「うるはしき」の巻、解説

元禄四年九月三日、膳所

初表

 うるはしき稲の穂並の朝日哉   路通

   雁もはなれず溜池の水    昌房

 白壁のうちより碪打そめて    芭蕉

   蝋燭の火をもらふ夕月    正秀

 頼れて銀杏の広葉かち落す    野径

   すがりて乳をしぼるゑのころ 乙州

 

初裏

 関守にはやなじみたる咄数奇   画好

   身は沓売となりて悟りし   珍碩

 あたまつき春と秋とは定らず   盤子

   金堀にいる洞の燈火     里東

 田の中にいくつも鶴の打ならび  探志

   芝居の札の米あつめけり   游刀

 御嶽より駕籠も不自由旅の道   正秀

   夜寒にしぼむ帯の綻び    路通

 月影に二階に膳をつきあげて   画好

   蕎麦の匂ひのむせる下積   里東

 かげろふや海手の花の盛なり   游刀

   東風吹しほる菊水の旗    盤子

 

 

二表

 ひよ鳥の囀りながら狂ふらん   正秀

   豆腐上手にあげて客まつ   珍碩

 怨ある義理を語て涙ぐむ     乙州

   曇れと捨しもとのすがた見  路通

 うすやうに書てもふるふ筆の跡  芭蕉

   汐のさし来る月の廻廊    正秀

 暮の露岩屋の坊主打のぞき    盤子

   みなおのが音を啼からす虫  乙州

 弓と矢もまだいたいけに膝まづき 珍碩

   白髪さし出す簾のあわせめ  芭蕉

 ほととぎす綺麗に膳を組立て   画好

   夜の間にのびる竹の子の篠  野径

 

二裏

 文はまづ三史文選くづし出し   路通

   坐禄押やる昼のうたた寝   游刀

 おさへたる鼠を終にとりはづし  昌房

   竹覆ふみこむ居風呂の漏   盤子

 内裏たつほど在家を花の宿    珍碩

   燕の出入にぎやかな声    野径

 

       参考;『校本芭蕉全集 第四巻』(小宮豐隆監修、宮本三郎校注、一九六四、角川書店)

初表

発句

 

 うるはしき稲の穂並の朝日哉   路通

 

 稲の実りの時期で、琵琶湖の畔に一面に広がる稲の実りが朝日を受けて「うるはし」という。

 同時に十三人もの連衆を前に発句を詠むその嬉しさも込められていたのではないかと思う。

 

季語は「稲の穂並」で秋。「朝日」は天象。

 

 

   うるはしき稲の穂並の朝日哉

 雁もはなれず溜池の水      昌房

 (うるはしき稲の穂並の朝日哉雁もはなれず溜池の水)

 

 晩秋の農村の季節ということで、溜池の雁を付ける。

 

季語は「雁」で秋、鳥類。「溜池」は水辺。

 

第三

 

   雁もはなれず溜池の水

 白壁のうちより碪打そめて    芭蕉

 (白壁のうちより碪打そめて雁もはなれず溜池の水)

 

 白壁の立派な家から砧を打つ音が聞こえてくる。発句の農村のひなびた風景から離れる。

 

季語は「碪」で秋。「白壁」は居所。

 

四句目

 

   白壁のうちより碪打そめて

 蝋燭の火をもらふ夕月      正秀

 (白壁のうちより碪打そめて蝋燭の火をもらふ夕月)

 

 立派な家だから夕月に紙燭ではなく、高価な蝋燭の火をもらう。

 

季語は「夕月」で秋、夜分、天象。「蝋燭」も夜分。

 

五句目

 

   蝋燭の火をもらふ夕月

 頼れて銀杏の広葉かち落す    野径

 (頼れて銀杏の広葉かち落す蝋燭の火をもらふ夕月)

 

 「頼れて」は「たのまれて」。「かち落す」は棒で叩いて落す。月が見えるようにということか。

 

無季。「銀杏(いてふ)」は植物、木類。

 

六句目

 

   頼れて銀杏の広葉かち落す

 すがりて乳をしぼるゑのころ   乙州

 (頼れて銀杏の広葉かち落すすがりて乳をしぼるゑのころ)

 

 「ゑのころ」はここではエノコログサではなく、元の意味の犬ころのこと。

 

無季。「ゑのころ」は獣類。

初裏

七句目

 

   すがりて乳をしぼるゑのころ

 関守にはやなじみたる咄数奇   画好

 (関守にはやなじみたる咄数奇すがりて乳をしぼるゑのころ)

 

 前句の子犬が母になつくイメージから、関守とすぐ仲良くなる話し好きをつける。

 画好は『続猿蓑』の「夏の夜や」の臥高と同じ。『芭蕉と近江の人々』(梅原與惣次著、一九八八、サンブライト出版)には、

 

 「本多氏、勘解由光豊、膳所藩家老、致仕して五十人扶持。蕉門諸生全伝に、ゼゝ本多氏『隅居シテ画ヲ好、賢才多芸』とある人。本多画好又は画香と同一人と思われる」

 

とある。

 

無季。旅体。「関守」は人倫。

 

八句目

 

   関守にはやなじみたる咄数奇

 身は沓売となりて悟りし     珍碩

 (関守にはやなじみたる咄数奇身は沓売となりて悟りし)

 

 『校本芭蕉全集 第四巻』の宮本注には、

 

 「参考『類船』「沓(クツ)」の条に「禅話の問答に沓を頭にあげて悟道したる有」と見える」

 

とあるが、これは『無門関』の「南泉斬猫」であろう。質問をして、答えられなければ猫を斬るといって、誰も答えられずに猫が斬られてしまう話で、筆者はこれは「命に係わる緊急事態では何でもいいから答えを出せ、思考停止に陥るな」という意味だと解しているが、猫が斬られてしまったその晩に趙州が帰って来たのでこの話をすると、靴を脱いで頭に載せて出てってしまった。あの時趙州がいたら猫は斬られずに済んだのに、という所でこの話は締めくくられている。

 靴を脱いで頭に載せるのが何を意味するかは分からないが、咄嗟に何か反応をしたということで「正解」だったのだろう。

 前句の話好きを僧として、自分は元は沓売だったという話をしたのだろう。

 特に深い意味はなくても、深い意味があるんじゃないかと思わせてしまうのが珍碩なのだろう。

 

無季。「身」「沓売」は人倫。

 

九句目

 

   身は沓売となりて悟りし

 あたまつき春と秋とは定らず   盤子

 (あたまつき春と秋とは定らず身は沓売となりて悟りし)

 

 盤子は支考のこと。

 「あたまつき」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「頭付」の解説」に、

 

 「あたま‐つき【頭付】

  〘名〙

  ① 頭のかたち、様子。かしらつき。

  ② 髪の結い具合。かみかたち。

  ※浮世草子・好色五人女(1686)三「若ひもの集て頭(アタマ)つきの吟味」

 

とある。

 沓売はお寺に出入りするので、その時々で僧形になったり俗形になったりしたのか。

 

無季。

 

十句目

 

   あたまつき春と秋とは定らず

 金堀にいる洞の燈火       里東

 (あたまつき春と秋とは定らず金堀にいる洞の燈火)

 

 金堀(かねほり)は鉱山での採掘のこと。一年中洞穴にいると春も秋もわからない。

 

無季。

 

十一句目

 

   金堀にいる洞の燈火

 田の中にいくつも鶴の打ならび  探志

 (田の中にいくつも鶴の打ならび金堀にいる洞の燈火)

 

 鶴嘴と掛けたか。洞穴の中には鶴嘴を持った坑夫が並び、外の田んぼには鶴が並ぶ。

 

無季。「鶴」は鳥類。

 

十二句目

 

   田の中にいくつも鶴の打ならび

 芝居の札の米あつめけり     游刀

 (田の中にいくつも鶴の打ならび芝居の札の米あつめけり)

 

 芝居の札は今日でいうチケットのこと。お金の代わりに米で払うこともあったのか。

 

無季。

 

十三句目

 

   芝居の札の米あつめけり

 御嶽より駕籠も不自由旅の道   正秀

 (御嶽より駕籠も不自由旅の道芝居の札の米あつめけり)

 

 御嶽(みたけ)は東京の西多摩にもあるが、ここでは吉野金峰山の別名の方か。金峰山より先の熊野路は駕籠もあまり利用できず、宿も不自由なので米を持って行った方が良い。

 

無季。旅体。「御嶽」は山類。

 

十四句目

 

   御嶽より駕籠も不自由旅の道

 夜寒にしぼむ帯の綻び      路通

 (御嶽より駕籠も不自由旅の道夜寒にしぼむ帯の綻び)

 

 長い徒歩の旅に帯もほころぶ。

 

季語は「夜寒」で秋、夜分。

 

十五句目

 

   夜寒にしぼむ帯の綻び

 月影に二階に膳をつきあげて   画好

 (月影に二階に膳をつきあげて夜寒にしぼむ帯の綻び)

 

 「二階に膳をつけあげて」がよくわからない。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「突上・築上」の解説」に、

 

 「[1] 〘他ガ下一〙 つきあ・ぐ 〘他ガ下二〙

  [一] (突上)

  ① 下の方から突いて上の方に上げる。突いて押し上げる。

  ※玉葉‐仁安二年(1167)二月一一日「摂政叙二一位一、即拝賀云々、是被二突上一」

  ※浮世草子・好色五人女(1686)二「枕にちかき窓蓋をつきあけ」

  ※吾輩は猫である(1905‐06)〈夏目漱石〉一〇「握り拳を〈略〉天井に向けて突きあげた」

  ② 下位の者が自分の考えなどを通そうとして上位の者に圧力をかける。

  [二] (築上) 土や石などを積んで構造物をつくる。きずきあげる。

  ※屋代本平家(13C前)五「咸陽宮と申は〈略〉内裏をは地上三里高ふ築(ツキ)あけてそ建たりける」

  ※浄瑠璃・国性爺合戦(1715)三「しゃちほこ天にひれふりてせきるい高くつき上たり」

 

とあり、[二]の意味で膳を二階に高く積み上げて収納した、ということか。一仕事して帯も綻ぶ。

 お月見の宴の後片付けであろう。

 

季語は「月影」で秋、夜分、天象。

 

十六句目

 

   月影に二階に膳をつきあげて

 蕎麦の匂ひのむせる下積     里東

 (月影に二階に膳をつきあげて蕎麦の匂ひのむせる下積)

 

 「下積」は下に積んである物のことで、近代で言うまだ無名の修行時代を意味する「下積み」がこの時代にあったかどうかはわからない。

 宿屋や飯屋のお膳を仕舞う二階の倉庫の下の方には麦が積んであり、その匂いにむせる。

 

季語は「蕎麦」で秋。

 

十七句目

 

   蕎麦の匂ひのむせる下積

 かげろふや海手の花の盛なり   游刀

 (かげろふや海手の花の盛なり蕎麦の匂ひのむせる下積)

 

 桜の季節は春蕎麦の種蒔きの頃でもある。前句の「蕎麦の匂ひ」を蕎麦畑の匂いとし、街道の山手は蕎麦畑、海手は桜とする。

 

季語は「花」で春、植物、木類。「かげろふ」も春。

 

十八句目

 

   かげろふや海手の花の盛なり

 東風吹しほる菊水の旗      盤子

 (かげろふや海手の花の盛なり東風吹しほる菊水の旗)

 

 菊水は楠木正成の紋で、菊水の旗は楠木正成の旗ということになる。

 千早城の戦いはウィキペディアに、

 

 「軍記物『太平記』では、2月2日に赤坂城で戦いが起き、その後連戦で千早城の戦いが発生して5月10日早朝に終わったと物語られているが、一次史料からは、上赤坂城の戦い(2月22日 – 閏2月1日)と並行する形で、2月27日に千早城への攻城戦が発生し(『楠木合戦注文』)、5月9日に終了したことがわかる(『徴古雑抄』所載『和泉国松尾寺文書』)。この年は和暦では2月の後に閏2月があるため、三ヶ月半ほどの籠城戦だった。」

 

とある。ちょうど桜の季節に重なる。

 

季語は「東風」で春。

二表

十九句目

 

   東風吹しほる菊水の旗

 ひよ鳥の囀りながら狂ふらん   正秀

 (ひよ鳥の囀りながら狂ふらん東風吹しほる菊水の旗)

 

 ヒヨドリは漂鳥で秋に群れを成して移動するため秋の季語となっているが、その名の通り「ヒーヨ、ヒーヨ」と囀るのは春から夏にかけての繁殖期で、この句の場合は春季扱いになる。

 前句の楠木正成の旗から、春風の頃にはヒヨドリも狂ったように囀り、いくさをしているかのようだ。

 

季語は「ひよ鳥の囀り」で春、鳥類。

 

二十句目

 

   ひよ鳥の囀りながら狂ふらん

 豆腐上手にあげて客まつ     珍碩

 (ひよ鳥の囀りながら狂ふらん豆腐上手にあげて客まつ)

 

 ヒヨドリの囀る庭を山寺として、精進料理の油揚げを作り、客の来るのを待つ。

 

無季。「客」は人倫。

 

二十一句目

 

   豆腐上手にあげて客まつ

 怨ある義理を語て涙ぐむ     乙州

 (怨ある義理を語て涙ぐむ豆腐上手にあげて客まつ)

 

 「怨ある義理」は政略結婚のようなことか。人にその苦しい胸の内を語りながら、豆腐を上げてその相手を待っているのだろう。

 

無季。恋。

 

二十二句目

 

   怨ある義理を語て涙ぐむ

 曇れと捨しもとのすがた見    路通

 (怨ある義理を語て涙ぐむ曇れと捨しもとのすがた見)

 

 「すがた見」は鏡のこと。

 なまじっか美人に生まれたりすると、良い男以上に悪い男が群がって、そこで義理にもまれて流されると破滅に向かって突き進んでしまう。

 こんな自分の顔など見たくないと鏡を捨てる。

 

無季。恋。

 

二十三句目

 

   曇れと捨しもとのすがた見

 うすやうに書てもふるふ筆の跡  芭蕉

 (うすやうに書てもふるふ筆の跡曇れと捨しもとのすがた見)

 

 「うすやう」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「薄様」の解説」に、

 

 「① 和紙の名。雁皮(がんぴ)で薄くすいた鳥の子紙。楮(こうぞ)でも作った。古く、和歌、文書等を書き写したり、物を包んだり、あるいは子供の髪を結ぶ元結とした。薄葉紙。薄紙。⇔厚様。

  ※宇津保(970‐999頃)内侍督「こともなくはしり書いたるての、うすやうにかきたる」

  ※師郷記‐永享七年(1435)四月一四日「うすやうにてあそはしかけて候御本」

  ② 襲(かさね)の色目の一種。衣を何枚か重ねて着るとき、同色を上からだんだんと薄くして最後の一枚を白にする重ね方。

  ※曇花院殿装束抄(1539頃)「五つ衣単色目事 くれなゐのうす様 一朱 二朱 三丹 四薄紅梅 五白 六白 七白」

  ③ 武具の一種。胡籙(やなぐい)の一部で、紙をたたみ用いたのでいう。間塞(まふたぎ)薄様。

  ※餝抄(1238頃)中「箭 〈略〉隙塞薄様。薄様。随二老少一可レ有二用意一」

  ④ =うすようし(薄葉紙)②

  [語誌](1)通常の和紙は厚様が一般なので、薄手のものを指す場合、特に薄様といった。

  (2)平安中期以後、懸想文や親密な相手との贈答に用いられ、季節にあった配色に加えて、草花など状況にあったものに添えられていた。薄くて透けて見えるため、ものを書く時は、「薄様重ね」にして使った。和歌会では、女の懐紙は普通、薄様重ねにして、上の紙に歌を書き、下の紙の端に作者の名を書いた。」

 

とある。④の薄葉紙は近代の物なので関係ない。①で良いと思う。絶縁状であろう。貰った鏡も捨てる。くやしさと悲しさに手が震える。

 

無季。恋。

 

二十四句目

 

   うすやうに書てもふるふ筆の跡

 汐のさし来る月の廻廊      正秀

 (うすやうに書てもふるふ筆の跡汐のさし来る月の廻廊)

 

 堅田の海門山満月寺の浮御堂であろう。この年の八月十六日の芭蕉の『堅田十六夜之辨』に、

 

 「月はまつほどもなくさし出、湖上花やかにてらす。かねてきく仲の秋の望の日、月浮御堂にさしむかふを鏡山といふとかや。今宵しも猶そのあたり遠からじと、彼堂上の欄干によつて、三上・水茎の岡南北に別れ、その間にしてみね引はへ、小山巓をまじゆ。とかくいふ程に、月三竿にして黒雲の中にかくる。いづれか鏡山といふ事をわかず。主のいはく、「折々雲のかかるこそ」と、客をもてなす心いと切なり。やがて月雲外にはなれ出でて、金風銀波千体仏の光に映ズ。」

 

とある。この日は成秀亭で「安々と」の巻が興行される。路通と正秀が同座している。

 浮御堂から見た月のすばらしさに筆をふるう。この場合は手が震えるのではなく、文章の腕を振るう意味になる。こうして書かれたのが『堅田十六夜之辨』だった。

 

季語は「月」で秋、夜分、天象。「汐」は水辺。

 

二十五句目

 

   汐のさし来る月の廻廊

 暮の露岩屋の坊主打のぞき    盤子

 (暮の露岩屋の坊主打のぞき汐のさし来る月の廻廊)

 

 前句の「月の廻廊」を岩屋に差し込む月の光の比喩とする。海辺の岩屋はいつもじめじめしていて居心地のいい所ではないが、それでも修行のためにそれに耐えていると、その岩屋の中に真如の月が差し込んでくる。

 

季語は「露」で秋、降物。釈教。「岩屋」は居所。「坊主」は人倫。

 

二十六句目

 

   暮の露岩屋の坊主打のぞき

 みなおのが音を啼からす虫    乙州

 (暮の露岩屋の坊主打のぞきみなおのが音を啼からす虫)

 

 岩屋の外ではいろいろな種類の虫が命を燃やし尽くすかのように鳴き枯らしている。虫の音はやがて弱り、冬になる。

 

季語は「虫」で虫類。

 

二十七句目

 

   みなおのが音を啼からす虫

 弓と矢もまだいたいけに膝まづき 珍碩

 (弓と矢もまだいたいけに膝まづきみなおのが音を啼からす)

 

 弓矢で戦っていたのは上代で源平合戦の頃か。まだいたいけな元服したばかりの武将だろう。敗走し力尽きて跪くと辺りに虫の声がする。敦盛最期の場面の俤か。ただ、一ノ谷の戦いは春だったが。

 

無季。

 

二十八句目

 

   弓と矢もまだいたいけに膝まづき

 白髪さし出す簾のあわせめ    芭蕉

 (弓と矢もまだいたいけに膝まづき白髪さし出す簾のあわせめ)

 

 若い武将が父の戦死を知らされる場面だろう。御簾の向こうの母が遺髪を差し出す。

 状況は全く違うが、

 

 手にとらば消んなみだぞあつき秋の霜 芭蕉

 

の句が思い起される。

 

無季。「簾」は居所。

 

二十九句目

 

   白髪さし出す簾のあわせめ

 ほととぎす綺麗に膳を組立て   画好

 (ほととぎす綺麗に膳を組立て白髪さし出す簾のあわせめ)

 

 これは『源氏物語』玉鬘巻の右近との邂逅の場面だろう。俳諧にはよく用いられ、定番ともいえる。ホトトギスの鳴く頃の長谷に近い椿市の宿で、右近と再会する。

 

季語は「ほととぎす」で夏、鳥類。

 

三十句目

 

   ほととぎす綺麗に膳を組立て

 夜の間にのびる竹の子の篠    野径

 (ほととぎす綺麗に膳を組立て夜の間にのびる竹の子の篠)

 

 篠は「ささ」と読む。ホトトギスの季節は竹の子の季節で、明日の膳に乗るのか。

 

季語は「竹の子の篠」で夏、植物で木類でも草類でもない。「夜の間」は夜分。

二裏

三十一句目

 

   夜の間にのびる竹の子の篠

 文はまづ三史文選くづし出し   路通

 (文はまづ三史文選くづし出し夜の間にのびる竹の子の篠)

 

 三史はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「三史」の解説」に、

 

 「〘名〙 中国の代表的な三つの史書。史記、漢書、後漢書をさすが、後漢書の代わりに、東観漢記または戦国策を入れることもある。

  ※続日本紀‐天平宝字元年(757)一一月癸未「其湏レ講レ経生者三経、伝生者三史、医生者大素」

  ※源氏(1001‐14頃)帚木「三史五経みちみちしきかたを、あきらかにさとりあかさんこそ」 〔後漢書‐郡国志一・司隷〕」

 

とある。文選と並び、漢文の手本とされていた。夜通し勉強し、めきめきと実力をつけて行く若者の姿とする。

 

無季。

 

三十二句目

 

   文はまづ三史文選くづし出し

 坐禄押やる昼のうたた寝     游刀

 (文はまづ三史文選くづし出し坐禄押やる昼のうたた寝)

 

 前句の「くづし出し」を文台の上に積んであった本が崩れたとし、勉強中の居眠りとする。

 

無季。

 

三十三句目

 

   坐禄押やる昼のうたた寝

 おさへたる鼠を終にとりはづし  昌房

 (おさへたる鼠を終にとりはづし坐禄押やる昼のうたた寝)

 

 「とりはづし」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「取外」の解説」に、

 

 「① つけてあるものをはずす。はずしてとる。とりはなつ。

  ※怪談牡丹燈籠(1884)〈三遊亭円朝〉一二「首に懸けてゐる御守を取はずして伴蔵に渡し」

  ② 手から落とす。つかみそこなう。とり落とす。また、よい時機をつかみそこなう。とりにがす。

  ※今昔(1120頃か)二「此の生(うまれ)たる皇子を取りはづして此の河に落し入つ」

  ③ 不注意で物事をやりそこなう。うっかりしてしそんじる。失敗する。また、人生をあやまる。道を踏みはずす。

  ※落窪(10C後)四「とりはづして落窪といひたらん、何かひがみたらん」

  ※発心集(1216頃か)二「彼は取(トリ)はづして、悪しき道に入りたれば」

  ④ うっかりしてそそうをする。大小便などをもらしたり放屁したりする。

  ※仮名草子・尤双紙(1632)下「人中にてとりはづしてのおならは、誰もはづかし」

  ⑤ 遊女が客との情交に思わず本気になってしまう。

  ※洒落本・跖婦人伝(1753)「二人の女郎は。〈略〉取はづしたるあしたのごとく。茫然としてたつもたたれず」

 

とある。今は①の意味だが、かつては取り損なうの意味があった。

 鼠を捕まえたものの、結局逃がしてしまい、まあいっかと昼寝する。

 

無季。「鼠」は獣類。

 

三十四句目

 

   おさへたる鼠を終にとりはづし

 竹覆ふみこむ居風呂の漏     盤子

 (おさへたる鼠を終にとりはづし竹覆ふみこむ居風呂の漏)

 

 「竹覆」は『校本芭蕉全集 第四巻』の宮本注に「草履」とある。居風呂(すゑぶろ)はサウナではない湯舟にお湯を張った風呂で、水漏れしていて、漏れないように穴を草履で踏みつける。

 鼠は取り逃がすし鼠のあけた風呂の穴は直ってないし、いいことがない。

 

無季。

 

三十五句目

 

   竹覆ふみこむ居風呂の漏

 内裏たつほど在家を花の宿    珍碩

 (内裏たつほど在家を花の宿竹覆ふみこむ居風呂の漏)

 

 花見のために内裏を出て田舎の家に泊まった貴族とする。風呂桶に穴があいていて漏っている。

 

季語は「花」で春、植物、木類。旅体。「在家」は居所。

 

挙句

 

   内裏たつほど在家を花の宿

 燕の出入にぎやかな声      野径

 (内裏たつほど在家を花の宿燕の出入にぎやかな声)

 

 在家の家の軒にはツバメの巣があり、ツバメの子が賑やかに鳴いている。ツバメが巣を作るとその家は栄えるとも言う。目出度く一巻は終わる。

 

季語は「燕」で春、鳥類。