「日を負て」の巻、解説

元禄三年春

初表

 日を負て寐る牛起す雲雀かな   式之

   たれ摘ミ残す菊のひと畑   拙許

 柳さす北の垣根の雪掃きて    芭蕉

   もの干竿の軒にすぢかふ   一桐

 さびしげに狭き小路の夕月夜   巳年

   松のあかしにこふろぎのこゑ 式之

 

初裏

 きぬた聞折々おもふ江戸の妻   拙許

   泪ではつる閏あるとし    芭蕉

 事ぶれの白ゆふかけしゑぼし着て 式之

   一むら里に犬の声々     一桐

 杖に状よは何時ぞ星の空     式之

   あつきしみづを覆ゼンマイ  一桐

 ささ筵手づから鮎の□を切て   芭蕉

   虹にそでほす夕□れの霧   拙許

 三日月の城の瓦に□ふきぬ    一桐

   むちさし上て鳫を□ぞふる  芭蕉

 苞の飯花におかしき□ぶり    一桐

   こち吹さます琵琶琴の声   拙許

 

       参考;『校本芭蕉全集 第四巻』(小宮豐隆監修、宮本三郎校注、一九六四、角川書店)

初表

発句

 

 日を負て寐る牛起す雲雀かな   式之

 

 「日を負(おう)て」は音的に「日を追って」と似ているが、ここは日を背負っているかのように日の当たる所で寝ているという意味で、朝になって揚げ雲雀がピーチクパーチク賑やかに鳴くので目を覚ます。

 特に寓意のない春の朝の情景を詠んだ句で興行は始まる。

 

季語は「雲雀」で春、鳥類。「日」は天象。「牛」は獣類。

 

 

   日を負て寐る牛起す雲雀かな

 たれ摘ミ残す菊のひと畑     拙許

 (日を負て寐る牛起す雲雀かなたれ摘ミ残す菊のひと畑)

 

 江戸時代にはあちこちに菊畑があって、今日にも地名となって名残をとどめている場所があるが、ここで作られた菊がどのように消費されていたかは今一つはっきりしない。

 菊の栽培がブームになって、庭などで菊を育てる人もいたし、重陽には菊酒を飲んだりしたが、畑の大量の菊は一体何のために育てられていたのだろうか。

 菊は多年草で挿し木で増えるため、一部を刈り残して、そこから翌年の分の菊苗を確保したのであろう。

 摘み残した菊の畑は一体誰の物だろうかと問いかけて、前句の長閑な風景を受ける。村を訪ねてきた人がいて、誰か隠遁者を探している体であろう。

 

季語は「摘ミ残す菊」で春、植物、草類。「たれ」は人倫。

 

第三

 

   たれ摘ミ残す菊のひと畑

 柳さす北の垣根の雪掃きて    芭蕉

 (柳さす北の垣根の雪掃きてたれ摘ミ残す菊のひと畑)

 

 垣根に柳を指すのは清明節の中国式の祝い方で、前句を中国の隠士、陶淵明などの俤とする。

 

季語は「柳さす」で春。「垣根」は居所。「雪」は降物。

 

四句目

 

   柳さす北の垣根の雪掃きて

 もの干竿の軒にすぢかふ     一桐

 (柳さす北の垣根の雪掃きてもの干竿の軒にすぢかふ)

 

 北の垣根に物干し竿の片方をかけて洗濯物を干す。北向きの家に住む住人に転じる。

 

無季。「軒」は居所。

 

五句目

 

   もの干竿の軒にすぢかふ

 さびしげに狭き小路の夕月夜   巳年

 (さびしげに狭き小路の夕月夜もの干竿の軒にすぢかふ)

 

 物干しに十分なスペースの取れない小さな家の並ぶ小路であろう。日も暮れて寂しげだ。

 

季語は「夕月夜」で秋、夜分、天象。

 

六句目

 

   さびしげに狭き小路の夕月夜

 松のあかしにこふろぎのこゑ   式之

 (さびしげに狭き小路の夕月夜松のあかしにこふろぎのこゑ)

 

 松明を焚いて通り過ぎる旅人とする。コオロギの声も寂しげだ。

 『梟日記』で姫路の書写山に登った支考ら一行は、帰りに暗くなって松明を灯すと、振り挙げたり葬式の真似をしたりしてふざけている。

 

季語は「こふろぎ」で秋、虫類。旅体。「松のあかし」は夜分。

初裏

七句目

 

   松のあかしにこふろぎのこゑ

 きぬた聞折々おもふ江戸の妻   拙許

 (きぬた聞折々おもふ江戸の妻松のあかしにこふろぎのこゑ)

 

 砧というと李白の「子夜呉歌」であろう。

 

   子夜呉歌       李白

 長安一片月 萬戸擣衣声

 秋風吹不尽 総是玉関情

 何日平胡虜 良人罷遠征

 長安のひとひらの月に、どこの家からも衣を打つ音。

 秋風は止むことなく、どれも西域の入口の玉門関の心。

 いつになったら胡人のやつらを平らげて、あの人が遠征から帰るのよ。

 

 これは出征した夫を思う詩だが、参勤交代で江戸に住む大名の妻を思うふうに変える。

 

季語は「砧」で秋。恋。「妻」は人倫。

 

八句目

 

   きぬた聞折々おもふ江戸の妻

 泪ではつる閏あるとし      芭蕉

 (きぬた聞折々おもふ江戸の妻泪ではつる閏あるとし)

 

 閏月のある年は一年が十三か月になる。この一か月の差が余計悲しくなる。

 

季語は「はつる‥年」で冬。

 

九句目

 

   泪ではつる閏あるとし

 事ぶれの白ゆふかけしゑぼし着て 式之

 (事ぶれの白ゆふかけしゑぼし着て泪ではつる閏あるとし)

 

 「事ぶれ」は鹿島の事触れだと『校本芭蕉全集 第四巻』の宮本注にある。「鹿島の事触れ」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「鹿島の事触れ」の解説」に、

 

 「① 昔、常陸国、鹿島神宮の神官が、神のお告げと称して、正月の三が日、その年の吉凶を諸国に触れ歩いたこと。また、その人。のちには、それに似せた一種の物乞いが現われた。《季・新年》」

 

とあるが、ここでは春としては扱われていない。

 諸国に向かうのだから、その時間を考えると、年末に移動する姿があったのか。

 

無季。神祇。

 

十句目

 

   事ぶれの白ゆふかけしゑぼし着て

 一むら里に犬の声々       一桐

 (事ぶれの白ゆふかけしゑぼし着て一むら里に犬の声々)

 

 怪しいものが来たと犬が一斉に吠え出す。

 

無季。「一むら里」は居所。「犬」は獣類。

 

十一句目

 

   一むら里に犬の声々

 杖に状よは何時ぞ星の空     式之

 (杖に状よは何時ぞ星の空一むら里に犬の声々)

 

 夜中に急な知らせを持って月のない真っ暗な中を行く。あちこちで犬が吠える。

 

無季。「星」は夜分、天象。

 

十二句目

 

   杖に状よは何時ぞ星の空

 あつきしみづを覆ゼンマイ    一桐

 (杖に状よは何時ぞ星の空あつきしみづを覆ゼンマイ)

 

 清水があるはずだがゼンマイに覆われていて、その上真っ暗。

 

季語は「清水」で夏、水辺。「ゼンマイ」は植物、草類。

 

十三句目

 

   あつきしみづを覆ゼンマイ

 ささ筵手づから鮎の□を切て   芭蕉

 (ささ筵手づから鮎の□を切てあつきしみづを覆ゼンマイ)

 

 一字欠落がある。絞めの作業と思われるが、一文字で表されるどこかを切るのだろう。

 今は氷水で絞めることが多いようだが、当時は氷は貴重だったから無理だろう。干物や馴れ寿司を作るのに用いたのなら背開きで「背」を切ったのかもしれない。

 

季語は「鮎」で夏。

 

十四句目

 

   ささ筵手づから鮎の□を切て

 虹にそでほす夕□れの霧     拙許

 (ささ筵手づから鮎の□を切て虹にそでほす夕□れの霧)

 

 この一字欠落を『校本芭蕉全集 第四巻』は「ぐ」の文字で埋めている。夕暮れの霧。

 鮎を締めて、東には虹の見える夕暮れの霧の中、濡れた着物が乾くのを待つ。

 

季語は「霧」で秋、聳物。

 

十五句目

 

   虹にそでほす夕□れの霧

 三日月の城の瓦に□ふきぬ    一桐

 (三日月の城の川原に□ふきぬ虹にそでほす夕□れの霧)

 

 前句を村雨に濡れて着物を乾かすことにして、城の傍らに三日月が見える。

 欠落の一文字は不明。「片ふきぬ」なら三日月が傾くことになる。

 

季語は「三ヶ月」で秋、夜分、天象。

 

十六句目

 

   三日月の城の瓦に□ふきぬ

 むちさし上て鳫を□ぞふる    芭蕉

 (三日月の城の瓦に□ふきぬむちさし上て鳫を□ぞふる)

 

 欠落の□を『校本芭蕉全集 第四巻』は「か」の文字で埋めている。数(かぞ)ふる。

 秋の初鳥狩であろう。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「初鳥狩・初鷹狩」の解説」に、

 

 「〘名〙 秋になって、初めて行なう鷹狩。小鷹狩。《季・秋》

  ※万葉(8C後)一九・四二四九「石瀬野(いはせの)に秋萩凌ぎ馬並めて始鷹獦(はつとがり)だにせずや別れむ」

 

 鳫が何羽も取れたなら大猟だろう。意気揚々と馬に鞭を入れながら城に帰る。

 

季語は「鳫」で秋、鳥類。

 

十七句目

 

   むちさし上て鳫を□ぞふる

 苞の飯花におかしき□ぶり    一桐

 (苞の飯花におかしき□ぶりむちさし上て鳫を□ぞふる)

 

 「苞」は「つと」でコトバンクの「日本大百科全書(ニッポニカ)「苞」の解説」に、

 

 「藁(わら)や葦(あし)、竹の皮などを束ねたり、編み束ねてつくった容器で、中に食糧、魚や果実などの食品を包み入れて持ち運んだ。わらづと、荒巻きなどともいう。旅行用に準備した食糧を入れたりしたほか、出先への贈り物を包んで携行したり、帰りには土産(みやげ)物を入れたりしたので、土地の名産物や土産物をいうようにもなり、家への土産を家づとという。[宇田敏彦]」

 

とある。

 欠落の□の部分を『校本芭蕉全集 第四巻』は「男」の文字で埋めている。

 馬で花見に来て、苞に飯だけを入れて、おかずの雁はその場で捕まえたのだろう。こういうワイルドなアウトドア派は当時ももてたのだろう。

 

季語は「花」で春、植物、木類。「□(男)」は人倫。

 

挙句

 

   苞の飯花におかしき□ぶり

 こち吹さます琵琶琴の声     拙許

 (苞の飯花におかしき□ぶりこち吹さます琵琶琴の声)

 

 打越を離れれば普通に弁当を持ってのお花見になる。男ぶりは狩猟ではなく琵琶や琴などの音楽の方で発揮する。

 『源氏物語』若紫巻の北山の僧都の所を離れる時の花の宴を俤と見るのもいいだろう。ここでは源氏の君は七弦琴を弾く。

 

季語は「こち」で春。