったか。」

其角「そりゃ正秀と丈草で間違げえねえな。」

商人「で、そいつらなら南御堂で見たゆう奴がおってな。」

其角「行ってみるっきゃねえな。」

 

今日は旧暦1015日で、元禄7年は1011日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

せっかくみんなが集まってるから、ここでみんな一句ずつ発句を詠んだらどうかと言ってみた。

 

おもひ寄夜伽もしたし冬ごもり 正秀

 

正秀「なんかじっとしてらんない性分なんでね。」

 

脈とりて菜飯たかする夜伽哉 木節

 

木節「そのまんまだったな。昼も夜も頑張ってるよ。」

 

去来「菜飯の余りは頂いておこうか。」

 

病中のあまりすするや冬ごもり 去来

 

丈草「じゃあ、俺もそのまんまだけど。」

 

うづくまる薬缶の下の寒さ哉 丈草

 

芭蕉「そりゃいい。丈草、よくできた。」

 

惟然「じゃあ、丈草の句に敬意を評して、シリアス破壊でも。」

 

引張てふとんぞ寒き笑い声 惟然

 

乙州「じゃあ、最後を締めておこうか。」

 

皆子也みのむし寒く鳴尽す 乙州

 

そしたら、盤ちゃんが出てきて俺も混ぜてくれと言ったが、去来に夜番は夜に備えて寝てなきゃ駄目じゃないかと一喝されて、すごすごと隣の部屋に戻って行ったが、捨て台詞みたいに一句残していったので、それも書き留めるように言った。

 

しかられて次の間へ出る寒さ哉 支考

 

夜になって宿の者が、変なべらんめえの坊主が芭蕉さんに合わせろって来てるというから、ひょっとしたらと思ったら晋ちゃんじゃないか。思わず起き上がろうとしたけど、体が動かなかった。

 

其角「だいぶあちこち探し回ったけど、やっと見つけたぞ。昨日は初時雨となったが、その時雨が鶴を招き寄せてくれたたあな。

 

深日より鶴を招かん時雨かな 晋子

 

芭蕉「時雨‥か。我名呼ばれん、初時雨、だ。」

其角「その初の字を我が時雨だったな。」

 

 

今日は旧暦1016日で、元禄7年は1012日。大阪。X芭蕉終焉記。

 

目が覚めた。もう昼かな。丈草が体を抱き起して背中を支えてくれて、舎羅がお粥を乗せた匙を口元に運んでくれるが、食べるのはもう無理だ。

今日は夜番の盤ちゃん、二郎兵衛、呑舟もいるな。いかにももうお別れという感じだな。

 

穏やかな小春日和というか、暑いくらいで、どこからか蠅が何匹も障子の所に集まってる。去来が、何ぼさっとしてるんだと、鳥餅竿を持って来て、蠅を取るように指示するが、丈草は「ここで殺生は」とやりたくなさそうだ。

 

盤ちゃんもいやいや参加して下手くそとか言われて、とにかく騒がしい。病人がいるんだぞと言いたくもなる。

 

まあ、これからみんな先々まで生きてゆくんだな。

 

「どこほっつき歩いてたの!たっぷりお仕置きしないとね。

ほんと、やんちゃなんだから。」

 

主計殿?

「お前はほんとおもれえ奴だったが、まさかこれほどとはな。あれから随分浮気して歩いたじゃないか。でもお前の初めては‥。」

 

××××?

「ほんと、お前のヘキには手を焼いたぜ。×××も苦労してたぞ。おふうやおまさもどうせ放ってきたんだろ。」

 

×××?

「ずっと好きだったけど、あんたはそっちの方だったからね。」

 

ん、カピタンみたいな格好してるけど、杜国か?

 

それに何か見たことのない花畑、建物?前に夢に見た景色だ。

「忘れたのか?あれから太宰府の梅を見に行って、長崎へ行ったんだろ。南蛮の船を見たら、乗りたいなんて言い出して、それで西の果てに来てしまったか。

 

阿蘭陀のチューリップ見せようぞ檜笠」

 

そうか、まだ旅は続くんだ‥

 

 

(今日は時雨忌。

 

  旅の歌とてよみ侍ける

旅の世に又旅寝して草枕

    夢のうちにも夢を見るかな

       慈円

               

人生は旅ということで、

 

時雨きや今日八十億旅途中 こやん

 

時雨忌法要表八句

時雨きや今日八十億旅途中

  爆音を聞く寒き有明

デスメタルサブスクのまま寝落ちして

  車窓の赤城霞たなびく

そこかしこ異国の声もうららかに

  少女の靴も色変える春

カーストは引き継がれてく付属校

  スンダリ真似て首振ってみる)

 

 

今日は旧暦1022日で、元禄7年は1018日。義仲寺。芭蕉翁の初七日。

 

其角「今日は翁の初七日ということで皆さんに集まって頂き、ここで追善興行を行うことになりました。翁の弟子を代表して発句を詠ませて頂きます。」

 

なきがらを笠に隠すや枯尾花 其角

 

支考「秋からずっと蕉翁に付き添い、介護をしてきました。晋子の句は、

 

ともかくもならでや雪の枯尾花 芭蕉

 

ですね。枯尾花となった亡骸は温石が冷めて行くように冷たくなっていって‥。」

 

  なきがらを笠に隠すや枯尾花

温石さめて皆氷る聲 支考

 

丈草「私も臨終に立ち会いました。

 

うづくまる薬缶の下の寒さ哉 丈草

 

の句を最後に褒めてもらったことは一生の宝です。ここは普通に暖を取るために温めた石としまして、明け方の景を添えておきます。」

 

  温石さめて皆氷る聲

行灯の外よりしらむ海山に 丈草

 

惟然「私も支考とともに秋から翁の世話をしてきました。前の句を旅体と見て、雇ってもいない馬子がやって来た、と展開しておきます。」

 

  行灯の外よりしらむ海山に

やとはぬ馬士の縁に来て居る 惟然

 

木節「最後に大阪で翁の治療に当たらせて頂きました。縁に来た馬子を市場の情景としまして、要らない古木の木っ端を持って行ってもらおうと思ったら、別の馬子だった。」

 

  やとはぬ馬士の縁に来て居る

つみ捨し市の古木の長短 木節

 

李由「彦根平田の明照寺の住職です。以前、

 

百年の気色を庭の落葉哉 芭蕉

 

の句を頂いておりました。市は突然の夕立で急遽店じまいということで。」

 

  つみ捨し市の古木の長短

洗ふたやうな夕立の顔 李由

 

之道「難波の之道です。最後の薬の手配などさせて頂きました。快癒祈願にみんなを住吉大社にご案内しました。月の定座なので、住吉の月とさせて頂きます。澄むと掛けまして。」

 

  洗ふたやうな夕立の顔

森の名をほのめかしたる月の影  之道

 

去来「最後の夏に嵯峨野の別荘に翁を御泊めしました。あの楽しかった夏がこんなことになるなんて。月の夕暮れの茶会には、俊成卿の鶉鳴くなり深草の里の趣向で、ホトトギスならぬ鶉を待つというのはどうでしょうか。」

 

  森の名をほのめかしたる月の影

野がけの茶の湯鶉待也 去来

 

曲水「この度は膳所へようこそ。翁が荒れ果てた義仲の塚を気に掛けてくれて、おかげでこんな立派な寺が立つことになりました。翁の遺言もあり、義仲の塚の隣を翁の墓とさせて頂きました。野点に景を添えさせて頂きます。」

 

  野がけの茶の湯鶉待也

水の霧田中の舟をすべり行 曲翠

 

正秀「膳所藩士です。翁の危篤を聞いて、いち早く船で駆け付けさせて頂きました。船と聞くとあの時のことが頭から離れません。翁も旅から旅へ、帰ることのない旅をして、ついには帰らぬ人に。」

 

  水の霧田中の舟をすべり行

旅から旅へ片便宜して 正秀

 

臥高「膳所の画好です。旅に出た人の片便りしかなくてやきもきする気持ち、十一句目ということもあって、恋に転じさせて頂きます。」

 

  旅から旅へ片便宜して

暖簾にさし出ぬ眉の物思ひ 臥高

 

泥足「翁とは大阪で同座させて頂きました。その時は、

 

  此道や行人なしに秋の暮

岨の畠の木にかかる蔦 泥足

 

の脇を付けさせて頂きました。前句の物思い、ここでは風邪の心配ということで軽く付けさせて頂きます。」

 

  暖簾にさし出ぬ眉の物思ひ

風のくすりを惣々がのむ 泥足

 

乙州「大津の乙州です。翁が深日にいると聞いて手紙を書いたら、行き違いになって、でもと合流できました。風邪薬が飲みやすいように豆腐を用意する。」

 

  風のくすりを惣々がのむ

こがすなと斎の豆腐を世話にする 乙州

 

芝柏「難波の芝柏です。二十九日に予定してた興行に来てもらえなくて、そしたらそのままこんなことになるなんて。豆腐の世話を人形浄瑠璃の出し物として、人形が入口まで迎えに来る。」

 

  こがすなと斎の豆腐を世話にする

木戸迄人を添るあやつり 芝柏

 

昌房「膳所の昌房です。芝居小屋も端午の節句で華やぐというのはどうですか。

 

  木戸迄人を添るあやつり

葺わたす菖蒲に匂ふ天気合    昌房

 

探志「膳所の探志です。端午の節句で華やいだ街に牛を引いて歩いてると、王朝時代の賀茂祭みたいで、でも牛車かと思ったら普通に裸足で牛を引く牧童だった。賀茂祭は季吟さんの力で葵祭として復活してます。」

 

  葺わたす菖蒲に匂ふ天気合

車の供ははだし也けり 探志

 

胡故「同じく膳所の胡故です。もっと芭蕉さんに教わりたかったです。裸足で川を渡る旅人と取り成して、東海道の横田の渡しの月としましょう。」

 

  車の供ははだし也けり

澄月の横に流れぬよこた川 胡故

 

牝玄「同じく膳所の牝玄です。もう少しご一緒する機会があったらと残念です。横田川の川原に月でしたら、そこに次々と渡って来た鴈が降り立ちます。」

 

  澄月の横に流れぬよこた川

負々下て鴈安堵する 牝玄

 

游刀「膳所の游刀です。雁はここでは旅人の比喩と取り成しまして、雨宿りのため次々に庵にやって来る。

 

病雁の夜寒に落ちて旅寝哉 芭蕉

 

の句を思い出します。」

 

  負々下て鴈安堵する

庵の客寒いめに逢秋の雨 游刀

 

蘇葉「膳所の蘇葉です。泊めた客が実は泥棒だった。」

 

  庵の客寒いめに逢秋の雨

ぬす人二人相談の声 蘇葉

 

智月「乙州の母の智月です。花を持たせて貰います。芭蕉さんの死も我が子を失ったようなものでどう言っていいやら。で、盗人は歌盗人で、集の発句に盗作があって残念ということで。」

 

  ぬす人二人相談の声

世の花に集の発句の惜まるる 智月

 

呑舟「難波の呑舟です。といっても生まれは近江です。夜の介護は辛かったけど、おかげで芭蕉さんの最後の句を書き留める栄誉に預かることができました。前句の発句は凡庸な句で、自分も芭蕉さんに指導してほしかったです。」

 

  世の花に集の発句の惜まるる

多羅の芽立をとりて育つる 呑舟

 

土芳「伊賀の土芳です。翁も正月になると帰って来てくれましたが、句の方は筑紫の僧がふらっとやってくるので、タラの芽を育てておくとしましょう。」

 

  多羅の芽立をとりて育つる

此春も折々みゆる筑紫僧 土芳

 

卓袋「同じく伊賀の卓袋です。重陽に奈良に行くといって送り出して、それっきりになるなんて。で、謎の筑紫僧はなぜか新しく打たれた刀を届けに行ったりする。」

 

  此春も折々みゆる筑紫僧

打出したる刀荷作る 卓袋