「野あらしに」の巻、解説

初表

 野あらしに鳩吹立る行脚哉    不知

   山に別るる日を萩の露    荊口

 初月や先西窓をはがすらん    芭蕉

   波の音すく人もありけり   如行

 木を引て枕の種と心ざし     左柳

   酒の肴に出す干瓜      残香

 

初裏

 おのづから隣の松をながむらん  斜嶺

   過なきあせにしづむ武士   怒風

 いとおしき人の文さへ引さきて  不知

   般若の面をおもかげに泣   芭蕉

 待宵の鐘をよそにや忍ぶらん   如行

   薬たづぬる月の小筵     左柳

 薄着して砧聞こそくるしけれ   芭蕉

   網代の鮭を市にむさぼる   残香

 舟の形所によりて替りけり    斜嶺

   上臈たちも旅のさがなき   不知

 花ふぶき宮の長橋ひとりづつ   如行

   欲に見て置岨の山吹     怒風

 

       参考;『校本芭蕉全集 第四巻』(小宮豐隆監修、宮本三郎校注、一九六四、角川書店)

初表

発句

 

 野あらしに鳩吹立る行脚哉    不知

 

 「野あらし」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「野荒」の解説」に、

 

 「① 田畑を荒らして作物を盗むこと。また、その人や鳥獣など。

  ※俳諧・続一夜松後集(1786)「野荒しを月の夜すがら縛り置〈几董〉 近衛やうにて落首書けり〈之兮〉」

  ② 動物「いのしし(猪)」の別称。」

 

とある。

 『校本芭蕉全集 第四巻』の宮本注は「野分めいた風」とし、野分と嵐の造語とする。

 「鳩吹く」はコトバンクの「デジタル大辞泉「鳩吹く」の解説」に、

 

 「[動カ四]両手を合わせて吹き、ハトの鳴き声を出す。猟師がシカを呼んだり、仲間の合図に用いたりする。《季 秋》「藪陰や―・く人のあらはるる/子規」

  「まぶしさし―・く秋の山人は己(おの)がありかを知らせやはする」〈曽丹集〉」

 

とある。

 行脚を詠んだ旅体の発句なのは間違いないだろう。それだと猪に漁師が鳩吹くでも変だし、嵐の中で鳩吹くのもよくわからない。野を吹く嵐の風の音が鳩吹くような音を立てているという意味か。

 不知がどういう人なのかはよくわからない。不知という俳号なのか「知らず」という意味なのか。いずれにせよこの時期行脚に出ることになったのだろう。

 

季語は「鳩吹」で秋。旅体。

 

 

   野あらしに鳩吹立る行脚哉

 山に別るる日を萩の露      荊口

 (野あらしに鳩吹立る行脚哉山に別るる日を萩の露)

 

 行脚に出るというので、萩の露に別れを惜しみます、と応じる。

 

季語は「萩」で秋、植物、草類。「露」も秋、降物。「山」は山類。

 

第三

 

   山に別るる日を萩の露

 初月や先西窓をはがすらん    芭蕉

 (初月や先西窓をはがすらん山に別るる日を萩の露)

 

 初月は八月の二日か三日頃の月。前句の「山に別るる日」を山の端に沈む日として西の窓に夕日と初月が見えるので、その光に窓が剝がされたかのようだとする。

 

季語は「初月」で秋、夜分、天象。

 

四句目

 

   初月や先西窓をはがすらん

 波の音すく人もありけり     如行

 (初月や先西窓をはがすらん波の音すく人もありけり)

 

 波の音が聞きたくて好き好んで海辺に住んでいる隠士の家の窓とする。

 

無季。「波の音」は水辺。「人」は人倫。

 

五句目

 

   波の音すく人もありけり

 木を引て枕の種と心ざし     左柳

 (木を引て枕の種と心ざし波の音すく人もありけり)

 

 前句を粗末な草庵として、枕を自分で作ろうとする。

 

無季。

 

六句目

 

   木を引て枕の種と心ざし

 酒の肴に出す干瓜        残香

 (木を引て枕の種と心ざし酒の肴に出す干瓜)

 

 前句の貧しそうな雰囲気から酒の肴が干瓜になる。位付け。

 

季語は「干瓜」で夏。

初裏

七句目

 

   酒の肴に出す干瓜

 おのづから隣の松をながむらん  斜嶺

 (おのづから隣の松をながむらん酒の肴に出す干瓜)

 

 狭い街中の家なので、目の前には見ようと思わなくても隣の家の松がある。

 

無季。「松」は植物、木類。

 

八句目

 

   おのづから隣の松をながむらん

 過なきあせにしづむ武士     怒風

 (おのづから隣の松をながむらん過なきあせにしづむ武士)

 

 「過」はこの場合は「とが」。

 居合の練習をしてたら、斬った覚えがないのに急に松の枝が落ちてきたか。

 

無季。「武士」は人倫。

 

九句目

 

   過なきあせにしづむ武士

 いとおしき人の文さへ引さきて  不知

 (いとおしき人の文さへ引さきて過なきあせにしづむ武士)

 

 すぐにカッとなる性格なのだろう。愛しき人の文をついつい破いてしまい沈み込む。

 

無季。恋。「人」は人倫。

 

十句目

 

   いとおしき人の文さへ引さきて

 般若の面をおもかげに泣     芭蕉

 (いとおしき人の文さへ引さきて般若の面をおもかげに泣)

 

 愛しき人に裏切られたのだろう。文を引き裂いて般若の顔で泣く。

 

無季。恋。

 

十一句目

 

   般若の面をおもかげに泣

 待宵の鐘をよそにや忍ぶらん   如行

 (待宵の鐘をよそにや忍ぶらん般若の面をおもかげに泣)

 

 謡曲『道成寺』であろう。忍んできた時は白拍子の姿だったが、後に半蛇(般若)の姿に変わる。

 

季語は「待宵」で秋。恋。

 

十二句目

 

   宵の鐘をよそにや忍ぶらん

 薬たづぬる月の小筵       左柳

 (宵の鐘をよそにや忍ぶらん薬たづぬる月の小筵)

 

 「月の小筵(さむしろ)」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「月のさ筵」の解説」に、

 

 「月の光がさむざむとさしこんでくるしとね。

  ※拾遺愚草員外(1240頃)「やとからにせみのはごろも秋やたつかぜのたまくら月のさむしろ」

 

とある。宵の寺にこっそりやってきたのは薬を貰いに来た人だった。あるいはかったいのように人目を忍ぶような病気か。かったいは乞食(かたい)からきた言葉で、「小筵」も二重に意味になる。

 

季語は「月」で秋、夜分、天象。

 

十三句目

 

   薬たづぬる月の小筵

 薄着して砧聞こそくるしけれ   芭蕉

 (薄着して砧聞こそくるしけれ薬たづぬる月の小筵)

 

 前句の「小筵」を筵を着た乞食として、砧の音も悲しげだが、砧打つような衣すらない乞食はもっと苦しい、とする。

 

季語は「砧」で秋。「薄着」は衣裳。

 

十四句目

 

   薄着して砧聞こそくるしけれ

 網代の鮭を市にむさぼる     残香

 (薄着して砧聞こそくるしけれ網代の鮭を市にむさぼる)

 

 前句の薄着を漁師とする。獲ってきた鮭を市場で高く売る。

 「網代」はコトバンクの「日本大百科全書(ニッポニカ)「網代(漁具)」の解説」に、

 

 「網漁具の一種で、網の代わりの意。日本古来の漁具で、江戸時代ごろまでは各地で使用されていたが、現在ではおもに霞ヶ浦(かすみがうら)や北浦などで、コイ、フナ、セイゴ(スズキの幼魚)、ボラなどの漁獲に使用されている。魚の通路を遮るように、浅瀬から深みに向かって木や竹などの杭(くい)を立て、それに沿って魚を誘導する垣網を張り、その先端に魚が逃げにくいように楕円(だえん)形の囲い網を取り付ける。垣網(かきあみ)や囲網(かこいあみ)には数個の袋網をつけて、この中に魚を誘い入れ、朝夕、小舟でこの袋網を引き上げて漁獲する。

 また、網代には別の意味があり、東北、北海道方面では、定置網漁場の意味に用いられ、またいつも魚群が集まっているような場所をさす。転じて地名にもなっている(静岡県熱海(あたみ)市網代町など)。関西や山陽方面では沖の釣り場のことをいう。」

 

とある。冬の遡上してきた鮭を捕える。

 

季語は「網代」で冬、水辺。

 

十五句目

 

   網代の鮭を市にむさぼる

 舟の形所によりて替りけり    斜嶺

 (舟の形所によりて替りけり網代の鮭を市にむさぼる)

 

 市場に鮭を売りに来る舟はいろいろなところから来ていて、市場の場所取りでもめたりしていたか。

 

無季。「舟」は水辺。

 

十六句目

 

   舟の形所によりて替りけり

 上臈たちも旅のさがなき     不知

 (舟の形所によりて替りけり上臈たちも旅のさがなき)

 

 各地から船が集まってくると上臈たちも違う出身地の人たちと張り合って、火花を散らす。皮肉を行ったりして「おほほほほ」というところだろうか。参勤交代の行列では武士同士がガン飛ばしたり、喧嘩したりというのもあったみたいだし。

 

無季。旅体。「上臈」は人倫。

 

十七句目

 

   上臈たちも旅のさがなき

 花ふぶき宮の長橋ひとりづつ   如行

 (花ふぶき宮の長橋ひとりづつ上臈たちも旅のさがなき)

 

 宮の長橋は宮島厳島神社の長橋だろうか。これぐらいの名所なら上臈が何人も来てもおかしくない。上臈だとお付の者をたくさん従えながらだから、一人の上臈が渡るとその行列が去るのを待ってなくてはならない。まあ、いさかいもあるだろうな。

 

季語は「花」で春、植物、木類。神祇。

 

挙句

 

   花ふぶき宮の長橋ひとりづつ

 欲に見て置岨の山吹       怒風

 (花ふぶき宮の長橋ひとりづつ欲に見て置岨の山吹)

 

 前句を吉野の山奥のつり橋か何かにする。桜だけでなく、欲張って山吹の季節まで居残る。

 

季語は「山吹」で春、植物、草類。「岨」は山類。