「つぶつぶと」の巻、解説

初表

 つぶつぶと掃木をもるる榎実哉  望翠

   竹のはづれを初あらし吹   惟然

 朝月に鶏さきへ尾をふりて    土芳

   すればするほど豆腐売レ切  雪芝

 大八の通りかねたる狭小路    猿雖

   師走の顔に編笠も着ず    芭蕉

 

初裏

 痩ながら水仙ひらく川おもて   卓袋

   野中へ牛を綱ほどきやる   九節

 嫁入の来て賑かな門まはり    雪芝

   杖と草履を預りて置     望翠

 一くらい気色立たる月夜影    惟然

   鱸釣なり鎌倉の浦      猿雖

 大鳥のわたりて田にも畑にも   芭蕉

   蕎麦粉を震ふ帷子の裾    卓袋

 立ながら文書て置く見せの端   猿雖

   銭持手にて祖母の泣るる   芭蕉

 まん丸に花の木陰の一かまへ   土芳

   どこやら寒き北の春風    猿雖

 

 

二表

 旅籠屋に雲雀が啼ば出立焚    雪芝

   ならひのわるき子を誉る僧  卓袋

 冬枯の九年母おしむ霜覆ひ    芭蕉

   たまたますれば居風呂の漏  雪芝

 持鑓の一間所にはいりかね    望翠

   あほうつかへば皆つかはれる 土芳

 宵の口入みだれたる道具市    九節

   茶の呑ごろのぬるき小薬鑵  惟然

 間あれば又見たくなる絵のもやう 猿雖

   ともに年寄逢坂の杉     芭蕉

 有明にしばしへだてて馬と籠   卓袋

   露時雨より頭痛やみたり   九節

 

二裏

 引たてて留守にして置く萩の門  土芳

   ひとりたまかにはこぶふる竹 雪芝

 ふらふらときせる〇付る貝のから 猿雖

   いくつくさめのつづく朝風  惟然

 ざはざはと花の‥‥大手に    望翠

   柳にまじる土手の若松    卓袋

 

      参考;『校本芭蕉全集 第五巻』(小宮豐隆監修、中村俊定注、一九六八、角川書店)

初表

発句

 

 つぶつぶと掃木をもるる榎実哉  望翠

 

 エノキの実は直径五ミリくらいの丸いつぶつぶとした実で、これが落ちると小さくて、竹箒のような荒い庭掃き箒だと漏れてしまう。

 

季語は「榎実」で秋。

 

 

   つぶつぶと掃木をもるる榎実哉

 竹のはづれを初あらし吹     惟然

 (つぶつぶと掃木をもるる榎実哉竹のはづれを初あらし吹)

 

 竹は掃木の縁で、ここでは庭掃除の背景となる竹林であろう。竹林のはずれの庭では初秋の台風風が吹く。

 

季語は「初あらし」で秋。「竹」は植物、木類でも草類でもない。

 

第三

 

   竹のはづれを初あらし吹

 朝月に鶏さきへ尾をふりて    土芳

 (朝月に鶏さきへ尾をふりて竹のはづれを初あらし吹)

 

 初嵐の庭には鶏がいる。鶏というと朝なので、朝の月を添える。

 

季語は「月」で秋、天象。「鶏」は鳥類。

 

四句目

 

   朝月に鶏さきへ尾をふりて

 すればするほど豆腐売レ切    雪芝

 (朝月に鶏さきへ尾をふりてすればするほど豆腐売レ切)

 

 「すればするほど」は豆腐作りをすればするほどで、朝の豆腐はよく売れる。

 

無季。

 

五句目

 

   すればするほど豆腐売レ切

 大八の通りかねたる狭小路    猿雖

 (大八の通りかねたる狭小路すればするほど豆腐売レ切)

 

 大八車の入れないような小さな路地に売に行ったほうが、豆腐はよく売れる。

 

無季。

 

六句目

 

   大八の通りかねたる狭小路

 師走の顔に編笠も着ず      芭蕉

 (大八の通りかねたる狭小路師走の顔に編笠も着ず)

 

 狭すぎて編笠も引っかかってしまうような狭小路ということか。体を横にして通らなくてはなるまい。

 

季語は「師走」で冬。

初裏

七句目

 

   師走の顔に編笠も着ず

 痩ながら水仙ひらく川おもて   卓袋

 (痩ながら水仙ひらく川おもて師走の顔に編笠も着ず)

 

 痩せた乞食僧か。川表は堤防の皮の方の斜面で、僧はそれを見ながら川の水仙を見て歩く。師走だというのに笠もなくて寒そうだ。

 

季語は「水仙」で冬、植物、草類。「川おもて」は水辺。

 

八句目

 

   痩ながら水仙ひらく川おもて

 野中へ牛を綱ほどきやる     九節

 (痩ながら水仙ひらく川おもて野中へ牛を綱ほどきやる)

 

 前句の痩せた人物を牧童とし、牛を放牧する。

 

無季。「牛」は獣類。

 

九句目

 

   野中へ牛を綱ほどきやる

 嫁入の来て賑かな門まはり    雪芝

 (嫁入の来て賑かな門まはり野中へ牛を綱ほどきやる)

 

 前句を婚資の牛としたか。

 

無季。恋。

 

十句目

 

   嫁入の来て賑かな門まはり

 杖と草履を預りて置       望翠

 (嫁入の来て賑かな門まはり杖と草履を預りて置)

 

 結婚式に来た人の杖と草履を門の所で預かる。

 

無季。

 

十一句目

 

   杖と草履を預りて置

 一くらい気色立たる月夜影    惟然

 (一くらい気色立たる月夜影杖と草履を預りて置)

 

 「気色立(けしきだつ)」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「気色立」の解説」に、

 

 「〘自タ五(四)〙 (「だつ」は接尾語)

  ① きざしがみえる。発現のけはいが見える。

  ※源氏(1001‐14頃)賢木「初時雨いつしかとけしきだつに」

  ※徒然草(1331頃)一九「やや春ふかく霞みわたりて、花もやうやうけしきだつほどこそあれ」

  ② 懐妊、出産の徴候をみせる。

  ※栄花(1028‐92頃)様々のよろこび「かかる程に、この左京大夫殿の御上、けしきだちて悩しうおぼしたれば」

  ③ 心のうちを顔色やそぶりに示す。意中を表わす。

  ※源氏(1001‐14頃)明石「宮この人もたたなるよりは言ひしにたがふと思さむも心恥かしう思さるれば、けしきたち給ふことなし」

  ④ 気どる。改まった様子をみせる。様子ぶる。

  ※能因本枕(10C終)一〇四「題出して女房に歌よませ給へば皆けしきたちゆるがしいだすに」

  ⑤ 物音や話し声がして活気づく。

  ※すみだ川(1909)〈永井荷風〉六「夢中になって声をかける見物人のみならず場中一体が気色立(ケシキダ)つ」

 

とある。

 「一(ひと)くらい」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「各別・格別」の解説」に、

 

 「浄瑠璃・平家女護島(1719)四「互に心おく女中、廿三四の色ざかり、町の風とは一位(ひとくらゐ)、顔も姿も各別(カクベツ)に」

 

という用例がある。

 いつもよりも改まった感じのする月影、あるいは月見の席ということか。杖と草履を預けて身なりを正す。

 

季語は「月夜影」で秋、夜分、天象。

 

十二句目

 

   一くらい気色立たる月夜影

 鱸釣なり鎌倉の浦        猿雖

 (一くらい気色立たる月夜影鱸釣なり鎌倉の浦)

 

 格式の高い月見の宴には松江鱸魚が欲しいということで、鎌倉に鱸(すずき)を釣りに行く。実際は松江鱸魚はヤマノカミのことだという。同じスズキ目ではある。

 

季語は「鱸釣」で秋、水辺。「鎌倉の浦」も名所、水辺。

 

十三句目

 

   鱸釣なり鎌倉の浦

 大鳥のわたりて田にも畑にも   芭蕉

 (大鳥のわたりて田にも畑にも鱸釣なり鎌倉の浦)

 

 渡り鳥で大鳥といえば、鶴や白鳥のことだろう。田にも畑にもやって来る。

 スズキの旬は夏だというが、この時期は沖の方にいることが多く、河口でのシーバス釣りの季節は秋から初冬の産卵前が良いという。渡鳥の飛来する季節でもある。

 

季語は「大鳥のわたり」で秋、鳥類。

 

十四句目

 

   大鳥のわたりて田にも畑にも

 蕎麦粉を震ふ帷子の裾      卓袋

 (大鳥のわたりて田にも畑にも蕎麦粉を震ふ帷子の裾)

 

 渡り鳥の飛来の頃は秋蕎麦の収穫の頃になる。新蕎麦を打つと、帷子の裾に粉がつく。

 秋蕎麦は花が咲くのも遅く、この後九月三日に支考が伊賀にやって来た時に芭蕉は、

 

 蕎麥はまだ花でもてなす山路かな 芭蕉

 

の句を詠んでいる。

 

季語は「蕎麦」で秋。「帷子」は衣裳。

 

十五句目

 

   蕎麦粉を震ふ帷子の裾

 立ながら文書て置く見せの端   猿雖

 (立ながら文書て置く見せの端蕎麦粉を震ふ帷子の裾)

 

 主人が蕎麦粉を篩う作業で忙しそうなので、手紙を持ってきたけどそっと置いて帰る。

 

無季。

 

十六句目

 

   立ながら文書て置く見せの端

 銭持手にて祖母の泣るる     芭蕉

 (立ながら文書て置く見せの端銭持手にて祖母の泣るる)

 

 放蕩者の孫が金の無心に来たのだろう。祖母ももうこれ以上出せないと銭を手に持って、泣きながら差し出す。さすがに思う所があったのか、手紙を書いて店の端に置いて行く。

 

無季。「祖母」は人倫。

 

十七句目

 

   銭持手にて祖母の泣るる

 まん丸に花の木陰の一かまへ   土芳

 (まん丸に花の木陰の一かまへ銭持手にて祖母の泣るる)

 

 「一かまへ」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「一構」の解説」に、

 

 「① 一つの建造物。特に、独立して一軒建っている家。〔日葡辞書(1603‐04)〕

  ※武蔵野(1887)〈山田美妙〉中「崖下にある一構(ヒトカマヘ)の第宅(やしき)は」

  ② 一つのむれ。一群。

  ※浮世草子・好色五人女(1686)五「一かまへの森のうちにきれいなる殿作りありて」

 

とある。花の下に円形の建物というのはよくわからないので、まん丸に取り囲むような一群ということか。円形に人垣ができるというと、大道芸か何かで、祖母が感激して投げ銭をしたということか。

 

季語は「花」で春、植物、木類。

 

十八句目

 

   まん丸に花の木陰の一かまへ

 どこやら寒き北の春風      猿雖

 (まん丸に花の木陰の一かまへどこやら寒き北の春風)

 

 前句の「まん丸」を春の北風が丸く渦を巻いて、花の下でつむじ風になったとしたか。

 

季語は「春風」で春。

二表

十九句目

 

   どこやら寒き北の春風

 旅籠屋に雲雀が啼ば出立焚    雪芝

 (旅籠屋に雲雀が啼ば出立焚どこやら寒き北の春風)

 

 「出立(でたち)」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「出立」の解説」に、

 

 「で‐たち【出立】

  〘名〙

  ① 旅立ち。門出(かどで)。出発。いでたち。しゅったつ。

  ※羅葡日辞書(1595)「Viáticum〈略〉Detachini(デタチニ) クワスル メシ」

  ② 旅立ちする際の食事。宿を出る際の食事。いでたち。〔日葡辞書(1603‐04)〕

  ※浮世草子・好色一代男(1682)二「手枕さだかならず目覚めて、出立(デタチ)焼(たく)女に」

  ③ はじまり。発端。第一歩。また、出始め。

  ※蓮如御文章(1461‐98)二「その信心といふはなにの用ぞといふに〈略〉凡夫が、たやすく彌陀の浄土へまいりなんずるための出立(でたち)なり」

  ※交隣須知(18C中か)二「犢 タケノコノ デタチハ キナウシノ コノ ツノノ ヨフニゴザル」

  ④ 身なり。服装。扮装(ふんそう)。いでたち。

  ※史記抄(1477)一一「冠雄━いったう人のせぬてたちぞ」

  ※咄本・当世手打笑(1681)五「或時、女出立(デタチ)をして、夜あくるまでおどり、くたびれて部やに入」

  ⑤ 葬礼の出棺。でたて。

 

とある、この場合は②になる。朝の雲雀が鳴きだす頃には朝飯が炊き上がる。

 

季語は「雲雀」で春、鳥類。旅体。

 

二十句目

 

   旅籠屋に雲雀が啼ば出立焚

 ならひのわるき子を誉る僧    卓袋

 (旅籠屋に雲雀が啼ば出立焚ならひのわるき子を誉る僧)

 

 旅に出る僧は、これまで教えていた物覚えの悪い子供ともお別れで、この日は褒めている。

 

無季。釈教。「子」「僧」は人倫。

 

二十一句目

 

   ならひのわるき子を誉る僧

 冬枯の九年母おしむ霜覆ひ    芭蕉

 (冬枯の九年母おしむ霜覆ひならひのわるき子を誉る僧)

 

 九年母(くねんぼ)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「九年母」の解説」に、

 

 「① (「くねんぽ」とも) ミカン科の常緑小高木。インドシナ原産で、古く中国を経て渡来し、栽培される。幹は高さ三~五メートルになり、ミカンに似てやや大きく、長さ一〇センチメートルほどの楕円形の葉を互生する。初夏、枝先に芳香のある白色の五弁花を開く。果実は径六センチメートルぐらいの球形で、秋に熟して橙色になる。表皮は厚く種子が多いが甘味があり生食される。漢名は橘で、香橙は誤用。香橘(こうきつ)。くねぶ。くねんぶ。くねぼ。《季・秋‐冬》」

 

とある。

 前句の「子」の縁で「母」の字の入った九年母を付ける。「ならいのわるき」から「冬枯」も特に関連があるわけではないが、響きで展開する。

 冬枯れの九年母を惜しむように、習いの悪い子も褒める。

 

季語は「冬枯」で冬。「九年母」は植物、木類。「霜」は降物。

 

二十二句目

 

   冬枯の九年母おしむ霜覆ひ

 たまたますれば居風呂の漏    雪芝

 (冬枯の九年母おしむ霜覆ひたまたますれば居風呂の漏)

 

 たまたま九年母に霜覆いをしていたら、風呂桶が漏っているのに気付く。

 

無季。

 

二十三句目

 

   たまたますれば居風呂の漏

 持鑓の一間所にはいりかね    望翠

 (持鑓の一間所にはいりかねたまたますれば居風呂の漏)

 

 「一間所(いっけんどこ)」は「ひとまどころ」のことでコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「一間所」の解説」に、

 

 「〘名〙 一柱間を仕切った室。転じて一室。ひとま。

  ※曾我物語(南北朝頃)三「かれらを一まどころに呼びければ」

 

とある。鑓が長すぎて入れず、鑓がたまたま風呂桶に擦ってしまい漏れてしまった。

 

無季。

 

二十四句目

 

   持鑓の一間所にはいりかね

 あほうつかへば皆つかはれる   土芳

 (持鑓の一間所にはいりかねあほうつかへば皆つかはれる)

 

 「馬鹿と鋏は使いよう」という諺があるが、阿呆をうまく使うことができれば、誰でもうまく使える。前句の槍持ちをその阿呆とした。「使う」と「つっかえる」を掛ける。

 

無季。

 

二十五句目

 

   あほうつかへば皆つかはれる

 宵の口入みだれたる道具市    九節

 (宵の口入みだれたる道具市あほうつかへば皆つかはれる)

 

 「馬鹿と鋏は使いよう」ということで、宵の口の混雑する道具市で鋏を選ぶ。どれを買っても馬鹿が使えれば使える。

 

無季。

 

二十六句目

 

   宵の口入みだれたる道具市

 茶の呑ごろのぬるき小薬鑵    惟然

 (宵の口入みだれたる道具市茶の呑ごろのぬるき小薬鑵)

 

 道具市でも茶を飲めるところがあるのだろう。薬缶が置いてあって、煮だした茶が置いてあるが、ちょうど良く冷めている。この飲み頃温度というのが、後の煎茶に受け継がれてゆくのだろう。

 

無季。

 

二十七句目

 

   茶の呑ごろのぬるき小薬鑵

 間あれば又見たくなる絵のもやう 猿雖

 (間あれば又見たくなる絵のもやう茶の呑ごろのぬるき小薬鑵)

 

 「間」はここでは「ひま」と読む。

 「もやう」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「模様」の解説」に、

 

 「① 模範。てほん。

  ※筑波問答(1357‐72頃)「連歌は本よりいにしへのもやうさだまれる事なければ」 〔琵琶記‐宦邸憂思〕

  ② 外に現われるかたちやありさま。また、推移するようす。ふぜい。

  ※風姿花伝(1400‐02頃)二「面をも、同じ人と申しながら、もやうの変りたらんを着て、一体(いってい)異様したるやうに、風体を持つべし」

  ※浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉三「授業の模様、旧生徒の噂」 〔杜荀鶴‐長安道中有作詩〕

  ③ しぐさ。身ぶり。所作(しょさ)。〔日葡辞書(1603‐04)〕

  ※随筆・驢鞍橋(1660)下「若衆に茶のたてやうを教ゆべしと、自ら茶をたつる模様をなして」

  ④ (━する) 仕組むこと。趣向。計画。

  ※浮世草子・新吉原常々草(1689)下「何事も前からこしらへたる事よろしからず、其時にいたりてもやうするこそおかしけれ」

  ⑤ 織物、染物、工芸品などにほどこした絵や図案。また、ものの表面にあらわれた図柄。紋様。

  ※蔭凉軒日録‐寛正五年(1464)七月一九日「被レ求二于大唐之諸器一、其模様図而被レ渡二于両居座妙増都聞并紹本都寺及能副寺一也」

  ⑥ (━する) 色や図柄をつけること。

  ※最暗黒之東京(1893)〈松原岩五郎〉一七「新の柿及び新の栗が半ば黄色に色を摸様(モエウ)し」

  ⑦ 囲碁で、相当の規模を持った勢力圏をいう。大規模のものを大模様、ある程度地域化したものを地模様という。

  ⑧ 天気。空模様。

  ※稲熱病(1939)〈岩倉政治〉四「百姓は空相手ぢゃ。模様さまさいよければ、こんなこたないわい」

  ⑨ 名詞の下に付けて、それらしい様子、振舞い、雰囲気であるさまを表わす。「色もよう」「雪もよう」など。

  ※歌舞伎・幼稚子敵討(1753)三「『是を牡丹花の香炉と見咎(みとがめ)られたりや、モウ汝(うぬ)を』トかかる。立廻りもやふ有」

 

とある。今日ではもっぱら⑤や⑧の意味で用いられるが、ここでは①か②であろう。③④は絵に用いるものではなさそうだ。

 当時は一般に絵を学ぶというと、師匠の手本やたまたま見る機会に恵まれた良い絵を見ながら、それをコピーするところから始めるものだ。

 飲み頃の茶をふるまってくれる家にはなかなかいい絵が飾ってあって、それを何度も見たいというものだろう。

 

無季。

 

二十八句目

 

   間あれば又見たくなる絵のもやう

 ともに年寄逢坂の杉       芭蕉

 (間あれば又見たくなる絵のもやうともに年寄逢坂の杉)

 

 逢坂の関の杉は和歌に詠まれている。

 

 逢坂の杉間の月のなかりせば

     いくきの駒といかで知らまし

              大江 匡房(詞花集)

 鶯の鳴けどもいまだ降る雪に

     杉の葉しろきあふさかの関

              後鳥羽院(新古今集)

 

 ただ、逢坂の関は絵巻などには描かれるが、画題になることはあまりない。逢坂の杉の老木を描いた絵があったら見てみたいものだ。

 

無季。「逢坂」は名所。「杉」は植物、木類。

 

二十九句目

 

   ともに年寄逢坂の杉

 有明にしばしへだてて馬と籠   卓袋

 (有明にしばしへだてて馬と籠ともに年寄逢坂の杉)

 

 明方の逢坂の関を馬で越える者と、やや間をおいて駕籠で越える者がいる。二人の関係はよくわからないが、どちらも年を取っている。

 

季語は「有明」で秋、夜分、天象。旅体。「馬」は獣類。

 

三十句目

 

   有明にしばしへだてて馬と籠

 露時雨より頭痛やみたり     九節

 (有明にしばしへだてて馬と籠露時雨より頭痛やみたり)

 

 群発頭痛ではないかと思う。はっきりしたことはよくわからないが、体内時計が関係していると言われていて、夜中や明け方に多いという。

 明け方の旅で、辺りが明るくなり、辺りにびっしりと露の降りているのが分かる時刻になると頭痛が引いて行く。さながら時雨のような頭痛だ。

 露時雨は雨ではないが、明け方に露がびっしりと降りて時雨が降ったようになることをいう。

 

季語は「露時雨」で秋、降物。

二裏

三十一句目

 

   露時雨より頭痛やみたり

 引たてて留守にして置く萩の門  土芳

 (引たてて留守にして置く萩の門露時雨より頭痛やみたり)

 

 「引たてて」も多義で、コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「引立」の解説」に、

 

 「〘他タ下一〙 ひきた・つ 〘他タ下二〙

  ① 横になっている物や人を引っ張って立つようにする。引き起こす。

  ※蜻蛉(974頃)上「生糸(すずし)のいとを長うむすびて、一つむすびては、ゆひゆひして、ひきたてたれば」

  ② 戸、障子などを、引き出してたてる。引いて閉じる。

  ※落窪(10C後)二「やり戸あけたりとておとどさいなむとて、ひきたてて、錠(ぢゃう)ささんとすれば」

  ③ 引いてきた車などを、とめる。車をとどめる。

  ※宇津保(970‐999頃)蔵開下「車ひきたててみる」

  ④ 馬などを、引いて連れ出す。引いて連れて行く。

  ※延喜式(927)祝詞「高天の原に耳(みみ)振立(ふりたて)て聞く物と、馬牽立(ひきたて)て」

  ⑤ いっしょに連れて行く。いっしょに行くようにせきたてる。また、無理に連れて行く。連行する。

  ※源氏(1001‐14頃)夕霧「やがてこの人をひきたてて、推し量りに入り給ふ」

  ⑥ 人や、ある方面の事柄を、重んじて特に挙げ用いる。特に目をかける。ひいきにする。

  ※古今著聞集(1254)一「重代稽古のものなりけれども、引たつる人もなかりけるに」

  ⑦ 勢いがよくなるようにする。気分・気力の勢いをよくする。気を奮い立たせる。

  ※新撰六帖(1244頃)六「杣山のあさ木の柱ふし繁みひきたつべくもなき我が身哉〈藤原家良〉」

  ⑧ 一段とみごとに見えるようにする。特に目立つようにする。きわだたせる。

  ※俳諧・七番日記‐文化七年(1810)九月「夕顔に引立らるる後架哉」

  ⑨ 注意を集中する。特に、聞き耳を立てる。

  ※うもれ木(1892)〈樋口一葉〉八「引(ヒ)き立(タ)つる耳に一と言二た言、怪しや夢か意外の事ども」

 

とある。この場合は「留守にして置く」が居留守を使う意味なので、②の意味で「萩の門」の戸を引いて閉じて置くという意味になる。

 頭痛がひどいので人に会いたくなかったのだろう。前句を「頭痛止みたり」ではなく「頭痛病」としたか。

 

季語は「萩」で秋、植物、草類。

 

三十二句目

 

   引たてて留守にして置く萩の門

 ひとりたまかにはこぶふる竹   雪芝

 (引たてて留守にして置く萩の門ひとりたまかにはこぶふる竹)

 

 「たまか」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「たまか」の解説」に、

 

 「① まめやかなさま。物事を緻密に処理するさま。実直。忠実。誠実。

  ※天理本狂言・忠喜(室町末‐近世初)「人の身に、はものをあつる事じゃ、たまかに、心をしづめて、それと云」

  ② 倹約で、ひかえめなさま。

  ※俳諧・西鶴大矢数(1681)第二九「たまか成遠里おのこかしこまり」

  ※滑稽本・六阿彌陀詣(1811‐13)二「とかく女中はものごと質素(タマカ)にするがよい」

  ③ こまかくてめんどうなさま。

  ※浮世草子・風流曲三味線(1706)二「びいどろの徳利の中へ和久(わく)を入れるたまかな細工などして」

 

とある。

 門を閉じるだけでなく、古竹で竹垣を作って、外から入れないようにする、ということか。

 

無季。

 

三十三句目

 

   ひとりたまかにはこぶふる竹

 ふらふらときせる〇付る貝のから 猿雖

 (ふらふらときせる〇付る貝のからひとりたまかにはこぶふる竹)

 

 〇は『校本芭蕉全集 第五巻』の中村注に、他の本に「きせるに」とあることを示している。「に」が入ると見ていいだろう。

 煙管の雁首と吸い口の間の「羅宇」と呼ばれる管の部分は竹でできているものが多かった。ウィキペディアには、

 

 「雁首、火皿、吸い口については耐久性を持たせるためにその多くが金属製であり、羅宇については、高級品では黒檀なども見受けられるが、圧倒的に竹が多いようである。」

 

とある。前句を煙管を作る職人としたか。

 煙管に付ける貝の殻は螺鈿に用いるのだろうか。竹と一緒に貝殻の袋をぶら下げて運び込む。

 

無季。

 

三十四句目

 

   ふらふらときせる〇付る貝のから

 いくつくさめのつづく朝風    惟然

 (ふらふらときせる〇付る貝のからいくつくさめのつづく朝風)

 

 「くさめ」はくしゃみのこと。貝の殻ふらふらと定まらないのを、くしゃみが止まらないからだとする。

 

無季。

 

三十五句目

 

   いくつくさめのつづく朝風

 ざはざはと花の‥‥大手に    望翠

 (ざはざはと花の‥‥大手にいくつくさめのつづく朝風)

 

 ここも判読できない箇所があったようだ。大手にを「おほてに」と読むと下五が一文字足りない。

 いずれにせよ、これだけでは意味不明。

 

季語は「花」で春、植物、木類。

 

挙句

 

   ざはざはと花の‥‥大手に

 柳にまじる土手の若松      卓袋

 (ざはざはと花の‥‥大手に柳にまじる土手の若松)

 

 桜に柳は「柳桜をこきまぜて」の縁。春の錦に若松を添えて、一巻は目出度く終わる。

 

季語は「柳」で春、植物、木類。「若松」も植物、木類。