「酒の衛士」の巻、解説

初表

   武城之春在乎寛永寺之花

   来看者突逢推合不啻雷轟

   湯沸也顔付否而目遣怪合

   點不行者烏論衝乎其間而

   剪巾着取鼻帋嚢物勃込長鞘

   引掛破笠者盖浮世士也歟

   不下尻掲不設敷物群居于

   堂陰打敲珍露利以撼滑歌

   信亦無餘念也夫美而艶者

   如何名主之妻耶圍裙幄藉

   猩緋與七八腰本歡笑諧々

   焉窺之者莫不目迷心慌矣

   乃賦       蘇鉄林千春

 酒の衛士花木隠レや女守

   柳にほれて硯うる兒

 肱笠の袖に初音や盗むらん

   小夜小夜嵐寐忘レの宿

 頭巾ふかく月のあやなき闇ヲ着ル

   松烟ひとり茶粥すすつて

 

初裏

 乾-鮭に足生ありく雨夕

   天-井既雷-鼠轟く

 店護左リ大黒右夷

   常盤の夫婦有けらしける

 世ヲ世トセズ琴によく琵琶にたくみ也

   風詠一首鹿の角にゆふ

 萩の染飯蕣のつとに狩昏て

   人-油の哀れ烟る野の露

 月は瀬々紙漉川に影ヲかる

   盥に乗ル子浅游せよ

 鯨切ル汀は蜑の呼声や

   太布衣の朽まさりけり行袂

 

 

二表

 床机振リ祭俤のあぢきなく

   伽羅吹く翠簾の命凉しき

 御廊下に蛍の禿小夜過て

   首とりひしぐ西瓜怪物

 唐秬の赤熊ヲ分る角薄

   砧の皷笛おほせ鳥

 桂こぐ更科丸の最中哉

   吉原山にとくさ刈其

 麻衣独リ賤屋の浮名歌

   綿摘娘垣間見にけり

 豆腐売ル声を時雨につたへ来て

   釣にうかるる鴨千鳥川

 

二裏

 蜊むく蠣の小家のあまた数

   下機音の波を織ルけに

 白雲の都をかどはされ出て

   うき身ヲ鳴か郭公殿

 花と苅ル麦より奥のよし野山

   西行うこ木翠添らむ

 

      参考;『普及版俳書大系3 蕉門俳諧前集上巻』(一九二八、春秋社)

初表

発句

 

   武城之春在乎寛永寺之花

   来看者突逢推合不啻雷轟

   湯沸也顔付否而目遣怪合

   點不行者烏論衝乎其間而

   剪巾着取鼻帋嚢物勃込長鞘

   引掛破笠者盖浮世士也歟

   不下尻掲不設敷物群居于

   堂陰打敲珍露利以撼滑歌

   信亦無餘念也夫美而艶者

   如何名主之妻耶圍裙幄藉

   猩緋與七八腰本歡笑諧々

   焉窺之者莫不目迷心慌矣

   乃賦    蘇鉄林 千春

 酒の衛士花木隠レや女守

 

 前書きの部分を書き下し文にすると、

 

 武城の春は寛永寺の花に在り。

 来たり看る者の突き逢ひ推し合ひ、ただ雷轟湯沸のみにあらずなり。

 顔付いなやに目遣ひ怪しく、合點行かざる者の烏論衝(うろつ)いて、その間に巾着を剪り、鼻帋嚢を取る。

 長鞘を勃込(ぼっこ)み破笠を引っ掛けたる者は、けだし浮世士なるか。

 尻掲(しりからげ)を下ろさず、敷物を設けず、堂の陰に群れゐて、珍露利(ちろり)を打ち敲き、以て滑歌(なめりうた)を撼(かん)するまことに餘念無きなり。

 かの美にして艶なる者はいかなる名主の妻ぞや。

 裙幄を圍み、猩緋を藉き、七八の腰本と歡笑諧々たり。

 これを窺ふは目迷ひ心慌といふことなし。

 乃ち賦し、

 

となる。

 浮世士は浮世を享楽的に生きる遊び人のことか。

 珍露利(ちろり)はコトバンクの「日本大百科全書(ニッポニカ)「ちろり」の解説」に、

 

 「酒を燗(かん)するための容器で、酒器の一種。注(つ)ぎ口、取っ手のついた筒形で、下方がやや細くなっている。銀、銅、黄銅、錫(すず)などの金属でつくられているが、一般には錫製が多い。容量は0.18リットル(一合)内外入るものが普通である。酒をちろりに入れて、湯で燗をする。ちろりの語源は不明だが、中国に、ちろりに似た酒器があるところから、中国から渡来したと考えられている。江戸時代によく使用されたが、現在も小料理屋などで用いているところもある。[河野友美]」

 

とある。

 滑歌(なめりうた)は「ぬめりうた」ともいい、コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「滑歌」の解説」に、

 

 「① 江戸時代、明暦・万治(一六五五‐六一)のころ、遊里を中心に流行した小歌。「ぬめり」とは、当時、のらりくらりと遊蕩する意の流行語で、遊客などに口ずさまれたもの。ぬめりぶし。ぬめりこうた。

  ※狂歌・吾吟我集(1649)序「今ぬめり哥天下にはやること、四つ時・九つの真昼になん有ける」

  ② 歌舞伎の下座音楽の一つ。主に傾城の出端に三味線、太鼓、すりがねなどを用いて歌いはやすもの。

  ※歌舞伎・幼稚子敵討(1753)口明「ぬめり哥にて、大橋、傾城にて出る」

 

とある。

 裙幄の裙は裳裾で幄はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「幄」の解説」に、

 

 「〘名〙 四方に柱をたて、棟(むね)、檐(のき)を渡して作った屋形にかぶせ、四方を囲う幕。また、その小屋。神事、または、朝廷の儀式などのおりに、参列の人を入れるため、臨時に庭に設ける仮屋。あげばり。幄の屋。幄舎。幄屋。」

 

とあり、今日でいうイベント用のテントのようなものだが、ここでは裙幄(くんあく)で幄(あく)の意味か。

 猩緋は猩々緋(しゃうじゃうひ)でコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「猩猩緋」の解説」に、

 

 「〘名〙 あざやかな深紅色。また、その色に染めた舶来の毛織物。陣羽織などに用いられた。

  ※羅葡日辞書(1595)「Coccinus〈略〉アカキ xǒjǒfino(シャウジャウヒノ) イロニ ソメタル モノ」

  ※豊薩軍記(1749)一「並に綾羅・錦繍・伽羅・猩々皮の二十間つづき以下、種々の珍宝を相渡す」

 

とある。

 江戸の春は上野寛永寺にあり、押し合いへし合いの雑踏だけでなく、スリを始め、浮世士、錫の徳利を叩いて滑歌を歌う一群もいれば、名主の妻なのかテントを立てて深紅の毛織物を敷いている人たちもいる。

 この花見の人達に捧ぐ、ということで、この発句になる。

 

 酒の衛士花木隠レや女守

 

 名主の妻の花見は、仕える男の従者が桜の木の陰で酒を飲みながら、女を守っている。本当に何かあっても、へべれけで役に立ちそうにないが、それも平和ということか。花見のあるあるだったのだろう。

 

季語は「花」で春、植物、木類。恋。「衛士」は人倫。

 

 

   酒の衛士花木隠レや女守

 柳にほれて硯うる兒

 (酒の衛士花木隠レや女守柳にほれて硯うる兒)

 

 前句を衛士の恋の情として、花ではなく柳に惚れる稚児を付ける。衛士は花に惚れ、稚児は柳に惚れる。相対付けの脇になる。脇五法の一つで、紹巴の『連歌教訓』には、

 

 「脇に於て五つの様あり、一には相対付、二には打添付、三には違付、四には心付、五には比留り也」

 

とある。

 花に柳は、

 

 見渡せば柳桜をこきまぜて

     都ぞ春の錦なりける

              素性法師(古今集)

 

の縁になる。

 

季語は「柳」で春、植物、木類。恋。「兒」は人倫。

 

第三

 

   柳にほれて硯うる兒

 肱笠の袖に初音や盗むらん

 (肱笠の袖に初音や盗むらん柳にほれて硯うる兒)

 

 肱笠(ひぢがさ)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「肘笠」の解説」に、

 

 「① 頭の上にかざして雨をしのぐ肘や袖。ひじかけがさ。袖笠。

  ※謡曲・蘆刈(1430頃)「難波女の被く袖笠肘笠の」

  ② 笠の一種か。

  ※仮名草子・東海道名所記(1659‐61頃)三「田の中には早乙女どもおりたち、田蓑・ひぢがさきて、思ふことなげに田歌をうたひ」

  ③ 「ひじかさあめ(肘笠雨)」の略。」

 

とある。

 柳を雨に見立てて、柳の枝を肱で払う仕草を「肱笠」とする。稚児の初音を盗もうとしているのか。

 

季語は「初音」で春。恋。「袖」は衣裳。

 

四句目

 

   肱笠の袖に初音や盗むらん

 小夜小夜嵐寐忘レの宿

 (肱笠の袖に初音や盗むらん小夜小夜嵐寐忘レの宿)

 

 「小夜嵐」は「小夜時雨」に準じた造語か。小夜を二つ並べて調子を整える。夜のちょっとした嵐で眠るのも忘れる。前句の「初音や盗むらん」を嵐に喩えたもので、恋の句が続く。

 小夜嵐は一応宗祇と同時代の肖柏の歌に用例がある。

 

 荻原やとたえをおきて小夜嵐

     月を末葉のありあけの声

              肖柏(春夢草)

 誰がための床はらふらむ小夜嵐

     心ならひの浅茅生の霜

              肖柏(春夢草)

 

無季。恋。「小夜」は夜分。

 

五句目

 

   小夜小夜嵐寐忘レの宿

 頭巾ふかく月のあやなき闇ヲ着ル

 (頭巾ふかく月のあやなき闇ヲ着ル小夜小夜嵐寐忘レの宿)

 

 「あやなし」はつまらないということで、嵐の雲に隠れて月もなく、行灯も消せば真っ暗闇。寝るに寝れなくて頭巾を深くかぶって、月を待つ。

 月がないので通ってくる人もいないと取れば、ここまで恋が続くことになる。恋は最大五句までOK。

 嵐に月は、

 

 山ふかき松のあらしを身にしめて

     たれかねざめに月をみるらん

              藤原家隆(千載集)

 

などの歌に詠まれている。

 

季語は「頭巾」で冬、衣裳。恋。「月」は夜分、天象。

 

六句目

 

   頭巾ふかく月のあやなき闇ヲ着ル

 松-烟ひとり茶粥すすつて

 (頭巾ふかく月のあやなき闇ヲ着ル松-烟ひとり茶粥すすつて)

 

 松烟は松明の煙。松明のくすぶる中で茶をすすりながら、頭巾を深くかぶって闇の中で月を待つ。

 

無季。

初裏

七句目

 

   松烟ひとり茶粥すすつて

 乾-鮭に足生ありく雨夕

 (乾-鮭に足生ありく雨夕松-烟ひとり茶粥すすつて)

 

 「生」には「はえ」とルビがある。鮭の干物に足が生えて歩く、ということだが、食物の腐りやすいことを「足が速い」というから、それと掛けているのだろう。

 

無季。「雨」は降物。

 

八句目

 

   乾-鮭に足生ありく雨夕

 天-井既雷-鼠轟く

 (乾-鮭に足生ありく雨夕天-井既雷-鼠轟く)

 

 天井裏を駆け回る鼠の足音が雷のように轟くのだが、それを雷-鼠と呼ぶと、何か妖怪っぽい。乾鮭に足があったり、雷-鼠が現れたり、すべては妖怪のせい。

 

無季。天井は居所。「鼠」は獣類。

 

九句目

 

   天-井既雷-鼠轟く

 店護左リ大黒右夷

 (店護左リ大黒右夷天-井既雷-鼠轟く)

 

 雷-鼠は大黒様の眷属で、よくセットにして並べられる恵比須様とともに店を守っている。

 

無季。神祇。

 

十句目

 

   店護左リ大黒右夷

 常盤の夫婦有けらしける

 (店護左リ大黒右夷常盤の夫婦有けらしける)

 

 大黒と恵比須は実は夫婦?高砂の爺様と婆様ならわかるが。

 

無季。恋。

 

十一句目

 

   常盤の夫婦有けらしける

 世ヲ世トセズ琴によく琵琶にたくみ也

 (世ヲ世トセズ琴によく琵琶にたくみ也常盤の夫婦有けらしける)

 

 「世を世とせず」は世の常識を打ち破るような前代未聞の破天荒なということか。永遠の命があれば、琴も琵琶もその域に達するだろう。

 

無季。

 

十二句目

 

   世ヲ世トセズ琴によく琵琶にたくみ也

 風詠一首鹿の角にゆふ

 (世ヲ世トセズ琴によく琵琶にたくみ也風詠一首鹿の角にゆふ)

 

 和歌などは花の枝に添えたりするが、鹿の角に結び付けて手紙にするとは「世を世とせず」の風流か。

 

無季。

 

十三句目

 

   風詠一首鹿の角にゆふ

 萩の染飯蕣のつとに狩昏て

 (萩の染飯蕣のつとに狩昏て風詠一首鹿の角にゆふ)

 

 「つと」は「日大衣」を縦に並べたような文字で記され、「ツト」とルビがある。苞(つと)のことだと思う。

 「染飯(そめいひ)」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「染飯」の解説」に、

 

 「〘名〙 くちなしで黄色に染めた強飯(こわめし)。江戸時代、旧東海道藤枝・島田間の小駅、瀬戸(静岡県藤枝市瀬戸)の名物であった。せとのそめいい。」

 

とある。萩の染飯なるものがあったのかどうかはわからない。

 「つと」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「苞・苞苴」の解説」に、

 

 「① わらなどを束ねて、その中に魚・果実などの食品を包んだもの。わらづと。あらまき。

  ※万葉(8C後)一六・三八六八「沖行くや赤ら小船に裹(つと)遣らばけだし人見て開き見むかも」

  ② 他の場所に携えてゆき、また、旅先や出先などから携えて帰り、人に贈ったりなどするみやげもの。

  ※万葉(8C後)二〇・四四七一「消(け)残りの雪にあへ照るあしひきの山橘を都刀(ツト)に摘み来な」

  ③ 旅行に携えてゆく、食糧などを入れた包み物。あらかじめ準備して持ってゆくもの。

  ※一言芳談(1297‐1350頃)下「なむあみだ仏なむあみだ仏と申て候は、決定往生のつととおぼえて候なり」

 

とある。

 前句の鹿の角を狩りの成果とし、鹿を倒し、その角に和歌一首と萩の染飯を朝顔の蔓で包んだ苞を添える。

 萩に鹿は、

 さを鹿の立ちならす小野の秋萩に

     おける白露我もけぬへし

              紀貫之(後撰集)

 

など、多くの歌に詠まれている。

 

季語は「萩」「蕣」で秋、植物、草類。

 

十四句目

 

   萩の染飯蕣のつとに狩昏て

 人-油の哀れ烟る野の露

 (萩の染飯蕣のつとに狩昏て人-油の哀れ烟る野の露)

 

 「人-油の哀れ」は火葬であろう。人油は人の油で、地獄で鬼に搾り取られる。前句の狩で殺生の罪から地獄に落ちる。萩の染飯を蕣のつとににして、霊前に供える。

 植物油は圧搾絞りだが、動物油は釜茹でにする。人油も地獄で釜茹でにされて搾り取られるのだろう。

 萩に露もまた多くの歌に詠まれている。

 

 秋はなほ夕まぐれこそただならね

     荻の上風萩の下露

              藤原義孝(和漢朗詠集)

 

などの歌がある。

 

季語は「露」で秋、降物。釈教。

 

十五句目

 

   人-油の哀れ烟る野の露

 月は瀬々紙漉川に影ヲかる

 (月は瀬々紙漉川に影ヲかる人-油の哀れ烟る野の露)

 

 紙漉川は伊勢の鳥羽にあるが、別に歌枕でもないので、単に紙を漉く川のことか。紙漉きに使えるような水の澄んだ川ということだろう。

 澄んだ川に映る澄んだ月は、合戦の跡などのこの世の地獄に落ちた人を照らしている。真如の月といっていい。

 瀬々の月は、

 

 貴船川玉散る瀬々のいは浪に

     氷をくだく秋の夜の月

              藤原俊成(千載集)

 

などの歌がある。

 

季語は「月」で秋、夜分、天象。「紙漉川」は水辺。

 

十六句目

 

   月は瀬々紙漉川に影ヲかる

 盥に乗ル子浅游せよ

 (月は瀬々紙漉川に影ヲかる盥に乗ル子浅游せよ)

 

 游には「をよぎ」とルビがある。浅い所で泳ぐ、ということ。

 紙漉きのための水汲みをさせられている子供が、隙を見ては盥に乗って遊んでいる。仕事に追われる子供を不憫に思い、世の普通の子供がするみたいに泳いで遊んだらどうか、と呟く。

 

無季。「子」は人倫。「浅游」は水辺。

 

十七句目

 

   盥に乗ル子浅游せよ

 鯨切ル汀は蜑の呼声や

 (鯨切ル汀は蜑の呼声や盥に乗ル子浅游せよ)

 

 鯨が捕らえられて岸に上げられると、その解体作業は村中総出で行わなくてはならない。 子供の手も借りたいから、盥で遊んでいる子供に泳いですぐに来るように言う。

 

季語は「鯨」で冬。「汀」は水辺。「蜑」は人倫。

 

十八句目

 

   鯨切ル汀は蜑の呼声や

 太布衣の朽まさりけり行袂

 (鯨切ル汀は蜑の呼声や太布衣の朽まさりけり行袂)

 

 太布(たふ)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「太布」の解説」に、

 

 「〘名〙 布の一種。シナノキ、コウゾ、カジノキなどの樹皮の繊維をつむいで織った布。手ざわりがあらくごつごつした布。《季・夏》

  ※類従本賀茂女集(993‐998頃)「雪にあはぬ鳥は、雪をよきたふと思へり」

 

とある。粗妙(あらたへ)とも呼ばれる。

 

 荒栲の藤江の浦に鱸釣る

     蜑とか見らむ旅行くわれを

              柿本人麻呂(夫木抄)

 

を本歌としたもので、藤江は明石にある。明石の流刑のイメージは在原行平よりもかなり前からあったのだろう。

 辛い流刑に粗末な太布も朽ちて行き、蜑と間違えられたか、鯨切る作業が行われていると、早く来いと呼ばれる。

 

無季。旅体。「太布衣」は衣裳。

二表

十九句目

 

   太布衣の朽まさりけり行袂

 床机振リ祭俤のあぢきなく

 (床机振リ祭俤のあぢきなく太布衣の朽まさりけり行袂)

 

 床机はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「床几・牀几・将几」の解説」に、

 

 「① 室内で臨時に着席する際に用いる一種の腰掛け。脚を打違いに組み尻の当たる部分に革を張り、携帯に便利なように作ったもの。陣中や狩り場などでも用いられた。また、神輿の台などにも使用された。畳床几(たたみしょうぎ)。

  ※曾我物語(南北朝頃)六「しゃうぎに腰をかけ、のたまひけるは」 〔捜神記‐巻二〕

  ② 横に長く、数人腰掛けられるようにつくった簡単な腰掛け台。

  ※浮世草子・傾城色三味線(1701)江戸「極楽とおもひし大座敷は、簾かけたる水ちゃ屋の休机(シャウギ)なり」

  ③ 「しょうぎ(床几)の間」の略。〔和漢船用集(1766)〕」

 

とある。

 腰掛のことだというのはわかるが、それを振るというのはどういうことなのかよくわからない。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「振」の解説」に、

 

 「⑬ 柵・塀・垣などを設ける。設置する。

  ※浄瑠璃・最明寺殿百人上臈(1699)含み状「山手には二重三重の柵をふり」

 

とあるから、腰掛を設置するという意味か。ただ、ここで例に挙げているのは、みな囲うものなので、「床机振る」がこれに当てはまるのかどうかはよくわからない。

 祭俤は「まつりをもかげ」とルビかある。

 前句との関係もよくわからない。

 

季語は「祭」で夏。神祇。

 

二十句目

 

   床机振リ祭俤のあぢきなく

 伽羅吹く翠簾の命凉しき

 (床机振リ祭俤のあぢきなく伽羅吹く翠簾の命凉しき)

 

 翠簾は「みす」とルビがある。

 床机は賀茂の祭りを見物するときに用いたのであろう。暑さで早々に引き上げて、部屋で伽羅焚いて、御簾の内で涼む。

 

季語は「凉しき」で夏。「翠簾」は居所。

 

二十一句目

 

   伽羅吹く翠簾の命凉しき

 御廊下に蛍の禿小夜過て

 (御廊下に蛍の禿小夜過て伽羅吹く翠簾の命凉しき)

 

 禿は字数からすると「かむろ」だろう。「はげ」ではあるまい。元は女児のおかっぱ頭のことだったが、江戸時代では遊女の見習いの少女を意味する。

 場面を遊郭に転じて、太夫の涼みとする。

 蛍に涼しきは、

 

 風そよぐ楢の木陰の夕涼み

     涼しく燃ゆる蛍なりけり

              藤原良経(秋篠月清集)

 槇の戸もささで涼しき宵の間の

     簾にすきて行く蛍かな

              冷泉為相(夫木抄)

 

などの歌に詠まれている。

 

季語は「蛍」で夏、虫類。恋。「禿」は人倫。

 

二十二句目

 

   御廊下に蛍の禿小夜過て

 首とりひしぐ西瓜怪物

 (御廊下に蛍の禿小夜過て首とりひしぐ西瓜怪物)

 

 怪物は「ばけもの」とルビがある。

 禿が西瓜を落としたんだろう。赤い汁や実が飛び散って、まるで化物の首を落としたみたいだ。

 

季語は「西瓜」で秋。

 

二十三句目

 

   首とりひしぐ西瓜怪物

 唐秬の赤熊ヲ分る角薄

 (唐秬の赤熊ヲ分る角薄首とりひしぐ西瓜怪物)

 

 唐秬(たうきび)はコウリャンのこと。赤熊(しゃぐま)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「赤熊・赭熊」の解説」に、

 

 「① 赤く染めた白熊(はぐま)(=ウシ科の動物ヤクの尾の毛)。払子(ほっす)、かぶりもの、かつらを作り、旗、槍、兜(かぶと)の装飾に用いる。〔文明本節用集(室町中)〕

   ※歌舞伎・昔噺額面戯(額抜け)(1879)「跡より猩々(しょうじょう)短き赭熊(シャグマ)の鬘、青海波の単衣、兵児帯にて駒下駄はき」

 ② (転じて) 赤い毛髪をいう。赤毛。また、赤ちゃけた髪。

  ※浄瑠璃・薩摩歌(1711頃)中「頭はしゃぐま、猫背中、鳩胸に顔は猿、まちっとで鵺(ぬえ)になる」

  ③ (もと①に似た赤毛を用いたところから) 縮れ毛で作った入れ毛。おもに、日本髪などを結うときにふくらませる部分に入れる。

 ※俳諧・洛陽集(1680)下「杉立(すぎたち)や赤熊(シャグマ)懸たる下紅葉〈我鴎〉」

  ④ 「しゃぐままげ(赤熊髷)」の略。」

 

とある。

 コウリャンの穂は褐色で染物にも用いられる。それを赤熊に見立てて、その間からススキが角ぐむ(尖った芽を出す)。

 ススキの芽の緑の上にコウリャンが赤く実っている様が、遠くから見ると割れた西瓜のように見える。

 

季語は「唐秬」で秋、植物、草類。「角薄」も植物、草類。

 

二十四句目

 

   唐秬の赤熊ヲ分る角薄

 砧の皷笛おほせ鳥

 (唐秬の赤熊ヲ分る角薄砧の皷笛おほせ鳥)

 

 いなおほせ鳥というのは古今三鳥の一つされる謎の鳥で、

 

 我がかどに稲負鳥のなくなへに

     けさ吹く風に雁はきにけり

              よみ人しらず(古今集)

 山田もる秋のかり庵におく露は

     いなおほせ鳥の涙なりけり

              壬生忠峯(古今集)

 

の歌がある。延宝九年『俳諧次韻』に、

 

 春澄にとへ稲負鳥といへるあり  其角

 

の句がある。ここではそれをもじって笛おほせ鳥とする。笛のような声を出すのだろう。

 砧の音を鼓(つづみ)として、それを伴奏に鳥が笛を吹く。唐黍の収穫の頃の秋の情景とする。

 

季語は「砧」で秋。「鳥」は鳥類。

 

二十五句目

 

   砧の皷笛おほせ鳥

 桂こぐ更科丸の最中哉

 (桂こぐ更科丸の最中哉砧の皷笛おほせ鳥)

 

 「桂こぐ」は桂楫であろう。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「桂楫」の解説」に、

 

 「かつら‐かじ ‥かぢ【桂楫】

  〘名〙 (「かじ」は櫂(かい)の意) 月の世界にあるという桂の木で作った船の櫂。

  ※万葉(8C後)一〇・二二二三「天(あめ)の海に月の船浮(う)け桂梶(かつらかぢ)かけて漕ぐ見ゆ月人壮子(つきひとをとこ)」

  けい‐しゅう ‥シフ【桂楫】

  〘名〙 桂(かつら)の木で作った櫂(かい)。転じて、美しい櫂。

  ※和漢朗詠(1018頃)雑「蘭橈桂檝、舷を東海の東に鼓く〈大江朝綱〉」 〔丁仙芝‐渡揚子江詩〕」

 

とある。

 更科丸はよくわからない。更科の里を行く舟の名前という感じはするが。最中は「最中(もなか)の月」で中秋の名月のこと。二の懐紙の月の句になる。

 前句の砧の皷で、山奥の里として、更科の里を下る船を付ける。月の縁で「桂」「最中」と結ぶ。

 

季語は「最中」で秋、夜分、天象。「桂こぐ」は水辺。

 

二十六句目

 

   桂こぐ更科丸の最中哉

 吉原山にとくさ刈其

 (桂こぐ更科丸の最中哉吉原山にとくさ刈其)

 

 木賊(とくさ)は更科というよりは木曽の方だが、まあ同じ信州ということでいいか。

 

 木賊刈る園原山の木の間より

     磨かれ出づる秋の夜の月

              源仲正(夫木抄)

 

の歌を本歌とするが、ここでは吉原山にする。どこにあるのかは知らない。

 

季語は「とくさ刈」で秋。「山」は山類。

 

二十七句目

 

   吉原山にとくさ刈其

 麻衣独リ賤屋の浮名歌

 (麻衣独リ賤屋の浮名歌吉原山にとくさ刈其)

 

 吉原の縁で浮名と恋に展開する。

 

 木賊刈る木曾の麻衣袖濡れて

     磨かぬ露も玉と置きぬる

              寂蓮法師(新勅撰集)

 

が本歌になる。隠棲の涙を浮名の涙にする。

 

 恨みわびほさぬ袖だにあるものを

     恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ

              相模(後拾遺集)

 

の心になる。

 

無季。恋。「麻衣」は衣裳。「賤屋」は居所。

 

二十八句目

 

   麻衣独リ賤屋の浮名歌

 綿摘娘垣間見にけり

 (麻衣独リ賤屋の浮名歌綿摘娘垣間見にけり)

 

 麻衣の男が綿摘む娘に恋をする。麻と綿では身分違いということか。

 

無季。恋。「娘」は人倫。

 

二十九句目

 

   綿摘娘垣間見にけり

 豆腐売ル声を時雨につたへ来て

 (豆腐売ル声を時雨につたへ来て綿摘娘垣間見にけり)

 

 綿花の収穫は時雨の頃で、『続猿蓑』の「いさみたつ(嵐)」の巻十四句目に、

 

   草の葉にくぼみの水の澄ちぎり

 生駒気づかふ綿とりの雨     沾圃

 

の句があるが、ここでは秋になっている。

 時雨も和歌では晩秋に紅葉とともに詠むので、綿摘みも両方に跨っていたか。

 前句の垣間見を豆腐売りとする。綿の大敵である時雨を伝えに来た。

 

季語は「時雨」で冬、降物。

 

三十句目

 

   豆腐売ル声を時雨につたへ来て

 釣にうかるる鴨千鳥川

 (豆腐売ル声を時雨につたへ来て釣にうかるる鴨千鳥川)

 

 鴨の群がる川は魚もたくさんいる。釣りに夢中になっていると時雨に朝の豆腐売りの声がする。

 

季語は「鴨千鳥」で冬、鳥類。「川」は水辺。

二裏

三十一句目

 

   釣にうかるる鴨千鳥川

 蜊むく蠣の小家のあまた数

 (蜊むく蠣の小家のあまた数釣にうかるる鴨千鳥川)

 

 海辺の釣り場には、アサリやカキを食べさせる小さな店がたくさんあったのか。人口の多い江戸の隅田川河口には、そういう所もあったのかもしれない。深川丼は今でも有名だが。

 「蜊(あさり)むく」は浅利の実を殻から剥がすこと。

 

季語は「蠣」で冬。「小家」は居所。

 

三十二句目

 

   蜊むく蠣の小家のあまた数

 下機音の波を織ルけに

 (蜊むく蠣の小家のあまた数下機音の波を織ルけに)

 

 下機(したはた)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「下機」の解説」に、

 

 「〘名〙 (「しもばた」とも) 主に木綿、麻布を織るのに用いる機(はた)。機の丈は低く、機に向かって腰を落とし、両脚をなげだして織るもの。いざりばた。

  ※俳諧・玉海集(1656)付句「しもはたを織ぬる人のすそみえて〈貞利〉」

 

とある。

 元禄五年の「水鳥よ」の巻十九句目に、

 

   春はかはらぬ三輪の人宿

 陽炎の庭に機へる株打て     兀峰

 

の句があり、この場合は古代の機台のない、まず杭を打ってそこに縦糸を止める棒を固定し、そこからもう一本の棒で経糸を水平に伸ばし、間に綜絃で糸を一つ置きに二種類に分けて上下させ、そこに杼(ひ)で横糸を通して行く機織りを紹介したが、下機はそれを簡単な機台に据えたようなものだったと思われる。

 アサリやカキを売る店の辺りの海は内海で穏やかで、その音は下機の音のように波を織り上げている。

 「けに」は連体形に付いているから、「けにや」の略か。weblio古語辞典の「学研全訳古語辞典」に、

 

 「…ためで(あろう)か。

  出典竹取物語 竜の頸の玉

  「千度(ちたび)ばかり申し給(たま)ふけにやあらむ」

  [訳] 千度ほども申し上げなさったためであろうか。◆「けにや」の下の「あらむ」などが省略されることもある。

  なりたち 名詞「け」+断定の助動詞「なり」の連用形+疑問の係助詞「や」

 

とある。

 

無季。「波」は水辺。

 

三十三句目

 

   下機音の波を織ルけに

 白雲の都をかどはされ出て

 (白雲の都をかどはされ出て下機音の波を織ルけに)

 

 「かどはす」は誘拐する。七夕の織女であろう。

 波に白雲は、

 

 おほうみに島もあらぬに天の原

     たゆたふ波にたてる白雲

              よみ人しらず(夫木抄)

 

などの歌がある。

 

無季。恋。「白雲」は聳物。

 

三十四句目

 

   白雲の都をかどはされ出て

 うき身ヲ鳴か郭公殿

 (白雲の都をかどはされ出てうき身ヲ鳴か郭公殿)

 

 ホトトギスはウィキペディアに、

 

 「長江流域に蜀という傾いた国(秦以前にあった古蜀)があり、そこに杜宇という男が現れ、農耕を指導して蜀を再興し帝王となり「望帝」と呼ばれた。後に、長江の氾濫を治めるのを得意とする男に帝位を譲り、望帝のほうは山中に隠棲した。望帝杜宇は死ぬと、その霊魂はホトトギスに化身し、農耕を始める季節が来るとそれを民に告げるため、杜宇の化身のホトトギスは鋭く鳴くようになったと言う。また後に蜀が秦によって滅ぼされてしまったことを知った杜宇の化身のホトトギスは嘆き悲しみ、「不如帰去」(帰り去くに如かず。= 何よりも帰るのがいちばん)と鳴きながら血を吐いた、血を吐くまで鳴いた、などと言い、ホトトギスの口の中が赤いのはそのためだ、と言われるようになった。」

 

とある。帝位を譲ったのではなく、実は謀反が起きて強制的に連れ去られたか。

 白雲のホトトギスは、

 

 卯の花の垣根にきても郭公

     なほ白雲の夕暮れの声

              藤原家隆(壬二集)

 

の歌がある。

 

季語は「郭公」で夏、鳥類。

 

三十五句目

 

   うき身ヲ鳴か郭公殿

 花と苅ル麦より奥のよし野山

 (花と苅ル麦より奥のよし野山うき身ヲ鳴か郭公殿)

 

 前句にホトトギスが出たので、刈る麦を付けるが、このままだと夏の句になるので、夏になれば麦を刈るであろう、として花の吉野山とする。これで春への季移りになる。

 ホトトギスは晩春にも詠む。

 

 ほととぎす思ひもかけぬ春なけば

     ことしぞまたで初音ききつる

              藤原定頼(後拾遺集)

 ほととぎす鳴かずば鳴かずいかにして

     暮れ行く春をまたもくはへむ

              大中臣能宣(後拾遺集)

 

の歌がある。

 吉野のホトトギスは、

 

 み吉野のあをねかみねの郭公

     苔のむしろに聞く人やなき

              順徳院(夫木抄)

 

の歌がある。

 

季語は「花」で春、植物、木類。「よし野山」は名所、山類。

 

挙句

 

   花と苅ル麦より奥のよし野山

 西行うこ木翠添らむ

 (花と苅ル麦より奥のよし野山西行うこ木翠添らむ)

 

 花の吉野山と言えば西行隠棲の地で、

 

 花見にと群れつつ人の来るのみぞ

     あたら桜のとがにはありける

 

と詠んだ西行桜に五加木(うこぎ)の緑を添えて、一巻は目出度く終わる。

 

季語は「うこ木」で春、植物、木類。