「菖把に」の巻、解説

初表

   重伍

 菖把に競-曲中を乗ルならん    挙白

   粽をしばる鬼の尸      其角

 龍ヲよぶ白雨乞ヒの跡荒て    松濤

   御歩みかろき雲の山橋    挙白

 錦干ス木の間の月のすて冑    其角

   蔦の茵に猿疵ヲ吸      松濤

 

初裏

 露をへて鵃舊都に歎きけり    挙白

   漁笛はあれど瑟しらぬ蜑   其角

 忘れ松娘がうはさ云出て     松濤

   馴ぬふくさを敷て旅寐し   挙白

 情ある不破の関屋の小哥哉    其角

   むかしを江戸にかへす道心  松濤

 藤柄の鉦木をとても重からぬ   挙白

   破蕉老たる化ものの寺    其角

 蟹ひとり月ヲ穿ツの淋しげに   松濤

   詩人の餌の鱸魚ヲ憎シト   挙白

 花ヲ啼美女盞を江に投て     其角

   なびくか否か柳もどかし   松濤

 

二表

 世は蝶と遁心思ひ定めける    挙白

   骨牌ヲ飛鳥川に流しつ    其角

 三線ヲ十市の里に聞明ス夜ヤ   松濤

   あらしな裂そ夫尋ね笠    挙白

 祖母はせく樵は流石哀あり    其角

   徳利ヲ殺す是雪の咎     松濤

 春ヲ盗ム梅は破戒の其一ツ    罔兩

 

      参考;『普及版俳書大系3 蕉門俳諧前集上巻』(一九二八、春秋社)

初表

発句

 

   重伍

 菖把に競-曲中を乗ルならん    挙白

 

 難しい発句で、把に「スガリ」とルビがあるだけで読み方もよくわからない。

 「乗ル」とあるから競馬(くらべうま)のことか。端午の節句に行われる。そうなると、曲中は城の曲輪(くるわ)の中ということか。

 「菖すがり」もよくわからない。菖蒲の葉を束ねて馬の偽物を作るということか。

 「らん」で終わっているので、菖蒲を束ねて馬を作り、それに乗って曲輪の中を競って乗るのだろうか、と疑いで終わる。実際にはそんなことはない、あくまで冗談だということになる。

 題の「重伍」は五を重ねるということで五月五日の端午の節句のこと。

 

季語は「菖」で夏、植物、草類。

 

 

   菖把に競-曲中を乗ルならん

 粽をしばる鬼の尸        其角

 (菖把に競-曲中を乗ルならん粽をしばる鬼の尸)

 

 発句が冗談なので、端午の節句を題材にした冗談で付ける。粽は笹で包むが、芦の葉で包んだ時代もあった。いずれにしても包んでそれを縛り、その縛られた姿が捕らえられた鬼のようで、鬼の代りとして食べるというのであろう。

 

季語は「粽」で夏。

 

第三

 

   粽をしばる鬼の尸

 龍ヲよぶ白雨乞ヒの跡荒て    松濤

 (龍ヲよぶ白雨乞ヒの跡荒て粽をしばる鬼の尸)

 

 前句の粽を鬼の代りの生贄として、龍神様に捧げて雨ごいにする。

 季節は夏なので白雨乞いになるが、雨は降ったのはいいが、雷が落ちて大変なことになる。

 

季語は「白雨乞」で夏、降物。

 

四句目

 

   龍ヲよぶ白雨乞ヒの跡荒て

 御歩みかろき雲の山橋      挙白

 (龍ヲよぶ白雨乞ヒの跡荒て御歩みかろき雲の山橋)

 

 「御歩み」はルビがあって「みあゆみ」と読む。敬語を付けているので前句の龍神様の歩みであろう。山と山の間に雲の橋を架けて軽々と進んでゆく。

 

無季。「雲」は聳物。「山橋」は山類。

 

五句目

 

   御歩みかろき雲の山橋

 錦干ス木の間の月のすて冑    其角

 (錦干ス木の間の月のすて冑御歩みかろき雲の山橋)

 

 冑は「よろひ」とルビがある。

 前句を合戦後の天子様の歩みとして、その多分血で汚れた錦の衣を洗って干して木の間に掛けて乾かし、鎧はいらなくなったので捨てて行く。

 

季語は「月」で秋、夜分、天象。「木の間」は植物、木類。「錦」「冑」は衣裳。

 

六句目

 

   錦干ス木の間の月のすて冑

 蔦の茵に猿疵ヲ吸        松濤

 (錦干ス木の間の月のすて冑蔦の茵に猿疵ヲ吸)

 

 茵(しとね)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「茵・褥」の意味・読み・例文・類語」に、

 

 「〘名〙 すわったり寝たりする時、下に敷く敷物。使途により方形または長方形で、多くは布帛製真綿包みとし、ときに藺(い)の莚(むしろ)や毛織物の類を入れ、周囲を額(がく)と称して中央とは別の華麗な布帛をめぐらすのを常とした。

  ※西大寺流記資財帳‐宝亀一一年(780)一二月二五日「褥二床」

  ※源氏(1001‐14頃)初音「唐のきのことごとしきはしさしたるしとねに、をかしげなる琴うちおき」

 

とある。

 猿だから蔦をねぐらにして、傷をなめ合う。前句を猿の軍(いくさ)とする。

 

季語は「蔦」で秋、植物、草類。「茵」は夜分。「猿」は獣類。

初裏

七句目

 

   蔦の茵に猿疵ヲ吸

 露をへて鵃舊都に歎きけり    挙白

 (露をへて鵃舊都に歎きけり蔦の茵に猿疵ヲ吸)

 

 鵃は「みさご」とルビがある。英語でオスプレイと呼ばれる鳥で、ホバリングからの急降下で獲物を捕らえるが、雎鳩(しょきゅう)という場合は、コトバンクの「普及版 字通 「雎鳩」の読み・字形・画数・意味」に、

 

 「みさご。〔詩、周南、関雎〕關關たる雎鳩は 河の洲(す)に在り 窈窕(えうてう)たる淑女は 君子の好逑(かうきう)」

 

とある。

 遥か異国に嫁がされる上臈とその御供の者をミサゴと猿に喩えたのだろう。

 

季語は「露」で秋、降物。「鵃」は鳥類。

 

八句目

 

   露をへて鵃舊都に歎きけり

 漁笛はあれど瑟しらぬ蜑     其角

 (露をへて鵃舊都に歎きけり漁笛はあれど瑟しらぬ蜑)

 

 上臈の田舎の旅ということで、宮廷同様の遊び(音楽)を求めるが、漁師の吹く笛の音はあっても、海女は二十五絃の瑟を弾けない。

 漁笛はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「漁笛」の意味・読み・例文・類語」に、

 

 「〘名〙 漁夫の吹く笛。

  ※黙雲詩藁(1500頃)掀篷梅図「漁笛声々昏月後、暗香吹度打レ頭レ風」 〔杜牧‐登九峯楼詩〕」

 

とある。

 

無季。「漁笛」は水辺。「蜑」は人倫。

 

九句目

 

   漁笛はあれど瑟しらぬ蜑

 忘れ松娘がうはさ云出て     松濤

 (忘れ松娘がうはさ云出て漁笛はあれど瑟しらぬ蜑)

 

 「忘れ松」は男に忘れ去られてもなお待つ娘という意味だろうか。そこに浮いた噂が流れるが、それは言い寄っても頑なに昔の男を待ち続ける女に腹いせで流したのものか。

 前句を笛吹けど踊らずの意味に取り成す。

 

無季。恋。「松」は植物、木類。「娘」は人倫。

 

十句目

 

   忘れ松娘がうはさ云出て

 馴ぬふくさを敷て旅寐し     挙白

 (忘れ松娘がうはさ云出て馴ぬふくさを敷て旅寐し)

 

 袱紗(ふくさ)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「袱紗・服紗・帛紗」の意味・読み・例文・類語」に、

 

 「① 糊(のり)を引いてない絹。やわらかい絹。略儀の衣服などに用いた。また、単に、絹。ふくさぎぬ。

  ※枕(10C終)二八二「狩衣は、香染の薄き。白き。ふくさ。赤色。松の葉色」

  ② 絹や縮緬(ちりめん)などで作り、紋様を染めつけたり縫いつけたりし、裏地に無地の絹布を用いた正方形の絹の布。贈物を覆い、または、その上に掛けて用いる。掛袱紗。袱紗物。

  ※浮世草子・好色一代男(1682)七「太夫なぐさみに金を拾はせて、御目に懸ると服紗(フクサ)をあけて一歩山をうつして有しを」

  ③ 茶道で、茶器をぬぐったり、茶碗を受けたり、茶入・香合などを拝見したりする際、下に敷いたりする正方形の絹の布。茶袱紗、使い袱紗、出袱紗、小袱紗などがある。袱紗物。

  ※仮名草子・尤双紙(1632)上「紫のふくさに茶わんのせ」

  ④ 本式でないものをいう語。

  ※洒落本・粋町甲閨(1779か)「『どうだ仙台浄瑠璃は』『ありゃアふくさサ』」

 

とある。

 ここでは噂を立てられた娘が家に居れなくなって旅に出て、①の意味の袱紗を敷いて旅寝するということか。

 

無季。旅体。恋。

 

十一句目

 

   馴ぬふくさを敷て旅寐し

 情ある不破の関屋の小哥哉    其角

 (情ある不破の関屋の小哥哉馴ぬふくさを敷て旅寐し)

 

 旅寝ということで、不破の関屋に泊めてもらう。不破の関はこの時代にはないが、関所に泊めてもらうことはよくある事だったのだろう。

 前句を関所への付け届けの袱紗として、関を抜ける遊女の出女としたか。

 

無季。恋。「不破の関屋」は名所。

 

十二句目

 

   情ある不破の関屋の小哥哉

 むかしを江戸にかへす道心    松濤

 (情ある不破の関屋の小哥哉むかしを江戸にかへす道)

 

 前句の小唄を発心して尼になった遊女の小唄とする。京で出家して江戸に戻る。

 

無季。釈教。

 

十三句目

 

   むかしを江戸にかへす道心

 藤柄の鉦木をとても重からぬ   挙白

 (藤柄の鉦木をとても重からぬむかしを江戸にかへす道)

 

 鉦木は「しもく」とルビがある。鉦を叩く撞木(しゅもく)のことであろう。

 藤柄は「ふぢつか」で、コトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「藤柄」の意味・読み・例文・類語」に、

 

 「〘名〙 (「ふじづか」とも) 藤蔓を巻いてある刀の柄。きわめて質素で、いかついもの。

  ※俳諧・虚栗(1683)上「むかしを江戸にかへす道心〈松濤〉 藤柄の鉦木(しもく)をとても重からぬ〈挙白〉」

 

とある。

 前句を出家した武士として、刀のツカを撞木に加工して持ち歩いてるということか。

 「とても」はかつては否定の言葉を伴うことが多く、否定の強調になる。「さりとても」から派生したか。

 刀は重かったが、撞木になったからには藤の蔓が巻いてあってごついけど、だからと言って重いわけではない。

 刀の重さは重量だけでなく、人を生殺を預かる精神的な重圧もある。

 

無季。釈教。

 

十四句目

 

   藤柄の鉦木をとても重からぬ

 破蕉老たる化ものの寺      其角

 (藤柄の鉦木をとても重からぬ破蕉老たる化ものの寺)

 

 破蕉は秋風に破れた芭蕉の葉で、荒れ果てた感じがする。深川の芭蕉庵にも植えられていて、その薄物の破れやすさは庵主の好みだが、ここでは特に関係はあるまい。

 前句の「藤柄の鉦木」を軽々とという所から、大きな化物が棲み着いているとする。

 

季語は「破蕉」で秋、植物、木類。釈教。

 

十五句目

 

   破蕉老たる化ものの寺

 蟹ひとり月ヲ穿ツの淋しげに   松濤

 (蟹ひとり月ヲ穿ツの淋しげに破蕉老たる化ものの寺)

 

 「月夜の蟹」という諺があり、コトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「月夜の蟹」の意味・読み・例文・類語」に、

 

 「(月夜には、蟹(かに)や貝類は月光を恐れて餌をあさらないので、やせて身(肉)がつかないといわれているところから) やせていて肉の少ない蟹。転じて、身がない、内容がないの意のしゃれ。また、知能程度の低い人のたとえ。つきよがに。

  ※雑俳・水加減(1817)「案に相違・月夜の蟹な蔵構」

 

とある。

 月を恐れて穴を掘って隠れるように蟹のように寺に籠る化け物。あるいは言水編延宝九年(一六八一年)刊『東日記』所収の、

 

 夜ル竊ニ虫は月下の栗を穿ツ   芭蕉

 

の影響があったかもしれない。隠士の比喩と見ていい。

 

季語は「月」で秋、夜分、天象。

 

十六句目

 

   蟹ひとり月ヲ穿ツの淋しげに

 詩人の餌の鱸魚ヲ憎シト     挙白

 (蟹ひとり月ヲ穿ツの淋しげに詩人の餌の鱸魚ヲ憎シト)

 

 中国の詩人は鱸魚を好むということか。名高い松江鱸魚はスズキではなくヤマノカミのことだという。

 蓴羹鱸膾(じゅんこうろかい)という言葉もあり、コトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「蓴羹鱸膾」の意味・読み・例文・類語」には、

 

 「〘名〙 (「晉書‐文苑伝・張翰」の「翰因レ見二秋風起一、乃思二呉中菰菜蓴羹鱸魚膾一、曰、人生貴レ得レ適レ志、何能覊二宦数千里一以要二名爵一乎、遂命レ駕而帰」による語で、張翰(ちょうかん)が故郷の蓴菜(じゅんさい)の羹(あつもの)と鱸(すずき)の膾(なます)の味を思い出し、辞職して帰郷したという故事から) ふるさとの味。故郷を思う気持のおさえがたさをたとえていう。蓴鱸。

  ※露団々(1889)〈幸田露伴〉九「蓴羹鱸膾(ジュンカウロクヮイ)炉辺に半日を酒徒と楽しむに如んや」

 

とある。張翰(ちょうかん)は呉の人で、長江下流域の松江鱸魚が好物だったと思われる。

 松江鱸魚ばかりがもてはやされると蟹は恥じて穴に隠れる。上海ガニがもてはやされるようになったのは意外に最近のことなのか。

 

季語は「鱸魚」で秋、水辺。「詩人」は人倫。

 

十七句目

 

   詩人の餌の鱸魚ヲ憎シト

 花ヲ啼美女盞を江に投て     其角

 (花ヲ啼美女盞を江に投て詩人の餌の鱸魚ヲ憎シト)

 

 「花ヲ啼美女」は楊貴妃で白楽天『長恨歌』の「玉容寂寞涙闌干 梨花一枝春帯雨」のことか。

 ここは仙境に離れ離れになった楊貴妃の悲劇とは無関係に、詩人が鱸魚で酒飲むばかりでかまってくれないから、盃を投げ捨てたということか。

 

季語は「花」で春、植物、木類。恋。「美女」は人倫。「江」は水辺。

 

十八句目

 

   花ヲ啼美女盞を江に投て

 なびくか否か柳もどかし     松濤

 (花ヲ啼美女盞を江に投てなびくか否か柳もどかし)

 

 前句を吉原の太夫か何かにしたのだろう。江は隅田川になり、靡くとも靡かないともはっきりしない男にイラついている。

 

季語は「柳」で春、植物、木類。恋。

二表

十九句目

 

   なびくか否か柳もどかし

 世は蝶と遁心思ひ定めける    挙白

 (世は蝶と遁心思ひ定めけるなびくか否か柳もどかし)

 

 柳に喩えられる靡くかどうか思いの定まらないのを女の方として、男なんてどうせ蝶のように浮気に花を渡り歩くだけだと、出家を思うが決意のつかない状態とする。

 

季語は「蝶」で春、虫類。恋。釈教。

 

二十句目

 

   世は蝶と遁心思ひ定めける

 骨牌ヲ飛鳥川に流しつ      其角

 (世は蝶と遁心思ひ定めける骨牌ヲ飛鳥川に流しつ)

 

 骨牌(かるた)というと延宝の頃は、

 

   古川のべにぶたを見ましや

 先爰にパウの二けんの杉高し   似春

 

   正哉勝々双六にかつ

 おもへらくかるたは釈迦の道なりと 桃青

 

と詠まれたうんすんカルタだった。

 ここでは蝶が出るから、あるいは花札かと思いたくもなるがまだ天和の頃で時期的に離れてないので、ここでの蝶は単に浮ついたものという意味でいいのだろう。

 飛鳥川は明日のことは分らない、無常迅速の意味で用いられる。

 

 世中は何か常なる飛鳥川

     昨日は淵ぞ今日は瀬になる

             よみ人しらず(古今集)

 飛鳥川淵にもあらぬ我が宿も

     瀬に変はりゆく物にぞ有りける

             伊勢(古今集)

 

などの歌に詠まれている。

 骨牌賭博をやめて出家する。

 

無季。「飛鳥川」は名所、水辺。

 

二十一句目

 

   骨牌ヲ飛鳥川に流しつ

 三線ヲ十市の里に聞明ス夜ヤ   松濤

 (三線ヲ十市の里に聞明ス夜ヤ骨牌ヲ飛鳥川に流しつ)

 

 十市は奈良県橿原の歌枕で、

 

 十市には夕立すらしひさかたの

     天の香具山雲かくれゆく

             源俊頼(新古今集)

 

などの歌に詠まれている。和歌では「とほち」と読むがここでは「といち」とルビがある。骨牌の数字に掛けているのか。

 三線は三味線のことで、あたかも古代の十市に遊郭があったかのようだ。

 

無季。「十市の里」は名所。「明ス夜」は夜分。

 

二十二句目

 

   三線ヲ十市の里に聞明ス夜ヤ

 あらしな裂そ夫尋ね笠      挙白

 (三線ヲ十市の里に聞明ス夜ヤあらしな裂そ夫尋ね笠)

 

 十市という古風な地名に「な‥そ」という古風な言い回しで応じて、恋に転じる。十市は夕立、嵐に縁がある。

 

無季。恋。「夫」は人倫。「笠」は衣裳。

 

二十三句目

 

   あらしな裂そ夫尋ね笠

 祖母はせく樵は流石哀あり    其角

 (祖母はせく樵は流石哀ありあらしな裂そ夫尋ね笠)

 

 きこりというのは薪こり、妻木こりから来た言葉か。

 

 我が宿は妻木こりゆく山がつの

     しばしは通ふあとばかりして

              式子内親王(風雅集)

 

のように、和歌では用いられる。

 「せく」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「塞・堰」の意味・読み・例文・類語」に、

 

 「① 水の流れをせきとめる。

  ※播磨風土記(715頃)揖保「指櫛を以て其の流るる水を塞(せき)て」

  ※古今(905‐914)哀傷・八三六「瀬をせけば淵となりてもよどみけりわかれをとむるしがらみぞ無き〈壬生忠岑〉」

  ② 涙の出るのをおしとどめる。涙をこらえる。

  ※源氏(1001‐14頃)玉鬘「御方ははやうせ給にきと言ふままに二三人ながらむせかへりいとむつかしくせきかねたり」

  ※苔の衣(1271頃)四「こぼれそめぬる涙はえとめもあへず、せきがたげなり」

  ③ 物事の進行や人などの行動を妨げる。

  ※播磨風土記(715頃)神前「勢賀(せか)と云ふ所以は、品太天皇此の川内に狩したまひき。猪・鹿を多く此処(ここ)に約(せき)出だして殺しき。故、勢賀(せか)と曰ふ」

  ※大川端(1911‐12)〈小山内薫〉三〇「俺のやうな者を客にしたって、どうせ碌な事はないとか何とか思ったんだ。あいつが俺を堰(せ)いたんだ」

  ④ 男女の仲を妨げる。互いに思い合う男女の仲を故意にさえぎりへだてる。

  ※評判記・寝物語(1656)一八「其上、あまりせけば。せきてのぶげんより、せかれてふけんなれば。此けいせい、みかへ申物也」

  ※浄瑠璃・心中天の網島(1720)上「紙屋治兵衛ゆへぢゃとせくほどにせくほどに、文の便も叶(かな)はぬやうに成やした」

  ※浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉二「他でも無い、此頃叔母がお勢と文三との間を関(セク)やうな容子が徐々(そろそろ)見え出した一事で」

 

とある。ここでは④の意味か。

 山奥は嵐にも恋仲を妨げられるし、祖母にも妨げられる。山奥に住む樵は哀れだ。

 

無季。「祖母」「樵」は人倫。

 

二十四句目

 

   祖母はせく樵は流石哀あり

 徳利ヲ殺す是雪の咎       松濤

 (祖母はせく樵は流石哀あり徳利ヲ殺す是雪の咎)

 

 徳利を殺すというのは単に割るということでいいのか。あるいは押し殺す、つまり酒を止めさせるということか。

 雪見酒は飲みたいが、酒を買いに行こうとすると雪だからと祖母に止められ、徳利を仕舞われてしまった、というところか。

 

季語は「雪」で冬、降物。

 

二十五句目

 

   徳利ヲ殺す是雪の咎

 春ヲ盗ム梅は破戒の其一ツ    罔兩

 (春ヲ盗ム梅は破戒の其一ツ徳利ヲ殺す是雪の咎)

 

 雪の中で梅が咲くとやはり一杯飲みたくはなる。

 ここでは樵から僧へと転じ、雪の梅は戒律を犯す元だと、徳利への欲求を押し殺す。

 二十四句で満尾せずに終わった興行に、執筆の罔兩が春の句を添えて挙句としたか。

 

季語は「春」で春。「梅」も春で植物、木類。釈教。