「田螺とられて」の巻、解説

初表

 田螺とられて蝸牛の益なきやうらやむ 暁雲

   土鰌始メて泥に尾を曳      桃青

 岸に折ころころ柳みどりしに     麋塒

   小妻のつばなげんげつむらん   峡水

 下リ立てのり物近く人遠く      昨雲

   狂歌に茶屋の硯水召ス      暁雲

 飡欠なやき餅月の丸けきを      卜羪

   大兒小兒中兒の秋        麋塒

 

初裏

 風衣三位は立て薄舞         峡水

   梺がくれにいなごつり得て    昨雲

 祀なす鵙の羽の宮造りける      暁雲

   武鉄砲のひびき音なき      桃青

 櫓松物見の浦の雨すごく       麋塒

   形を羽をる風の菅菰       昨雲

 鮨桶のからに飯もる草枕       桃青

   臼に宿かせ味噌の屋の姫     峡水

 鄙若衆真柴が中に結レ来て      暁雲

   藁どる髪の牛の尾長く      麋塒

 浅沢に笠を船漕ぐ影ながら      昨雲

   朝消去ル髑髏上人        桃青

 異香月樒の葉食花に寝て       麋塒

   かばやくとかぎ春の御肴     峡水

 

 

二表

 野々原や継尾の鴻に狩昏し      昨雲

   六方院の小姓かいま見      暁雲

 枳に短尺恋の心しれ         桃青

   ソテツにあられとは泪なる    麋塒

 生船に金魚漁ル世を侘て       峡水

   牢客ともに眠ル鷺の子      昨雲

 酒手まつ程田中の杭の陰しばし    暁雲

   首けらけらと笑ひしののめ    桃青

 難面よ奥は枕にうめきふす      麋塒

   賤屋に落てくどく髭武者     峡水

 思ひ百箙の小判重ぬとも       昨雲

   幣火にもへて白鳩の神ン     暁雲

 奏問月照ル鏡血ぬるらん       昨雲

   萩部の宿祢尾花法印       昨雲

 

二裏

 物の怪にはた織姫のあつしくも    麋塒

   風が戸たたく戻子の半蔀     峡水

 老僧の経を帯とく恋悪し       昨雲

   芙蓉を折て美女に笄       暁雲

 彩の翡翠舞-筵に落ルかと       桃青

   亀の琴や甲に撥うつ       暁雲

 壽くむ銀河諸白花霙         其角

   竹の夫婦の目出たけれ己上    麋塒

 

      参考;『校本芭蕉全集 第五巻』(小宮豐隆監修、中村俊定注、一九六八、角川書店)

初表

発句

 

 田螺とられて蝸牛の益なきやうらやむ 暁雲

 

 田螺は食えるから捕らえてしまう。蝸牛のように益がなければ捕られずに済むものを、と『荘子』の無用の用を詠む。

 

季語は「田螺」で春、水辺。

 

 

   田螺とられて蝸牛の益なきやうらやむ

 土鰌始メて泥に尾を曳        桃青

 (田螺とられて蝸牛の益なきやうらやむ土鰌始メて泥に尾を曳)

 

 土鰌(どじょう)も人に食われるよりは、田の泥の中で尾を曳いていたい。

 前句の『荘子』の寓話に和す。

 

季語は「土鰌」で春、水辺。

 

第三

 

   土鰌始メて泥に尾を曳

 岸に折ころころ柳みどりしに     麋塒

 (岸に折ころころ柳みどりしに土鰌始メて泥に尾を曳)

 

 「ころころ柳」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「ころころ柳」の解説」に、

 

 「〘名〙 植物「ねこやなぎ(猫柳)」の異名。〔重訂本草綱目啓蒙(1847)〕」

 

とある。鰌のいる川に岸の景色を添える。

 

季語は「ころころ柳」で春、植物、木類。「岸」は水辺。

 

四句目

 

   岸に折ころころ柳みどりしに

 小妻のつばなげんげつむらん     峡水

 (岸に折ころころ柳みどりしに小妻のつばなげんげつむらん)

 

 「つばな」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「茅花」の解説」に、

 

 「〘名〙 茅(ちがや)の花穂。つばな。《季・春》

  ※江帥集(1111頃)「ちはなぬく交野の原のつぼすみれ若紫に色ぞかよへる」 〔日葡辞書(1603‐04)〕」

 

とある。「げんげ」は蓮華草のこと。

 岸で茅花や蓮華を摘む「小妻」はよくわからない。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「小夫・子夫」の解説」には、

 

 「こ‐づま【小夫・子夫】

  〘名〙 遊女のなじみ客。⇔小君(こぎみ)。

  ※梵舜本沙石集(1283)七「我身は、先生になにがしと申しし遊女にてありしが、五人の子夫を持ちて侍りしが」

 

とあり、「精選版 日本国語大辞典「大妻」の解説」には、

 

 「〘名〙 妾(めかけ)のことを小妻というのに対して、本妻をいう。

  ※類聚名物考(1780頃)称号部一八「案に大妻は嫡婦とて本妻なり。小妻は妾なるに対へて知べし」

 

とある。どっちにしても脈絡がよくわからない。

 

季語は「つばなげんげ」で春、植物、草類。「小妻」は人倫。

 

五句目

 

   小妻のつばなげんげつむらん

 下リ立てのり物近く人遠く      昨雲

 (下リ立てのり物近く人遠く小妻のつばなげんげつむらん)

 

 駕籠に乗って野遊びにやってきたのだろう。遠くに見える人に会いに来たのだろう。

 

無季。「人」は人倫。

 

六句目

 

   下リ立てのり物近く人遠

 狂歌に茶屋の硯水召ス        暁雲

 (下リ立てのり物近く人遠狂歌に茶屋の硯水召ス)

 

 駕籠を下りて茶屋に硯の水をもらう。思いついた狂歌を書き留めるのだろう。

 

無季。

 

七句目

 

   狂歌に茶屋の硯水召ス

 飡欠なやき餅月の丸けきを      卜羪

 (飡欠なやき餅月の丸けきを狂歌に茶屋の硯水召ス)

 

 焼き餅と望月を掛ける。前句の狂歌から、いかにもダサそうな掛詞を入れたか。

 丸餅は今だと関西方面のもので、関東は四角い切り餅だが。

 

季語は「月」で秋、夜分、天象。

 

八句目

 

   飡欠なやき餅月の丸けきを

 大兒小兒中兒の秋          麋塒

 (飡欠なやき餅月の丸けきを大兒小兒中兒の秋)

 

 大兒小兒中兒は「おおどもこどもちゅうども」とルビがふってある。大兒はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「大供」の解説」に、

 

 「〘名〙 (「こども(子供)」に対して作った語)

  ① 気持や行動の子供っぽいおとな。からかい、あざけりなどの気持をこめていう。

  ※俳諧・境海草(1660)春「いざこども大どももみん豊後梅〈宗因〉」

  ② 子供に対してのおとな。

  ※紐育(1914)〈原田棟一郎〉株式市場を観る「芝居の便所と云った風に幾つかの仕切りがあって、其処へ大供(オホドモ)小供がどれにもこれにも、一ぱい出たり入ったりして居る」

 

とある。①の意味であろう。大供小供は聞くが「中供」とはあまり言わなくて、まあそこがネタになっているのだろう。

 

季語は「秋」で秋。「大兒小兒中兒」は人倫。

二裏

九句目

 

   大兒小兒中兒の秋

 風衣三位は立て薄舞         峡水

 (風衣三位は立て薄舞大兒小兒中兒の秋)

 

 風衣は風のように薄い衣というとこか。風衣の三位は立ってススキの舞をする。ススキを「薄」と書く所からのネタか。

 

季語は「薄」で秋、植物、草類。

 

十句目

 

   風衣三位は立て薄舞

 梺がくれにいなごつり得て      昨雲

 (風衣三位は立て薄舞梺がくれにいなごつり得て)

 

 「いなごつり得て」は「トンボ釣り」と同様、鳥もち竿を使ってイナゴを捕まえることを言うのだろう。

 

 蜻蛉釣り今日は何処まで行ったやら  千代女

 

の句は有名だが、ウィキペディアには、

 

 「一茶が引用した「蜻蛉釣り今日は何処まで行ったやら」の句も、生涯1,700余りの句の中になく伝説と見られる。」

 

とある。この句は文化十六年刊竹内玄玄一の『俳家奇人談』にもある。江戸後期に流布していた伝承句であろう。

 

季語は「いなご」で秋、虫類。「梺」は山類。

 

十一句目

 

   梺がくれにいなごつり得て

 祀なす鵙の羽の宮造りける      暁雲

 (祀なす鵙の羽の宮造りける梺がくれにいなごつり得て)

 

 モズの早贄(はやにえ)のことであろう。ウィキペディアに、

 

 「モズは捕らえた獲物を木の枝等に突き刺したり、木の枝股に挟む習性をもつ。秋に初めての獲物を生け贄として奉げたという言い伝えから「モズのはやにえ」といわれる。」

 

とある。イナゴを早贄にして、そこをモズの羽の宮とする。

 

季語は「鵙」で秋、鳥類。

 

十二句目

 

   祀なす鵙の羽の宮造りける

 武鉄砲のひびき音なき        桃青

 (祀なす鵙の羽の宮造りける武鉄砲のひびき音なき)

 

 武鉄砲は竹鉄砲のことであろう。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「竹鉄砲」の解説」に、

 

 「〘名〙 玩具の一つ。篠竹のつつに杉の実や紙つぶてなどの玉をあらかじめこめておき、別の玉を押し出して、空気の圧縮によってとびでるようにしたもの。

  ※虎明本狂言・神鳴(室町末‐近世初)「はりは、子共の竹でっぽうのごとく、こしらへこしにさす」

 

とある。空気銃なので音はしない。

 モズの羽がたくさん落ちているけど、子供の竹鉄砲なので音はしなかった。

 

無季。

 

十三句目

 

   武鉄砲のひびき音なき

 櫓松物見の浦の雨すごく       麋塒

 (櫓松物見の浦の雨すごく武鉄砲のひびき音なき)

 

 「物見の浦」は地名ではなく、単に眺めの良い浦ということだろう。あるいは子供の間でそう呼ばれているということか。

 いつも子供が松の木を櫓に見立てて遊んでいるが、今日は雨が荒々しく竹鉄砲の音もない。

 

無季。「松」は植物、木類。「浦」は水辺。「雨」は降物。

 

十四句目

 

   櫓松物見の浦の雨すごく

 形を羽をる風の菅菰         昨雲

 (櫓松物見の浦の雨すごく形を羽をる風の菅菰)

 

 菅菰はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「菅菰・菅薦」の解説」に、

 

 「① 菅(すげ)と真菰(まこも)。

  ※続古今(1265)恋一・一〇〇八「にこり江におふるすかこもみかくれて我がこふらくはしる人そなき〈凡河内躬恒〉」

  ② 菅を編んでつくったむしろ。古くは、諸国で産したが、中でも陸奥(みちのく)産のものは「とふ(十編)の菅薦」として和歌によまれている。

  ※延喜式(927)二四「菅薦二枚長一丈二尺。広四尺」

  ※袖中抄(1185‐87頃)一四「みちのくのとふのすがごもななふには君をねさしてみふにわれねん」

 

とある。

 「とふ(十編)の菅薦」は『奥の細道』の壺の碑のところに、

 

 「かの画図にまかせてたどり行ば、おくの細道の山際に十苻の菅有。今も年々十苻の管菰を調て国守に献ずと云り。」

 

とある。この時代にもあった。

 

  陸奥の野田の菅ごもかた敷きて

     仮寐さびしき十苻の浦風

                道因法師(夫木抄)

 

の歌にも詠まれている。前句の雨の浦に旅人を付ける。雨だけでなく風も強くて、羽織っていても形だけで雨を防げない。

 

無季。旅体。

 

十五句目

 

   形を羽をる風の菅菰

 鮨桶のからに飯もる草枕       桃青

 (鮨桶のからに飯もる草枕形を羽をる風の菅菰)

 

 鮨桶はなれ鮨を漬け込んだ桶であろう。それに飯を盛れば、幽かになれ鮨の味が移る。

 

無季。旅体。

 

十六句目

 

   鮨桶のからに飯もる草枕

 臼に宿かせ味噌の屋の姫       峡水

 (鮨桶のからに飯もる草枕臼に宿かせ味噌の屋の姫)

 

 臼で米を自分で搗くから宿を貸してくれということか。鮨桶に盛った飯は持参した米で自炊していた。

 

無季。旅体。恋。「姫」は人倫。

 

十七句目

 

   臼に宿かせ味噌の屋の姫

 鄙若衆真柴が中に結レ来て      暁雲

 (鄙若衆真柴が中に結レ来て臼に宿かせ味噌の屋の姫)

 

 味噌屋の姫の所に通ってくるのは田舎の若い衆で、薪になる真柴もしょってやって来る。真柴だけに「真柴が仲に結ばれ」る。

 

無季。恋。「若衆」は人倫。

 

十八句目

 

   鄙若衆真柴が中に結レ来て

 藁どる髪の牛の尾長く        麋塒

 (鄙若衆真柴が中に結レ来て藁どる髪の牛の尾長く)

 

 この時代はまだ田舎の方では月代をせず、髷を藁でぐるぐる巻いておっ立てた茶筌姿の男子もいたのだろう。それが牛の尾みたいだ。

 

無季。「牛」は獣類。

 

十九句目

 

   藁どる髪の牛の尾長く

 浅沢に笠を船漕ぐ影ながら      昨雲

 (浅沢に笠を船漕ぐ影ながら藁どる髪の牛の尾長く)

 

 「船漕ぐ影ながら浅沢に笠を」の倒置で、前句と合わせると「船漕ぐ影ながら、浅沢に笠を藁どる、髪の牛の尾長く」となる。

 船を漕ぐ影が見えたと思ったら、浅沢で藁を刈り取る人の、髪が牛の尾のように長い、となる。

 

無季。「浅沢」「船漕ぐ」は水辺。

 

二十句目

 

   浅沢に笠を船漕ぐ影ながら

 朝消去ル髑髏上人          桃青

 (浅沢に笠を船漕ぐ影ながら朝消去ル髑髏上人)

 

 前句の船漕ぐ影を怪異とする。朝になれば消える。アンデッドは日の光に弱い。

 

無季。

 

二十一句目

 

   朝消去ル髑髏上人

 異香月樒の葉食花に寝て       麋塒

 (異香月樒の葉食花に寝て朝消去ル髑髏上人)

 

 異香(いきゃう)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「異香」の解説」に、

 

 「〘名〙 (「きゃう」は「香」の漢音) 普通と異なるよいかおり。いこう。

  ※今昔(1120頃か)六「異香寺の内に満たり」

 

とある。樒(しきみ)は仏花で葬儀に用いられる。

 アンデッドの僧侶はこの上なくいい香りのお香を焚いて月を見ながら、樒の葉を食(めし)として、桜の花の下に寝る。ひょっとして反魂の術でアンデッド化して蘇った西行法師?

 

季語は「花」で春、植物、木類。「月」は夜分、天象。

 

二十二句目

 

   異香月樒の葉食花に寝て

 かばやくとかぎ春の御肴       峡水

 (異香月樒の葉食花に寝てかばやくとかぎ春の御肴)

 

 樒の菜飯を食う、得体のしれない者は、蜥蜴の蒲焼を酒の肴にする。鬼だろうか。

 

季語は「春」で春。

二表

二十三句目

 

   かばやくとかぎ春の御肴

 野々原や継尾の鴻に狩昏し      昨雲

 (野々原や継尾の鴻に狩昏しかばやくとかぎ春の御肴)

 

 「野々原」は「野の原」で特に地名とか歌枕とかではない。

 「継尾(つぎを)」は継尾の鷹のことで、コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「継尾の鷹」の解説」に、

 

 「尾羽を他の羽でついだ鷹。また、とくに鵠・鶴などの白い羽を用いて継尾をした鷹。《季・春》

  ※連歌新式追加並新式今案等(1501)「白尾鷹。継尾鷹。以上春也」

  ※俳諧・犬子集(1633)一七「白き物こそ黒くなりけれ 手はなした継尾の鷹は夜籠りて〈徳元〉」

 

とある。鵠は白鳥のことだが、コウノトリが使われることもあったか。鴻は白鳥を意味することもあるようで、俳諧でもしばしば鶴とコウノトリが混同されるように、あまり厳密に区別されることもなく、大きな水鳥のことと言っても良いのだろう。

 

 みちのくに白尾の鷹を手ににすゑて

     安達ケ原を行くはたかこそ

                能因法師(夫木抄)

 

と歌にも詠まれている。春に何のために継尾をするのかはよくわからない。

 野原に鷹に用いる大きな水鳥を狩りに行って、夕方になったので蜥蜴を焼いて食う。

 

季語は「継尾」で春。「鴻」は鳥類。

 

二十四句目

 

   野々原や継尾の鴻に狩昏し

 六方院の小姓かいま見        暁雲

 (野々原や継尾の鴻に狩昏し六方院の小姓かいま見)

 

 六方院の小姓は六方衆に仕える小姓のことか。コトバンクの「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「六方衆」の解説」に、

 

 「六方大衆,六方衆徒,方衆ともいう。興福寺の僧衆のこと。興福寺では六方の子院 (戌亥,丑寅,辰巳,未申,竜花院,菩提院) の僧侶をいった。特に鎌倉~室町時代,末寺を分有し,各方の僧に武器を装備させ,軍事,警察権を行使した。 (→僧兵 , 衆徒 )」

 

とある。この種の軍事的な男集団が性的な目的で小姓を抱えていたのだろう。

 野の原に鴻を狩りに行った者が偶然このお小姓を垣間見たのであろう。

 

無季。恋。「小姓」は人倫。

 

二十五句目

 

   六方院の小姓かいま見

 枳に短尺恋の心しれ         桃青

 (枳に短尺恋の心しれ六方院の小姓かいま見)

 

 枳は「からたち」と読む。ウィキペディアに、

 

 「和名カラタチの名は唐橘(からたちばな)が詰まったものである。別名でもカラタチバナともよばれる。別名では、キコク(枳殻)ともよばれる。中国植物名(漢名)は、枸橘(くきつ)という。」

 

とある。棘があるので生垣などにも用いられる。生垣に和歌を詠んだ短冊を掛けて、恋の心を知れということか。

 

無季。恋。「枳」は植物、木類。

 

二十六句目

 

   枳に短尺恋の心しれ

 ソテツにあられとは泪なる      麋塒

 (枳に短尺恋の心しれソテツにあられとは泪なる)

 

 蘇鉄は貞享四年の「翁草」の巻十三句目に、

 

   はなてる鶴の鳴かへる見ゆ

 霜覆ひ蘇鉄に冬の季をこめて     安信

 

の句があるように、南方系の植物で寒さに弱く、冬は霜覆いなどをする。そこに降る霰は蘇鉄が涙を流しているかのようだ。

 カラタチの生垣の向こうでは蘇鉄が涙を流している。

 

季語は「あられ」で冬、降物。恋。「ソテツ」は植物、木類。

 

二十七句目

 

   ソテツにあられとは泪なる

 生船に金魚漁ル世を侘て       峡水

 (生船に金魚漁ル世を侘てソテツにあられとは泪なる)

 

 「生船(いけぶね)」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「生船・生槽」の解説」に、

 

 「〘名〙 (「いけ」は生かす意の「いける」から。「いけぶね」とも)

  ① 魚類を生かしたままでたくわえておく水槽。また、その設備をもった生魚運搬船をいう。いけすぶね。

  ※浮世草子・日本永代蔵(1688)二「魚嶋時に限らず、生船(イケフネ)の鯛を何国(いづく)迄も無事に着(つけ)やう有」

  ② 金魚、緋鯉(ひごい)などを飼養する水槽。

  ※浮世草子・西鶴置土産(1693)二「金魚、銀魚を売ものあり。庭には生舟(イケフネ)七八十もならべて、溜水清く」

  ③ 豆腐を入れておく水槽。

  ※歌舞伎・船打込橋間白浪(鋳掛松)(1866)三幕「こりゃあ豆腐屋のいけ槽(ブネ)に干してあったのを持って来たのだ」

 

とある。この場合は②であろう。「漁(すなど)ル」は生簀の金魚を売る商売のことで、罪深いと世を憂う。仏教的な発想だ。

 

無季。

 

二十八句目

 

   生船に金魚漁ル世を侘て

 牢客ともに眠ル鷺の子        昨雲

 (生船に金魚漁ル世を侘て牢客ともに眠ル鷺の子)

 

 金魚の生簀は川べりにあり、そこでは浪人が鷺の子と一緒に眠っている。

 この少し後だが、『冬の日』の「狂句こがらし」の巻七句目に、

 

   ひのちりちりに野に米を刈

 わがいほは鷺にやどかすあたりにて  野水

 

の句がある。

 

無季。「牢客」は人倫。「鷺」は鳥類、水辺。

 

二十九句目

 

   牢客ともに眠ル鷺の子

 酒手まつ程田中の杭の陰しばし    暁雲

 (酒手まつ程田中の杭の陰しばし牢客ともに眠ル鷺の子)

 

 「酒手まつ」というのは酒代を奢ってくれそうな人が来るのを待っているという意味か。

 田んぼの杭のわずかな日陰で待つが、影はすぐに移動する。

 

無季。

 

三十句目

 

   酒手まつ程田中の杭の陰しばし

 首けらけらと笑ひしののめ      桃青

 (酒手まつ程田中の杭の陰しばし首けらけらと笑ひしののめ)

 

 明方に人を待っていると、田中の杭の陰に野ざらし(髑髏)が転がっていて、笑っているかのようだ。人はいつかみんなこうなるんだぞ、という教訓でもある。

 

無季。

 

三十一句目

 

   首けらけらと笑ひしののめ

 難面よ奥は枕にうめきふす      麋塒

 (難面よ奥は枕にうめきふす首けらけらと笑ひしののめ)

 

 難面は「ツラカル」とルビがある。「辛かるよ」の意味。

 奥方は怪異に憑りつかれている。

 

無季。

 

三十二句目

 

   難面よ奥は枕にうめきふす

 賤屋に落てくどく髭武者       峡水

 (難面よ奥は枕にうめきふす賤屋に落てくどく髭武者)

 

 押し倒されて強引に性交を迫られている。髭武者は平和な時代の中間などのやっこさんではなく、戦乱の時代の落ち武者だから暴力的に描かれる。

 

無季。恋。「髭武者」は人倫。

 

三十三句目

 

   賤屋に落てくどく髭武者

 思ひ百箙の小判重ぬとも       昨雲

 (思ひ百箙の小判重ぬとも賤屋に落てくどく髭武者)

 

 箙(えびら)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「箙」の解説」に、

 

 「① 矢をさし入れて腰に付ける箱形の容納具。矢をもたせる細長い背板の下に方立(ほうだて)と呼ぶ箱をつけ、箱の内側に筬(おさ)と呼ぶ簀子(すのこ)を入れ、これに鏃(やじり)をさしこむ。背板を板にせずに枠にしたものを端手(はたて)といい、中を防己(つづらふじ)でかがって中縫苧(なかぬいそ)という。端手の肩に矢を束ねて結ぶ緒をつけ、矢把(やたばね)の緒とする。葛箙、逆頬箙、竹箙、角箙、革箙、柳箙などの種類がある。

  ※平家(13C前)四「二十四刺したる矢を、〈略〉射る、矢庭に敵十二人射殺し、十一人に手負うせたれば、箙に一つぞ残りたる」

  ② 能楽用の小道具。数本の矢を紐で束ね、箙に擬したもの。

  ③ 連句の形式の一つ。箙にさす矢の数にかたどり、一巻二四句から成るもので、初折の表六句と裏六句、名残の表六句と裏六句、合わせて二四句を一連とした。〔俳諧・独稽古(1828)〕」

 

とある。

 暴力ではなく金の力で口説く髭武者にする。

 

無季。恋。

 

三十四句目

 

   思ひ百箙の小判重ぬとも

 幣火にもへて白鳩の神ン       暁雲

 (思ひ百箙の小判重ぬとも幣火にもへて白鳩の神ン)

 

 幣火(へいくわ)は『校本芭蕉全集 第五巻』の中村注に、「神前の燈明」とある。「白鳩」は白幡のことか。八幡神(八幡大菩薩)のことを言う。

 前句を八幡大菩薩を信仰する武士とする。

 

無季。神祇。

 

三十五句目

 

   幣火にもへて白鳩の神ン

 奏問月照ル鏡血ぬるらん       昨雲

 (奏問月照ル鏡血ぬるらん幣火にもへて白鳩の神ン)

 

 奏問は「そうもん」と読む。『校本芭蕉全集 第五巻』の中村注に「底本「問」と「月」の間一字空白」とある。確かにこれでは字足らずになる。

 奏はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「奏」の解説」に、

 

 「① 天皇に申し上げること。また、その公文書。太政官から申し上げて勅裁を仰ぐには、事の大小により、論奏式・奏事式・便奏式の三種があり、その書式は公式令に規定されていた。また、のちには個人から奉るものもあった。

  ※令義解(718)公式「奉レ勑依レ奏。若更有二勑語一須レ付者、各随レ状付云々」

  ※落窪(10C後)四「早うさるべき様にそうを奉らせよ」 〔蔡邕‐独断〕

  ② 音楽をかなでること。」

 

とある。音楽ではないとすると、天皇に問い申し上げるという意味になる。

 「月照ル鏡」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「月の鏡」の解説」に、

 

 「① (その形を鏡とみなしていう) 晴れた空にかかる澄んだ満月。《季・秋》

  ※相模集(1061頃か)「あまのがはかげみにわたるたなばたのつきのかかみはくもらざらなむ」

  ② 月をうつした池を鏡に見立てていう語。

  ※新後拾遺(1383‐84)冬・四九九「久かたの月のかがみとなる水をみがくは冬の氷なりけり〈藤原資季〉」

 

とある。①だとすると、月に血を塗るというのは月が赤く染まる、つまり月食のことを言うのか。

 ちなみにネット上の国立天文台暦計算室によると、天和二年(一六八二年)の一月十五日(新暦で二月二十二日)に皆既月食があった。

 月食が起きたのを不吉な徴として、この場合は天皇ではなく八幡神に神託を求めたと読めば意味は通じる。

 

季語は「月」で秋、夜分、天象。

 

三十六句目

 

   奏問月照ル鏡血ぬるらん

 萩部の宿祢尾花法印         昨雲

 (奏問月照ル鏡血ぬるらん萩部の宿祢尾花法印)

 

 昨雲の句が続く。

 奏問を執り行ったのは萩部の宿祢と尾花法印で、奏書の署名に見立てたか。

 

季語は「萩」「尾花」で春、植物、草類。「宿祢」「法印」は人倫。

二裏

三十七句目

 

   萩部の宿祢尾花法印

 物の怪にはた織姫のあつしくも    麋塒

 (物の怪にはた織姫のあつしくも萩部の宿祢尾花法印)

 

 「あつし」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「篤」の解説」に、

 

 「〘形シク〙 (「あづし」か) 病気がちである。病弱である。また、病気が重い。

  ※天理本金剛般若経集験記平安初期点(850頃)「気力虚(うつけ)惙(アツシク)なりし時」

  ※源氏(1001‐14頃)桐壺「いとあつしくなりゆき、もの心ぼそげに里がちなるを」

  ※色葉字類抄(1177‐81)「支離 アヅシ 病也」

  [語誌](1)第二音節の清濁については、引用の色葉例のほか、「観智院本名義抄」の「支離」「煦」の訓の「アツシ」の「ツ」に濁声点が見られ、当時濁音だったことが推測される。

  (2)「あつかう(熱)」「あつしる」「あつゆ(篤)」などと同語源の語か。」

 

とある。物の怪のせいで七夕の織姫の病気が重くなり、萩部の宿祢尾花法印に祈祷を頼む。王朝時代は病気になると祈祷師が呼ばれた。

 キリギリスの別名である機織虫と掛けたか。

 

季語は「はた織姫」で秋。

 

三十八句目

 

   物の怪にはた織姫のあつしくも

 風が戸たたく戻子の半蔀       峡水

 (物の怪にはた織姫のあつしくも風が戸たたく戻子の半蔀)

 

 戻子は「もち」とルビがある。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「もじ」の解説」に、

 

 「① =もじおり(織)

  ② 綟織の絹織物の一つで、主として経(たていと)は赤、緯(よこいと)に青を用いた目のあらい布。法衣などに用いる。また紗(しゃ)と同様、夏の衣にも用いる。〔文明本節用集(室町中)〕

  ③ 麻糸をよじって織り出した目のあらい布。文祿・慶長(一五九二‐一六一五)頃から伊勢国(三重県)津で織られだした。夏の衣・蚊帳(かや)などに使う。綿綟子と区別して津綟子(つもじ)ともいう。

  ※咄本・鹿の巻筆(1686)二「時ならぬもじの肩衣など、衣紋けだかくひきつくろひ参りけるに」

  ④ 近世中期、綿糸で織り出された目のあらい布。夏用の肌着地、養蚕網、魚網などに使う。綿綟子。」

 

とある。

 これだと織物のことになってしまうが、これとは別に「精選版 日本国語大辞典「もじしょうじ」の解説」に、

 

 「〘名〙 障子の骨の代わりに細竹を菱形に組んだ簀戸(すど)に、綟織の布を張った障子。風通しをよくし、虫を防ぐために用いる。《季・夏》

  ※俳諧・千代見草(1692)「蚊遣して蚊屋に用る戻子障子」

 

とある。「戻子の半蔀」は虫よけのために綟織の布を張った半蔀のことと思われる。半蔀(はじとみ)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「半蔀」の解説」に、

 

 「① 上半が釣り上げられるようになった蔀戸(しとみど)。

  ※枕(10C終)八三「梅壺の東面、はしとみあげて、ここにといへば」

  ② 蔀のある小窓。特に、清涼殿の小蔀のある窓。

  ※建武年中行事(1334‐38頃)正月「主上はじとみより御覧ず」

 

とある。

 前句の「あつしくも」を暑いのでという意味にして、半蔀の網戸で風を入れている、とする。

 

無季。「半蔀」は居所。

 

三十九句目

 

   風が戸たたく戻子の半蔀

 老僧の経を帯とく恋悪し       昨雲

 (老僧の経を帯とく恋悪し風が戸たたく戻子の半蔀)

 

 経を紐解くのはわかるが、帯まで解いたらやばい。戻子の半蔀の中に破戒僧がやってきた。

 

無季。恋。釈教。「老僧」は人倫。「帯」は衣裳。

 

四十句目

 

   老僧の経を帯とく恋悪し

 芙蓉を折て美女に笄         暁雲

 (老僧の経を帯とく恋悪し芙蓉を折て美女に笄)

 

 笄は「かんざす」と読む。芙蓉は今日ではアオイ科の花のことだが、かつては蓮の別名として用いられていた。

 老僧だけに、女の元に通ってきても蓮を簪にする。

 

季語は「芙蓉」で夏、植物、草類。恋。「美女」は人倫。

 

四十一句目

 

   芙蓉を折て美女に笄

 彩の翡翠舞-筵に落ルかと       桃青

 (彩の翡翠舞-筵に落ルかと芙蓉を折て美女に笄)

 

 彩はここでは「あやどり」と読む。翡翠(ひすい)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「翡翠」の解説」に、

 

 「① =かわせみ(翡翠)《季・夏》

  ※空華集(1359‐68頃)一「琅玕半隠二烟際一、翡翠双眠二水頭一」

  ※仮名草子・東海道名所記(1659‐61頃)四「爰に翅の青き鳥あり。かたち翡翠(ヒスイ)のごとし」

  ② カワセミの羽。また、それを用いて作ったもの。あるいは、つややかで美しいものをカワセミの羽にたとえていう。

  ※経国集(827)序「翡翠開レ匣、不レ優二劣於六書一」 〔賈山‐至言〕

  ③ 特に、頭髪が美しくつややかなこと。また、そのような頭髪をいう。

  ※夜の寝覚(1045‐68頃)五「御髪はゆらゆらと、ひすいとはこれをいふにやと見えて」

  ④ 鳥の尾の傍に生えた長い羽。〔十巻本和名抄(934頃)〕

  ⑤ 宝石の一種。緑色、半透明でガラス光沢のある硬玉。装飾用。アマゾン石。

  ※見果てぬ夢(1910)〈永井荷風〉三「あの柔い緑の色の翡翠(ヒスヰ)の珠」

  ⑥ 青々としていて、美しくつややかなものを宝石の色にたとえていう。

  ※珊瑚集(1913)〈永井荷風訳〉奢侈「GANGES 河の畔なる翡翠の宮殿」

 

とある。今日では⑤の意味でしか用いないが、ここでは飾りの翡翠が舞う時の下に敷くものに落ちるということなので、②であろう。芙蓉の花が大きいので、髪に元から飾ってあった翡翠の羽が落ちそうだ。

 

無季。

 

四十二句目

 

   彩の翡翠舞-筵に落ルかと

 亀の琴や甲に撥うつ         暁雲

 (彩の翡翠舞-筵に落ルかと亀の琴や甲に撥うつ)

 

 琴は「しらべ」とルビがふってある。甲は「かう」と読む。

 前句の翡翠の飾りにカワセミの殺生の罪を思い、琴を弾く爪や三味線の撥にも鼈甲が使われている、と応じる。

 

無季。

 

四十三句目

 

   亀の琴や甲に撥うつ

 壽くむ銀河諸白花霙         其角

 (壽くむ銀河諸白花霙亀の琴や甲に撥うつ)

 

 「壽くむ」は「いのちくむ」と読む。諸白は濾過した透き通った酒で、今の清酒の元となっている。銀河のような淡く白い諸白の酒を汲めば、命を汲んで長生きできそうで、その幽かな白い濁りは花が霙になったようだ、とする。

 

季語は「花」は春、植物、木類。

 

挙句

 

   壽くむ銀河諸白花霙

 竹の夫婦の目出たけれ己上      麋塒

 (壽くむ銀河諸白花霙竹の夫婦の目出たけれ己上)

 

 「竹の夫婦(めうと)」は『校本芭蕉全集 第五巻』の中村注に、「正月の竹飾りをかく言ったか。」とある。長寿の酒に正月を付けて一巻は目出度く終わる。

 己上は已上(いじゃう)で手紙や目録などの末尾に書く。以上と同じ。

 

季語は「竹の夫婦」で春。