「あはれしれ」の巻、解説

俳諧連歌勧進始曲水亭

初表

 あはれしれ俊乗坊の薬喰       路通

   紙子のつぎに國々の衣      曲水

 借す事の面白きより金持て      其角

   日剃はげたるさかやきの色    里東

 関守に狂言見する月の影       芹花

   雨かとおもふ露ぞばらつく    路通

 

初裏

 むしの音やわり木積たる軒の下    曲水

   洗ふた足袋をぬすまれにけり   其角

 山伏の水をひとつともらひよる    里東

   よむ顔したる文のかけもの    芹花

 恋しりの猶ものよはくとしたけて   路通

   羽織出しては又いれて置     曲水

 大橋をこさぬ中なれやかた船     其角

   茶でもとまらずのどかはく月   里東

 ながき夜にをりはうつ客取込て    芹花

   いくらもむしの覗くあぶら火   路通

 散花をさつとかけたるゆふだすき   曲水

   たこよくあげて子に渡すらん   其角

 

 

二表

 びしょびしょと雪間はゆるき日陰にて 里東

   隠居屋ひとつすまふ藪医師    芹花

 鼻かめといふさへきかぬ下女が形   路通

   かいつくばふて手のくぼのめし  曲水

 つきはづす鼠を見れば無念也     其角

   寐着は曲に腰をうたする     里東

 聾にはものいふ事のむづかしき    芹花

   御感の時は釣簾。まきあげ    路通

 くつさめにうちかけしたる朝の月   里東

   馬子の千話する身の上の秋    其角

 やや寒み大肌ぬぎてけはう也     曲水

   居風呂桶はうつぶけに干ス    芹花

 

二裏

 かたまりて何やら拾ふ雀の子     路通

   御與べ屋より蛇のつら出す    里東

 折花になかば言をかまへたり     其角

   息災過て風雅まけぬる      曲水

 さしなれていまにはなさぬ長刀    芹花

   わらはぬ顔や人くはぬ鬼     筆

 

      参考;『普及版俳書大系3 蕉門俳諧前集上巻』(一九二八、春秋社)

初表

発句

 

   俳諧連歌勧進始曲水亭

 あはれしれ俊乗坊の薬喰     路通

 

 俊乗坊は俊乗坊重源のことで、ウィキペディアに、

 

 「重源(ちょうげん、保安2年(1121年) - 建永元年6月5日(1206年7月12日))は、中世初期(平安時代末期から鎌倉時代)の日本の僧。房号は俊乗房(しゅんじょうぼう、俊乗坊とも記す)。

 東大寺大勧進職として、源平の争乱で焼失した東大寺の復興を果たした。」

 

とある。

 別に重源が薬食いをしていたということではなく、ここで重源を真似て俳諧の勧進の旅に出ようという路通と、この時曲水亭に集まった曲水、其角、里東、芹花が薬食いをしたという意味だろう。

 肉食は仏教の影響で戒められていたが、冬には薬食いと称してシカやイノシシを食べた。下層の者は犬を食うこともあったようだ。幕末の寺門静軒の『江戸繁盛記』では狐も売られていたという。

 この俳諧の勧進については、『俳諧勧進帳』の路通の序に、

 

 「元禄三年霜月十七日の夜、観音大士の霊夢を蒙る。あまねく俳諧の勧進をひろめ、風雅を起すべしと、金玉ひとつらね奉加につかせ給ふ。

  霜の中に根はからさじなさしも草

 覚て後、感涙しきりなるあまり千日の行を企畢。広く続て一言半句の信助を乞。大願の起かくのごとし。」

 

とある。

 千日の行は比叡山の「千日回峰行」に見立てたものか。ウィキペディアの「千日回峰行」の所に、

 

 「この行に入るためには、先達から受戒を受けなければならない。その後、作法、所作を先達から学び、その上で最初の百日行に入る。これを初百日満行という。仏教の所作の中に、初七日、四十九日、百日とあるが、その百日目にあたる。」

 

とあるから、観音大士の霊夢を受戒として、まずは百日行を行い、その後千日に渡る勧進の旅を始めるという意味であろう。

 「あはれしれ」の巻の興行はこの霜月十七日からそう経ってない頃に行われたのであろう。その後実際のどのような百日行を行ったのかは定かでないが、これを終えた後、

 

   三月三日 勧進当日之句

 なげく事なくて果けり雛の世話  路通

 

の句を詠み、

 

   路通餞別

 花に行句鏡重し頭陀嚢      露沾

 

の句で送られて旅に出ることになる。これから二年九か月の旅が勧進ということになる。元禄四年三月三日から二年九か月ということは、元禄七年の春に終了ということになる。ただ、実際は終りのない旅路といっていい。

 路通は元禄三年春に冤罪を受けて芭蕉の元を離れ、陸奥を行脚して江戸に戻り、そこで其角、曲水などの江戸の門人に暖かく迎えられた。そして、上方方面へと旅立ち、七月には再び芭蕉の下に合流し、七月には、

 

 蠅ならぶはや初秋の日数かな   去来

 

を発句とする興行に参加する。

 

季語は「薬喰」で冬。釈教。

 

 

   あはれしれ俊乗坊の薬喰

 紙子のつぎに國々の衣      曲水

(あはれしれ俊乗坊の薬喰紙子のつぎに國々の衣)

 

で、前句の「あはれしれ」を受けて、継ぎはぎの紙子にその哀れな姿を現す。ボロボロの紙子は古い時代から乞食僧の描写に用いられてきた。

 

季語は「紙子」で冬、衣裳。

 

第三

 

   紙子のつぎに國々の衣

 借す事の面白きより金持て    其角

 (借す事の面白きより金持て紙子のつぎに國々の衣)

 

 借金は借りる側の方が強いと、今でも言われている。デフォルトが恐くて、何のかんの言って借り手の言いなりになってしまう所がある。国家でも債務国は強い。

 まあ、そういうことだからどこの国でもいつの時代でも借金大王というのがいるのだろう。人から金を借りまくって姿を消したと思ったら、金がなくなった頃又ひょっこりとやってきて借りようとする。カール・マルクスも石川啄木も借金大王だったという。そりゃじっと手を見るわな。

 

無季。

 

四句目

 

   借す事の面白きより金持て

 日剃はげたるさかやきの色    里東

 (借す事の面白きより金持て日剃はげたるさかやきの色)

 

 日剃(ひぞり)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「日剃」の解説」に、

 

 「〘名〙 毎日、髭や髪をそること。

 ※俳諧・俳諧勧進牒(1691)下「借(か)す事の面白きより金持(もち)て〈其角〉 日剃はげたるさかやきの色〈里東〉」

 

とある。

 月代(さかやき)を毎日剃ってはいても、次第に剃る毛もなくなってゆき、剃った時の青々とした色は昔のこと、今はてかてか光っている。

 前句の借金大王の老いてく様とする。

 

無季。

 

五句目

 

   日剃はげたるさかやきの色

 関守に狂言見する月の影     芹花

 (関守に狂言見する月の影日剃はげたるさかやきの色)

 

 前句の老いてゆくのを止めることができないという頃から、関守も月日は止められないという所へ持って行く。

 

 須磨の浦に秋をとどめぬ関守も

     のこる霜夜の月は見るらむ

              藤原信実(新勅撰集)

 

の歌の心であろう。

 狂言はこの時代は歌舞伎狂言のことであろう。この時代には関守は過去のものになっていたので、関守を演じる歌舞伎役者の衰えとする。

 

季語は「月」で秋、夜分、天象。「関守」は人倫。

 

六句目

 

   関守に狂言見する月の影

 雨かとおもふ露ぞばらつく    路通

 (関守に狂言見する月の影雨かとおもふ露ぞばらつく)

 

 芝居で使われる「本水」のことか。

 

季語は「露」で秋、降物。「雨」も降物。

初裏

七句目

 

   雨かとおもふ露ぞばらつく

 むしの音やわり木積たる軒の下  曲水

 (むしの音やわり木積たる軒の下雨かとおもふ露ぞばらつく)

 

 前句の露を本物の露として、軒の下に積んだ薪に降りた露が、割り木を取ろうとするとばらばらと雨のように落ちて来る。

 

季語は「むしの音」で秋、虫類。「軒」は居所。

 

八句目

 

   むしの音やわり木積たる軒の下

 洗ふた足袋をぬすまれにけり   其角

 (むしの音やわり木積たる軒の下洗ふた足袋をぬすまれにけり)

 

 軒下の薪の上に干して置いた足袋が盗まれた。これも「あるある」だったのか。

 

無季。

 

九句目

 

   洗ふた足袋をぬすまれにけり

 山伏の水をひとつともらひよる  里東

 (山伏の水をひとつともらひよる洗ふた足袋をぬすまれにけり)

 

 山伏に水を貰いに行って、山伏がそれに応対しているうちにもう一人が泥棒を働くということか。山伏の家では足袋くらいしか盗る物もないだろうに。

 

無季。「山伏」は人倫。

 

十句目

 

   山伏の水をひとつともらひよる

 よむ顔したる文のかけもの    芹花

 (山伏の水をひとつともらひよるよむ顔したる文のかけもの)

 

 山伏の家にある掛け軸見て、読めるふりをする。

 

無季。

 

十一句目

 

   よむ顔したる文のかけもの

 恋しりの猶ものよはくとしたけて 路通

 (恋しりの猶ものよはくとしたけてよむ顔したる文のかけもの)

 

 「恋しり」は色恋の道に通じているということだが、この時代だと遊郭の遊女の攻略法に通じているということだろう。年取って弱々しい。昔の文を掛け軸にしていたのか。

 

無季。恋。

 

十二句目

 

   恋しりの猶ものよはくとしたけて

 羽織出しては又いれて置     曲水

 (恋しりの猶ものよはくとしたけて羽織出しては又いれて置)

 

 昔遊郭通いに着ていった羽織を懐かしそうに眺めては、また仕舞う。

 

無季。恋。「羽織」は衣裳。

 

十三句目

 

   羽織出しては又いれて置

 大橋をこさぬ中なれやかた船   其角

 (大橋をこさぬ中なれやかた船羽織出しては又いれて置)

 

 大橋は両国橋のことで、日本橋から屋形船で隅田川に出て遊ぶわけだが、両国橋を越さないというのは吉原までは行かないという意味だろう。羽織は必要なさそうだ。

 

無季。恋。「大橋」「やかた船」は水辺。

 

十四句目

 

   大橋をこさぬ中なれやかた船

 茶でもとまらずのどかはく月   里東

 (大橋をこさぬ中なれやかた船茶でもとまらずのどかはく月)

 

 酒を飲み過ぎると喉が渇くもので、船の上では水をがぶ飲みするわけにもいかない。

 

季語は「月」で秋、夜分、天象。

 

十五句目

 

   茶でもとまらずのどかはく月

 ながき夜にをりはうつ客取込て  芹花

 (ながき夜にをりはうつ客取込て茶でもとまらずのどかはく月)

 

 「をりは」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「折羽」の解説」に、

 

 「① 双六(すごろく)の打ち方の名称。両方共に一二個の駒を持ち、二個の賽(さい)を竹の筒に入れて振り出し、出た賽の目の数だけ駒を取り合って、多く取った方を勝ちとする。折羽双六。

  ② 「おりはばん(折羽盤)」の略。

  ③ 「すごろく(双六)」の異称。

  ※浄瑠璃・道成寺現在蛇鱗(1742)三「嫁御さんがたとおりは打ち隙が入った」

 

とある。双六のこと。

 博奕というのはやはり緊張するのか、喉がカラカラになる。

 

季語は「ながき夜」で秋、夜分。「客」は人倫。

 

十六句目

 

   ながき夜にをりはうつ客取込て

 いくらもむしの覗くあぶら火   路通

 (ながき夜にをりはうつ客取込ていくらもむしの覗くあぶら火)

 

 飛んで火にいる夏の虫ということだろう。博奕のカモはいくらでもいる。後ろで眺めている連中がみんな次のカモだ。

 

季語は「むし」で秋、虫類。

 

十七句目

 

   いくらもむしの覗くあぶら火

 散花をさつとかけたるゆふだすき 曲水

 (散花をさつとかけたるゆふだすきいくらもむしの覗くあぶら火)

 

 「ゆふだすき」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「木綿襷」の解説」に、

 

 「[1] 木綿(ゆう)で作った襷。神事に奉仕するとき、これを用いて袖をからげた。中古以降は、歌語として、たすきをかける意で「かく」を引き出す序詞などとして用いられることも多い。

  ※書紀(720)允恭四年九月(図書寮本訓)「是に諸人各木綿手繦(ユフタスキ)を着して釜に赴きて探湯(くかたち)す」

  ※源氏(1001‐14頃)賢木「かけまくはかしこけれどもそのかみの秋思ほゆるゆふだすきかな」

 

とある。

 花の下で灯火を灯し、何かの神事だろうか。虫が飛び込んだと見えたのは散った桜だった。

 真っ暗で桜の木の本体は見えないが、火を灯せば舞い散る桜の姿が映る。これが当時の夜桜だった。

 

季語は「散花」で春、植物、木類。「ゆふだすき」は衣裳。

 

十八句目

 

   散花をさつとかけたるゆふだすき

 たこよくあげて子に渡すらん   其角

 (散花をさつとかけたるゆふだすきたこよくあげて子に渡すらん)

 

 境内で子供が凧揚げをしているが、なかなかうまく揚がらなくて、見かねた神主さんが見本を示してやる。ただ、大人の方がついつい夢中になって、なかなか子供に返してやらないのも「あるある」で、「らん」という推量が利いている。

 この時代は正月に限らず、春風の季節には凧あげをしたのだろう。新暦だと正月の凧あげは木枯らしの凧揚げになってしまう。

 

季語は「たこ」で春。「子」は人倫。

二表

十九句目

 

   たこよくあげて子に渡すらん

 びしょびしょと雪間はゆるき日陰にて 里東

 (びしょびしょと雪間はゆるき日陰にてたこよくあげて子に渡すらん)

 

 春の雪は薄日が射すとすぐに融けてびしょびしょになる。そんなところに凧を落とさぬように、子供に代わって揚げてやる。

 

季語は「雪間はゆるき」で春、降物。

 

ニ十句目

 

   びしょびしょと雪間はゆるき日陰にて

 隠居屋ひとつすまふ藪医師    芹花

 (びしょびしょと雪間はゆるき日陰にて隠居屋ひとつすまふ藪医師)

 

 隠居屋というと薮の中にあるイメージがあるので、そこから薮医者の隠居とする。薮が薮に住んでいる、といったところか。冬にはさぞかし怪しげな風邪薬でも売って稼いだのだろう。

 

無季。「隠居屋」は居所。「薮医師」は人倫。

 

二十一句目

 

   隠居屋ひとつすまふ藪医師

 鼻かめといふさへきかぬ下女が形 路通

 (鼻かめといふさへきかぬ下女が形隠居屋ひとつすまふ藪医師)

 

 医者の不養生というか、紺屋の白袴というか。医者の下女は鼻もかまず、これじゃ患者も信用しない。

 

無季。「下女」は人倫。

 

二十二句目

 

   鼻かめといふさへきかぬ下女が形

 かいつくばふて手のくぼのめし  曲水

 (鼻かめといふさへきかぬ下女が形かいつくばふて手のくぼのめし)

 

 前句を下女が子供に「鼻かめ」という体に取り成す。

 「かいつくばふ」は這い這いのことだが、ここではもう少し大きな子供が飯を盗んで掌に載せたまま、見つからないように四つん這いで歩いている様子であろう。

 鼻かめと言っても従わないような悪ガキの様を付ける。

 

無季。

 

二十三句目

 

   かいつくばふて手のくぼのめし

 つきはづす鼠を見れば無念也   其角

 (つきはづす鼠を見れば無念也かいつくばふて手のくぼのめし)

 

 鼠を追っ払おうとして棒で突っついたが突き外して、飯は手のひらに乗る程度しか残ってなかった。

 

無季。「鼠」は獣類。

 

二十四句目

 

   つきはづす鼠を見れば無念也

 寐着は曲に腰をうたする     里東

 (つきはづす鼠を見れば無念也寐着は曲に腰をうたする)

 

 寐着は「ねまき」とルビがある。そうなると「曲」は「くせ」か。寝巻についた癖が邪魔になって鼠を打ちそこなったか。

 

無季。「寐着」は衣裳。

 

二十五句目

 

   寐着は曲に腰をうたする

 聾にはものいふ事のむづかしき  芹花

 (聾にはものいふ事のむづかしき寐着は曲に腰をうたする)

 

 手話のなかった時代には、聾とどのようなコミュニケーションを取っていたのかよくわからない。

 芭蕉追善の「なきがらを」の巻八十六句目にも、

 

   味噌つきは沙彌に力をあらせばや

 かな聾の何か可笑しき      游刀

 

の句がある。

 なお許六の『俳諧問答』には、

 

 「一、杉風 廿余年の高弟、器も鈍ならず、執心もかたのごとく深し。花実ハ実過たり。

 常ニ病がちにして、しかも聾也。」

 

とある。

 

無季。「聾」は人倫。

 

二十六句目

 

   聾にはものいふ事のむづかしき

 御感の時は釣簾。まきあげ    路通

 (聾にはものいふ事のむづかしき御感の時は釣簾。まきあげ)

 

 「釣簾。」の横に「を」とある。「釣簾」の読みが「すだれ」だとすれば、「ヲ」を入れると字余りになるので「釣簾。まきあげ」としたが、「を」を補って読めということか。

 「御感(ごかん)」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「御感」の解説」に、

 

 「① 天皇、将軍、高貴の人などが深く感動すること、気に入ること。→ぎょかん。

  ※浄瑠璃・用明天皇職人鑑(1705)四「姫君の御こと御息所にさし上げ給はば、御かん有るべきとの仰せ」

  ② 「ごかん(御感)の御書」の略。

  ※松隣夜話(1647頃)下「雲州は故為景公・当謙信公両殿の御感を、廿三まで御取候由」

 

とある。偉い人がお褒めの言葉をかけるにも、耳が聞こえないから御簾の向こうで話すだけでは伝わらないので、御簾を上げて顔を見せながら喜びを伝える。

 

無季。「釣簾」は居所。

 

二十七句目

 

   御感の時は釣簾。まきあげ

 くつさめにうちかけしたる朝の月 里東

 (くつさめにうちかけしたる朝の月御感の時は釣簾。まきあげ)

 

 「うちかけ」は時代によって異なる。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「打掛」の解説」に、

 

 「〘名〙 (①~⑥は衣服の上にうちかけて着るものの意で、「裲襠」とも書く)

  ① 儀仗の布帛製の鎧。朝廷の大儀に武官が、束帯の上に着用するもの。長方形の布帛の中央に孔を穿って頭を入れ、背部と胸部に当てて着ける貫頭衣。りょうとう。うちかけよろい。〔十巻本和名抄(934頃)〕

  ② =けいこう(挂甲)

  ※讚岐典侍(1108頃)下「あるは錦のうちかけ」

  ③ 行幸の際、輦(れん)の轅(ながえ)をかつぐ駕輿丁が肩にあてる貫頭衣。

  ④ 舞楽や田楽の装束の一つ。

  ※太平記(14C後)二七「赤地の金襴の打懸(うちかけ)に」

  ⑤ 旅をするとき、衣服の上から着る、袖口が細く裾の広いもの。

  ※鹿苑院殿厳島詣記(1389)「うちかけといふものを同じ姿に着給ふ」

  ⑥ 「うちかけこそで(打掛小袖)」の略。近世の上層婦人が重ね小袖の最上衣を帯付とせずに打ち掛けて着たことによる。かいどり。かけ。

  ※浄瑠璃・嫗山姥(1712頃)二「打かけひらりと取て捨」

 

とある。時代的には⑥であろう。基本的には、衣服の上にうちかけて着るもの一般を意味していたと思われる。

 秋の冷えまさる朝、月を見ようとして御簾を上げたら、寒さでくしゃみが出たので、上に一枚羽織る。

 

季語は「朝の月」で秋、天象。

 

二十八句目

 

   くつさめにうちかけしたる朝の月

 馬子の千話する身の上の秋    其角

 (くつさめにうちかけしたる朝の月馬子の千話する身の上の秋)

 

 千話(ちわ)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「痴話・千話」の解説」に、

 

 「① 情人同士がたわむれ合ってする話。いろばなし。むつごと。転じて、情事。いろごと。

  ※俳諧・鷹筑波(1638)二「二道かくる人のさいかく ちはながらさせるむさしは上手にて〈正平〉」

  ② 「ちわげんか(痴話喧嘩)」の略。

  ※雑俳・すがたなぞ(1703)「千話すれば娘が泣てとりさゆる」

 

とある。馬子が仕事に行く時に妻と会話を交わす情景であろう。「寒いからこれ一枚着て行きなさい」「これくらい何のこれしき‥‥へーーくしゅん」「ほれごらんなさい」という感じか。

 

季語は「秋」で秋。「馬子」は人倫。

 

二十九句目

 

   馬子の千話する身の上の秋

 やや寒み大肌ぬぎてけはう也   曲水

 (やや寒み大肌ぬぎてけはう也馬子の千話する身の上の秋)

 

 「けはう」は化粧すること。吉原の馬子(付き馬)としたか。吉原には送迎のための馬子がいて、料金を踏み倒されないように、客について行って取り立てもしたという。

 

季語は「やや寒み」で秋。

 

三十句目

 

   やや寒み大肌ぬぎてけはう也

 居風呂桶はうつぶけに干ス    芹花

 (やや寒み大肌ぬぎてけはう也居風呂桶はうつぶけに干ス)

 

 居風呂(すゑぶろ)は水風呂のことで、湯舟にお湯を張った風呂のこと。サウナが主流だった中で、この時代に急速に広まっていった。

 大きな木製の風呂桶を昼間はうつ伏せにして干していたか。

 

無季。

二裏

三十一句目

 

   居風呂桶はうつぶけに干ス

 かたまりて何やら拾ふ雀の子   路通

 (かたまりて何やら拾ふ雀の子居風呂桶はうつぶけに干ス)

 

 風呂桶を干している庭に、雀が集まり、何かをついばんでいる。居風呂にはお寺のイメージもあって、舞台を薮が近くにあるお寺としたか。

 

季語は「雀の子」で春、鳥類。

 

三十二句目

 

   かたまりて何やら拾ふ雀の子

 御與べ屋より蛇のつら出す    里東

 (かたまりて何やら拾ふ雀の子御與べ屋より蛇のつら出す)

 

 「御與べ屋」は御輿部屋(みこしべや)。境内には雀もいれば、それを狙う蛇もいる。

 

季語は「蛇のつら出す」で春。神祇。

 

三十三句目

 

   御與べ屋より蛇のつら出す

 折花になかば言をかまへたり   其角

 (折花になかば言をかまへたり御與べ屋より蛇のつら出す)

 

 「なかば言」は何と読むのか。「なかばことば」か。

 狂言『花折新発意』であろう。住職に花見の人を境内に入れるなと命じられた小僧が、花見客にうまく言い込められてしまう物語だという。

 

季語は「折花」で春、植物、木類。

 

三十四句目

 

   折花になかば言をかまへたり

 息災過て風雅まけぬる      曲水

 (折花になかば言をかまへたり息災過て風雅まけぬる)

 

 長閑さを求めるあまりに、花の下の風流を犠牲にするということか。

 

 世の中にたえて桜のなかりせば

     春の心はのどけからまし

              在原業平(古今集)

 花見にと群れつつ人の来るのみぞ

     あたら桜のとがにはありける

              西行法師

 

の歌の心による。閑寂を求めるのも風流だが、花に浮かれるのも自然の心。恋もまた同じ。徒に我が身の平穏のみを求めるのは、本来の風流の心ではない。

 謡曲『西行桜』もそういうストーリーだし、狂言『花折新発意』もおそらく同じテーマであろう。

 

無季。

 

三十五句目

 

   息災過て風雅まけぬる

 さしなれていまにはなさぬ長刀  芹花

 (さしなれていまにはなさぬ長刀息災過て風雅まけぬる)

 

 身の安全が大事だとばかりに風雅の席にも長刀を手放さない。

 『阿羅野』の、

 

 何事ぞ花みる人の長刀      去来

 

の句を彷彿させる。

 

無季。

 

挙句

 

   さしなれていまにはなさぬ長刀

 わらはぬ顔や人くはぬ鬼      筆

 (さしなれていまにはなさぬ長刀わらはぬ顔や人くはぬ鬼)

 

 路通、曲水、其角、里東、芹花がそれぞれ七句づつ付けたあとで、最後は執筆が一句付ける。

 長刀を差して怖い顔している武士は、人は食わなくても鬼のようだ。みんな俳諧で笑いましょう、ということで一巻は目出度く終わる。

 

無季。