猿蓑の俳諧

芭蕉発句集五の時期に興行された俳諧歌仙四巻。呟きバージョンにしてみました。


元禄三年夏、「市中は」の巻

初表

 

 

芭蕉:今日は加生(かせい)の屋敷を借りて、去来(きょらい)と自分不肖芭蕉庵(とう)(せい)とで三吟(さんぎん)歌仙(かせん)を始める。発句(ほっく)は‥。

 

(ぼん)(ちょう):名前変えたけどそろそろ覚えてよ。

 

芭蕉:では凡ちゃん。発句を。

 

 市中(いちなか)は物のにほひや夏の月 凡兆

 

芭蕉:京都市中では牛の糞尿の匂いもするし、夏の月が出てもむわっとした感じがよく出てるな。客人が詠む時は涼しいと褒める所だが、主人の句ならこれもありか。なら自分も飾らずに。

 

   市中は物のにほひや夏の月

 あつしあつしと門々(かどかど)の声 芭蕉

 

去来:発句が市中だから農村に転じればいいかなあ。異常な暑さで稲が早く実るみたいな感じで、秋口の二番草取りも終わらないうちに穂が出始めたとか、どうかなあ。

 

   あつしあつしと門々の声

 二番草取りも果さず穂に出て 去来

 

凡兆:そんな早く穂が出ちゃうと忙しいよな。なら忙しさを感じさせるような何かってわけだ。忙しけりゃ飯もきちんと食えないよな。うるめ鰯の干物一枚炙るだけで、さっと飯を済ます。

 

   二番草取りも果さず穂に出て

 灰うちたたくうるめ一枚 凡兆

 

芭蕉:うるめ一枚か。農家から漁村に転じればいいかな。みちのくの旅で見たうらぶれた漁村で、ああそう言えば銀が使えなくて曾良が銭の両替に苦労してたな。

 

   灰うちたたくうるめ一枚

 此筋(このすぢ)は銀も見しらず不自由さよ 芭蕉

 

去来:みちのくを離れなくてはいけないね。銀を知らないは銭しか持ったことがないような奴らばかり、しけてるな、ってヤクザだね。だったらヤクザが持ってそうなのはと、長脇差(ながわきざし)。どう見ても長刀。

 

   此筋は(かね)も見しらず不自由さよ

 

 ただとひやうしに長き脇差 去来

初裏

 

凡兆:ヤクザってか刺客だな。冷徹な殺し屋だ。こういうのは幾多の修羅場を掻い潜ってて用心深いから、「俺の後ろに立つな」だな。そう言って振り向いたらってしよう。

 

   ただとひやうしに長き脇差

 草村に(かはづ)こはがる夕まぐれ 凡兆

 

芭蕉:蛙を怖がるったら乙女でしょう。キャッ、蛙、って感じでね。蕗の芽を摘みに行った少女ってことで良いかな。

 

   草村に蛙こはがる夕まぐれ

 (ふき)の芽とりに行燈ゆりけす 芭蕉

 

去来:行燈の火がふっと消えるのは不吉な感じだなあ。何かこの娘に良からぬことが起きそうな。ううん、刈萱道心の娘みたいに一家の大黒柱が散る花を見て突然出家して、生活が滅茶苦茶とか。

 

   蕗の芽をとりに行燈ゆりけす

 道心のおこりは花のつぼむ時 去来

 

凡兆:花を見て発心って仏教説話の定番だし、いくらでも作れそうだな。撰集抄(せんしゅうしょう)で西行法師が能登で出会った見佛(けんぶつ)上人(しょうにん)でも仄めかしておこうか。あの松島へ瞬間移動するやつ。

 

   道心のおこりは花のつぼむ時

 能登の七尾(ななを)の冬は住うき 凡兆

 

芭蕉:だったら能登の七尾にいそうに人物でも登場させようか。漁師は魚の骨なんてバリバリ食うからな。それができなくなった老人は住み辛いだろうな。

 

   能登の七尾の冬は住みうき

 魚の骨しはぶる(まで)(おい)を見て 芭蕉

 

去来:よぼよぼの老人かあ。あの源氏物語で末摘(すえつむ)(はな)の所から出て行く時の鍵の爺さんなんてどうかなあ。車を出そうとして爺さんを探しに行くあの場面。

 

   魚の骨しはぶる迄の老を見て

 待人(まちびと)入し小御門(こみかど)(かぎ) 去来

 

凡兆:王朝時代の設定で、待ってた人が来て門が開くんだろっ。そりゃ下働きの女房や下女がどんなの来たかって覗こうとして、押すな押すなて言ってるうちに屏風がドタッと倒れてってお約束の場面だな。

 

   待人入し小御門の鎰

 立かかり屏風を倒す女子共(をなごども) 凡兆

 

芭蕉:覗きの定番だったら風呂といきたいところだが、女子の方が倒すんだからな。まあ、誰もいない風呂場で屏風が倒れたってことにして、あとは想像してもらおう。

 

   立かかり屏風を倒す女子共

 湯殿は竹の簀子(すのこ)(わび)しき 芭蕉

 

去来:侘しいんでしょ。だったら花も紅葉もなかりけり、というところかなあ。何か別の物を散らして花も紅葉もないということにしようか。湯殿といえば水風呂、水風呂といえばお寺、薬草とか植えてあったり。

 

   湯殿は竹の簀子侘しき

 (うゐ)(きゃう)の実を(ふき)落す夕嵐 去来

 

凡兆:茴香だとちょっとお寺のイメージから離れられないな。そのままおとなしく釈教に持って句しかないか。

 

   茴香の実を吹落す夕嵐

 僧ややさむく寺にかへるか 凡兆

 

芭蕉:月の定座だが、寺のイメージが三句に渡っちゃったな。これは困った。こういう時は、向え付けで、逆のものを付けるとしようか。僧の反対、殺生や動物を生業(なりわい)に、猿引(さるひき)にしようか。

 

   僧ややさむく寺にかへるか

 さる(ひき)の猿と世を()る秋の月 芭蕉

 

去来:猿引きの生活感を出したいところだなあ。猿引きも家を借りて地子(ぢし)を払うわけだから、年一斗の米を支払う、多分それくらいだったと思った。

 

   さる引の猿と世を経る秋の月

 

 年に一斗の地子(ぢし)はかる(なり) 去来

二表

 

凡兆:米の地子を他の商売の人にすれば簡単に展開できるな。材木屋がいいな。貯木場の水たまりに切ったばかりの木を浮かべて、筏にして出荷するのを待つ。

 

   年に一斗の地子はかる也

 五六本生木つけたる(みづたまり) 凡兆

 

芭蕉:水たまりは雨の降った時の水たまりに取り成せるな。普通に木が浸かっただけの水たまりで、辺りはぬかるんで足袋が汚れる。もう一つ取り囃したいな。武蔵野の粘土質の黒ぼこの道。玉鉾の道みたいだな。

 

   五六本生木つけたる瀦

 足袋ふみよごす黒ぼこの道 芭蕉

 

去来:足袋を汚すというのを、ちょっとドジな奴にすればいいかなあ。武家に仕えるやっこさんで、主人の馬についていけなくて慌ててる刀持ちなんてどうかなあ。

 

   足袋ふみよごす黒ぼこの道

 (おひ)たてて早き御馬の刀持(かたなもち) 去来

 

凡兆:水たまり、足袋汚す、刀持ちと来たから、場面を変えなきゃな。街中を通る刀持ちがいれば、そこいらの丁稚(でっち)小僧(こぞう)も走って行く。丁稚(でっち)(こえ)(おけ)をひっくりかえす。えっ?汚い?もっと上品に?なら

 

   追たてて早き御馬の刀持

 でつちが荷ふ水こぼしたり 凡兆

 

芭蕉:丁稚小僧が井戸から水を運ぶ場面か。自分ちの井戸ではなく他人の家の井戸から運ぶとか、空き家がいいかな。売り屋敷で(むしろ)で囲ってあって。

 

   でつちが荷ふ水こぼしたり

 戸障子もむしろがこひの売家敷 芭蕉

 

去来:ここは売家だから、何か侘しげな景色でも付ければいいよね。普通の植物じゃありきたりだし、唐辛子にしようか。天井守りという別名もあるから、空家の天井を守ってるみたいだし。

 

   戸障子もむしろがこひの売家敷

 てんじゃうまもりいつか色づく 去来

 

凡兆:侘しいったら牢人の内職。それも草鞋(わらじ)づくりのような本来農家がやるようなものを、こそっとやってるなんざあ侘しいだろう。売値が二束三文だしな。おっと、秋だから月出していいよな。

 

   てんじゃうまもりいつか色づく

 こそこそと草鞋を作る月夜さし 凡兆

 

芭蕉:こそこそやっていてもバレるというところで、貧しい兄妹の人情話にしようか。兄が生活のためにこっそり草鞋を作ってると、たまたま目を覚ました妹にバレる。貧しいから蚤が痒くて目を覚ます。

 

   こそこそと草鞋を作る月夜さし

 蚤をふるひに起し初秋 芭蕉

 

去来:貧しい感じはどうしようもないから展開が難しいな。独り寝にして、打越の月を離れるから真っ暗で、鼠捕りの(ます)()としをひっくり返してしまうって、あるあるになるかなあ。

 

   蚤をふるひに起し初秋

 そのままにころび落たる升落(ますおとし) 去来

 

凡兆:よし、ここは『ころび落たる』で繋いでやろう。もう一つ転び落ちる物、きちんと閉まらない半櫃(はんびつ)の蓋。升落としも転び落ちて、その勢いで半櫃の蓋も転び落ちて、とほほ。

 

   そのままにころび落たる升落

 ゆがみて蓋のあはぬ半櫃 凡兆

 

芭蕉:家の中の些事から抜け出さないとな。蓋の合わない半櫃のように、今の草庵もどこか自分に合ってない。これなら西行法師の面影に持ってけるだろう。

 

   ゆがみて蓋のあはぬ半櫃

 草庵に(しばら)く居ては(うち)やぶり 芭蕉

 

去来:西行の面影だったら「和歌の奥義を知ず候」でどうだろうか。飛躍しすぎ?転居を生かすなら‥、千載和歌集入集の知らせを受けたとか。まさに命なりけりって所で。

 

   草庵に暫く居ては打やぶり

 

 いのち嬉しき撰集のさた 去来

二裏

 

凡兆:撰集の沙汰は、ここでは西行法師から切り離さないとね。編纂作業の時にいろんな恋歌を見るわけだから、いろんな恋をしたような気分になる。選者冥利というもんだ。

 

   いのち嬉しき撰集のさた

 さまざまに品かはりたる恋をして 凡兆

 

芭蕉:品かわりたる恋をといえば、小野小町か。謡曲の卒塔婆(そとば)小町(こまち)のように最後は婆さんになる。

 

   さまざまに品かはりたる恋をして

 浮世の果は皆小町なり 芭蕉

 

去来:前句はそのまま、人を慰める時に使えそうだなあ。お粥を恵んでもらって涙ぐむ老人に、泣くことないじゃないか。みんな歳をとるんだよ、って感じで。

 

   浮世の果は皆小町なり

 なに(ゆゑ)ぞ粥すするにも涙ぐみ 去来

 

凡兆:粥をすする境遇でどうしてそうなったのか、理由はつけられない、ってことか。でも主人はいなくて一人泣いてるとすれば、想像はつくな。

 

   なに故ぞ粥すするにも涙ぐみ

 御留守となれば広き板敷(いたじき) 凡兆

 

芭蕉:なるほど本当は亡くなってるけど、知らなければ留守に見える。ならここは本当に留守の家に住み着いた乞食にするか。実は仙人とか。

 

   御留守となれば広き板敷

 手のひらに(しらみ)這はする花のかげ 芭蕉

 

去来:仙人なら霞で、手に虱を這わせながらも、悟り切ったように花の影でうとうと眠りに落ちる。そのまま神仙郷に行くのかもしれない。

 

  手のひらに虱這はする花のかげ

 

かすみうごかぬ昼のねむたさ 去来

元禄三年秋、「灰汁桶の」の巻

初表

 

芭蕉:では加生(かせい)君、発句行ってみようか。

 

凡兆:凡兆だってーの。今日は木曽塚での興行だけど、特にこの場所に因まなくても良かったんだよね。

 

 灰汁(あく)(をけ)(しづく)やみけりきりぎりす 凡兆

 

芭蕉:藍染屋かな。被差別民の。染色に用いる灰汁(あく)がポタポタ音を立てて、それにコオロギの声は侘しい。行燈の油がなくなって早く寝ちゃったかな。

 

   灰汁桶の雫やみけりきりぎりす

 あぶらかすりて宵寝する秋 芭蕉

 

野水:ども、野水です。名古屋から来ました。早速ですが、句の方行かせて頂きますが、新居への引越しとしましょうか。新しい畳を月が照らして、良いですなあ。

 

   あぶらかすりて宵寝する秋

 新畳(あらだたみ)ならしたる月かげに 野水

 

去来:打越が宵寝だから、ここは普通に月見の宴でいいよねえ。だったら十人くらい迎えたちょっと賑やかな宴会にしようかな。それを盃の数だけで匂わして。

 

   新畳敷ならしたる月かげに

 ならべて嬉し十のさかづき 去来

 

芭蕉「並べて」を単に盃を並べるんでなく、十人みんな目出度く並べてとできるから、正月だな。子日にしようか。

 

   ならべて嬉し十のさかづき

 千代()べき物を様々子日(ねのび)して 芭蕉

 

凡兆:子日かあ。古今集の「雪のうちに春はきにけり」に西行法師の「子の日しに‥はつ鶯の」の歌でここは流しておこうか。春の雪だからだびら雪。

 

   千代経べき物を様々子日して

 鶯の音にだびら雪降る 凡兆

 

 

去来:鶯の声を聞いて春が来たんだと勇んで出かけたら雪に降られたなんてトホホだなあ。そうか、トホホ繋がりで展開すれば良いのか。馬に乗って出かけたら、発情期で馬が言うこと聞かないとか。

初裏

 

去来:鶯の声を聞いて春が来たんだと勇んで出かけたら雪に降られたなんてトホホだなあ。そうか、トホホ繋がりで展開すれば良いのか。馬に乗って出かけたら、発情期で馬が言うこと聞かないとか。

 

   鶯の音にだびら雪降る

 乗出して(かひな)に余る春の駒 去来

 

野水:前句を馬に乗り慣れてない平家武者としましょうか。ただ物語の本説にはせずにここは軽く面影で行きましょう。何となく生田の森、麻耶山に風雲急を告げという感じで。

 

   乗出して肱に余る春の駒

 麻耶が高根に雲のかかれる 野水

 

凡兆:生田の森の方といえばイカナゴの釘煮が美味いよな。カマスゴ、イカナゴ、夕飯に酒でも飲みながらくうっ、なんてね。

 

   麻耶が高根に雲のかかれる

 ゆふめしにかますご喰へば風(かをる) 凡兆

 

芭蕉:カマスゴを食う人の位で付けてみようか。あまり位は高くないな。農夫でヒルに食われて、それを掻いてると気持ち良くて『くうっ』て。苦痛がなくなるんじゃなくて、ただ誤魔化してるだけ。

 

   ゆふめしにかますご喰へば風薫

 蛭の口処(くちど)をかきて気味よき 芭蕉

 

野水:ここらで恋に行きましょうか。蛭の口処を比喩として、遊女が嫌な客に絡まれたのを蛭に噛まれたようなもんだとして、今日は休んで傷を癒そうか、とそんなのいかがですか。

 

   蛭の口処をかきて気味よき

 ものおもひけふは忘れて休む日に 野水

 

去来:「休む日に」は休みの日だというのに、という意味に取り成せるなあ。謡曲熊野(ゆや)みたいに、急に殿からの呼び出しがかかって困った、って感じでどうかなあ。

 

   ものおもひけふは忘れて休む日に

 (むかへ)せはしき殿よりのふみ 去来

 

芭蕉:殿から急に呼ばれるんだったら、大名に仕える年長の家老、金鍔(きんつば)。藩の実力者で、何かあったらすぐに殿に呼び出される。これだろう。

 

   迎せはしき殿よりのふみ

 金鍔(きんつば)と人によばるる身のやすさ 芭蕉

 

凡兆:本物の金鍔もいいが、そこら辺の成金商人の偽金鍔もいるからな。わざわざ家に水風呂作ったりして、また年寄りってのは熱い風呂が好きなんだ。

 

   金鍔と人によばるる身のやすさ

 あつ風呂ずきの宵々の月 凡兆

 

去来:分不相応な贅沢をするとろくなことはないよねえ。どうせ風呂だけでなく、朝は遅くまで寝てて、酒ばかり飲んで、それで身上潰すもんだ。

 

   あつ風呂ずきの宵々の月

 町内の秋も(ふけ)(ゆく)(あき)やしき 去来

 

野水:空き屋敷ってまあ破産もあるけど、主人が亡くなって跡継ぎもなくてってこともありますわな。諸行無常。露の世の中。花に転じなくてはいけないから軽くね。

 

   町内の秋も更行明やしき

 何を見るにも露ばかり也 野水

 

芭蕉:ここは別に凡ちゃんでもいいんだけど、それに花前でそんなに気を使われてもね。どんな句でも花に持ってく自信はあるけど、お膳立てされると却って平凡になってしまうもんでね。

 

   何を見るにも露ばかり也

 花とちる身は西念が衣着て 芭蕉

 

凡兆:西念さん、どういうお坊さんか知らないけど、京の坊主なら()(ぐき)()食うに決まってる。ただ酢茎菜食っても面白くないから、旅をして木曽でスンキという似たような物を食う、ってところかな。

 

   花とちる身は西念が衣着て

 

 木曽の()(ぐき)に春もくれつつ 凡兆

二表

 

野水:木曽の春も終わる頃というと、四十雀(しじゅうから)の群れが移動して、あまり見なくなる頃かな。

 

   木曽の酢茎に春もくれつつ

 かへるやら山陰(やまかげ)伝ふ四十から 野水

 

去来:難しいなあ。山陰から山深い里で居所でもつけておこうかなあ。春も終わりだと藁が不足していて、柴で仮に屋根を葺いておくってのはどうかなあ。

 

   かへるやら山陰伝ふ四十から

 柴さす家のむねをからげる 去来

 

凡兆:「からぐ」だろっ。風に煽られて屋根が捲れ上がるという意味に取り成せるな。冬に転じて、冷たい北風にしよう。

 

   柴さす家のむねをからげる

 冬空のあれに(なり)たる北(おろし) 凡兆

 

芭蕉:ちょっと詰まってきちゃったかな。景色を離れて旅の一場面にしたいね。外は木枯らしで不安な夜はと、宿の主人の心遣いで枕元に有明行燈を置いてゆく。

 

   冬空のあれに成たる北颪

 旅の馳走に有明(ありあか)しをく 芭蕉

 

去来:旅の馳走は、街道の娼婦の、とも取れそうだ。そうだ、枕草子に(なり)(まさ)という男が女房の部屋に夜這いをかけたら灯台が煌々と灯ってて、しっかり顔見られてってあったな。それを男女逆にして。

 

   旅の馳走に有明しをく

 すさまじき女の智恵もはかなくて 去来

 

野水:ここは夜這いからひとまず離れて、女がいろいろ知恵を尽くして男を引き留めようとしたけどってことで、尾花が下の思い草も虚しく、すさまじきは狼の声ってことにしましょう。

 

   すさまじき女の智恵もはかなくて

 何おもひ草狼のなく 野水

 

芭蕉:思い草はススキの根に生える、あの煙管(きせる)に似た花だったね。ススキだったらお墓、それも古い御廟かな。秋が三句目になるので月を出しておこう。

 

   何おもひ草狼のなく

 夕月夜岡の萱ねの()(べう)()る 芭蕉

 

凡兆:すっかり忘れ去られたような御廟だったら、そこの古井戸なんかもすっかり赤く濁ってたりしてね。

 

   夕月夜岡の萱ねの御廟守る

 人もわすれしあかそぶの水 凡兆

 

野水:赤く濁った水ですか。血の川だったり何か怪談のネタになりそうですね。物語をする嘘説きが何か自慢げに語ってそうですね。

 

   人もわすれしあかそぶの水

 うそつきに自慢いはせて遊ぶらん 野水

 

去来:自慢するというと、なれ(ずし)の塩加減だとかなれ具合だとか、いろいろ講釈する人っているよねえ。人それぞれこだわりがあったりして。

 

   うそつきに自慢いはせて遊ぶらん

 又も大事の(すし)を取出す 去来

 

凡兆:でもなれ鮨って美味いよな。弁当なんかに最高だしよう。旅の途中、堤の眺めの良い道で田んぼが広がってて、そんなところで食いてえな。

 

   又も大事の鮓を取出す

 堤より田の青やぎていさぎよき 凡兆

 

芭蕉:凡ちゃんは本当食いしん坊でうっかり○兵衛だな。いや、そんな人知らん、何を言ってるんだ。川辺で稲が青々としてると言えば、端午の節句の頃の上賀茂下賀茂のお祭りだな。

 

   堤より田の青やぎていさぎよき

 

 加茂のやしろは()(やしろ)なり 芭蕉

二裏

 

去来:これを露天商の口上にしちゃっていいかなあ。神社の前には物売りがたくさんいるしい。

 

   加茂のやしろは能き社なり

 物うりの尻声高く名乗りすて 去来

 

野水:物を売る時の声に限らず、行商人が宿に着いた時も名乗りをあげますね。でもそれだけでは‥、宗祇法師の「世にふるもさらに時雨の宿り哉」の俤にして、発心するとかできそうですね。

 

   物うりの尻声高く名乗りすて

 雨のやどりの無常迅速 野水

 

芭蕉:ここは迎え付けにしておきたいな。何も動じない人がいて、それはかつて雨宿りで悟ったからってとこかな。動じないというと、青鷺は河岸でずっと動かずに立ってたりする。

 

   雨のやどりの無常迅速

 昼ねぶる青鷺の身のやふとさよ 芭蕉

 

凡兆:青鷺というと水辺への展開が自然だな。花前だから苗代に水を引き入れてって、それだと花呼び出しが露骨すぎるか。なら()(ぐさ)の田んぼにしよう。

 

   昼ねぶる青鷺の身のたふとさよ

 しょろしょろ水に()のそよぐらん 凡兆

 

去来:藺草は収穫間近で、その頃には桜が満開になるよねえ。だけど苗代でなく藺草にしたから、桜も何か変化させたいな。師匠、ここは花の定座だけど、桜にして良いですか?

 

   しょろしょろ水に藺のそよぐらん

 糸桜腹いっぱいに(さき)にけり 去来

 

野水:何とも我儘なことですね。でも蕉翁が許すならそれもありですな。まあ、挙句は特に何事もなく春の曙にしておきましょう。

 

   糸桜腹いっぱいに咲きにけり

 

 春は三月曙の空 野水

元禄三年冬、「鳶の羽も」の巻

初表

 

芭蕉:去来、加生(かせい)、あっここでは(ぼん)(ちょう)だっけ。それに史邦(ふみくに)、今日はこの京の三人に、自分不肖芭蕉庵桃青が加わり、興行を始めようと思う。発句は去来だったね。

 

去来:今日はちゃんと。

 

鳶の羽も(かいつくろひ)ぬはつしぐれ 去来。

 

芭蕉:時雨が去って鳶も濡れた羽を掻い繕ってる。なるほど、そう来たか。だったらさっきまで吹いてた風も静まる、としよう。風が静まれば、ザワザワ音を立ててた落ち葉も静かになる。」

 

   鳶の羽も刷ぬはつしぐれ

 一ふき風の木の葉しづまる 芭蕉

 

凡兆:発句が鳥類に降物、脇が植物かよ。冬は二句で終わりだから無季でもいいか。なら旅体でいったろ。風も静まったので川を渡る。それに取り囃しだ。川を渡るから(もも)(ひき)が濡れるなんてどや。

 

   一ふき風の木の葉しづまる

 股引(ももひき)の朝からぬるる川こえて 凡兆

 

史邦:ならばそれがしは畑へ行く百姓ってことにしましょう。鋤や鍬では芸がありません。ここは一つ弓で害獣駆除としましょう。百姓が(にわ)(こしら)えた弓ということで、こんなふうに。

 

   股引の朝からぬるる川こえて

 たぬきををどす(しの)(はり)の弓 史邦

 

芭蕉:狸が出たか。だったら狸に化かされる話にしよう。森の中にやけに立派な屋敷があって、何か変だ。修験者がやって来て弓をブンブン鳴らすと、術が解けたか元の廃墟になる。

 

   たぬきををどす篠張の弓

 まいら戸を蔦(はひ)かかる宵の月 芭蕉

 

去来:えーっと、山奥に住む粗末な庵で、どんな風流人かと思ったら、蜜柑に厳重な囲いをしてたり、徒然草にそんな話あったでしょ。あっ、元ネタと少し変えないとね。梨をケチるとか。

 

   まいら戸に蔦這かかる宵の月

 

 人にもくれず名物の梨 去来

初裏

 

史邦:この「人にもくれず」は梨ではなく「人には目もくれず」と読めますね。でしたら取り成しといきましょう。ひたすら閉じ籠って絵を描いている隠士としましょう。

 

   人にもくれず名物の梨

 かきなぐる墨絵おかしく秋暮て 史邦

 

凡兆:そんじゃさあ、その隠士の衣裳で今流行りのメリヤス足袋を履かせちゃおう。ありゃほんと良いよ。みんな履いてみなよ。

 

   かきなぐる墨絵おかしく秋暮て

 はきごころよきめりやすの足袋 凡兆

 

去来:ああ、わかるわあ。メリヤスの足袋推しの奴。こういうの話し出したら止まらないんだよね。あっ凡ちゃんのことじゃないから。

 

   はきごころよきめりやすの足袋

 何事も無言の内はしずかなり 去来

 

芭蕉:無言といえば無言行という修験の修行があったな。午の刻になって修行の終了を告げる法螺貝が鳴ると、急にざわつき始める。旅でたまたま通りかかって、これまで静かだったが、って展開しようか。

 

   何事も無言の内はしづかなり

 里見え(そめ)(うま)の貝ふく 芭蕉

 

凡兆:法螺貝吹くというと、やっぱ修験者は動かせないな。だったら修験者の位で修験者あるあるを付けりゃいいのか。外で茣蓙(ござ)引いて寝てるうちに茣蓙が駄目になって里に降りて来る。

 

   里見え初めて午の貝ふく

 ほつれたる去年のねござしたたるく 凡兆

 

史邦:茣蓙が駄目になるのでしたら、駄目つながりで、蓮の花でも散らしておきましょう。蓮が散るだといかにも諸行無常な感じになりすぎるので、あえて別名の芙蓉(ふよう)にしておきましょう。

 

   ほつれたる去年のねござしたたるく

 芙蓉のはなのはらはらとちる 史邦

 

芭蕉:蓮の花が散るんだったらお寺かな。肥後の水前寺は昔はお寺があったが今は庭園になっていて、水前寺茶屋で出す水前寺海苔の吸い物ってのを一度食べてみたいな。いつか九州行脚もしたいな。

 

   芙蓉のはなのはらはらとちる

 吸物は(まづ)出来(でか)されしすいぜんじ 芭蕉

 

去来:「出来(でか)されというのは悪い方の意味もあるから、取りなせば良いかなあ。吸物を食いに行くと主人が言い出して、三里の道を歩かされるとか。

 

   吸物は先出来されしすいぜんじ

 三里あまりの道かかえける 去来

 

史邦:三里の道を何かのために行くということですね。何か好事家や風流人って感じでしょうね。茶道でしょうか。唐の時代の()(どう)とか、それに仕える人とか。

 

   三里あまりの道かかえける

 この春も()(どう)が男()なりにて 史邦

 

凡兆:「盧同が男」ってっから弟子ってことでいいよな。で、春の句だからこの辺で朧月へ行かないとな。次が花の定座だし。弟子で植物(うゑもの)と言ったら挿し木か。弟子を挿し木に喩える。

 

   この春も盧同が男居なりにて

 さし木つきたる月の朧夜 凡兆

 

芭蕉:花の定座だから、挿し木は桜の挿し木しかないよね。桜の挿し木は例えば手水(ちょうず)(ばち)に苔を入れて、そこに挿しておいて、それを並べるとか、それぐらいかな。

 

   さし木つきたる月の朧夜

 苔ながら花に並ぶる手水鉢 芭蕉

 

去来:桜の花の手水鉢、まあ庭とかない街での暮らしで癒されたりとか、そんなところかなあ。イライラしてたのが直るとか。

 

   苔ながら花に並ぶる手水鉢

 

 ひとり(なほり)し今朝の腹だち 去来

二表

 

凡兆:イライラしてんなら、食やいいだろっ。しっかりうまいもん食って、腹がいっぱいになれば全部忘れるってもんよ。おらあいつもそうしてる。

 

   ひとり直し今朝の腹だち

 いちどきに二日の物も(くふ)(おき) 凡兆

 

史邦:さすが(いの)(はや)()さん。食う時も猪突猛進ってわけですね。まるで冬眠前の熊ですね。ああそうか、そう付ければいいんだ。さすがに熊ではなく、食料の安定しない島の漁師にしますが。

 

   いちどきに二日の物も喰て置

 雪けにさむき島の北風 史邦

 

去来:北風吹きすさぶ離島といえば灯台守。雨の日も風の日も雪の日も灯りを灯し続ける。大変だなあ。

 

   雪けにさむき島の北風

 火ともしに暮れば登る峰の寺 去来

 

芭蕉:取り成しは難しいから、季節を冬から夏に転じて、島ではなく普通に山奥にして大きく展開したい所だな。夏の山奥というとホトトギスだが、普通に鳴いてもつまらない。

 

   火ともしに暮れば登る峰の寺

 ほととぎす皆(なき)仕舞(しまひ)たり 芭蕉

 

史邦:「皆鳴仕舞は季節が変わった、時が流れたと出来そうですね。ただまだ残暑厳しいとなると夏痩せした体もそのままで、それじゃまだ弱いか。でしたら病気で寝込んでたことにしましょう。

 

   ほととぎす皆鳴仕舞たり

 (やせ)(ぼね)のまだ起直る力なき 史邦

 

凡兆:病人かよ。だったらお見舞いか。そろそろ恋を出さなくちゃな。光源氏って乳母の病期見舞いの時に夕顔と知り合ったよな。牛車で見舞いに来て、元ネタと少し変える。恋の言葉が入んないから恋呼び出し。

 

   痩骨のまだ起直る力なき

 隣をかりて車引こむ 凡兆

 

芭蕉:隣に車を引き込ませて、そこからこちらへというと、門を開けてやらないということかな。隣との塀を越えて入らせる、それはないな。トゲトゲの木の間をくぐらせろ。

 

   隣をかりて車引こむ

 うき人を()(こく)(がき)よりくぐらせん 芭蕉

 

去来:憂き人は恋でなくてもいいかな。犯罪者をかくまうとか、合戦の落人とか、だったら刀を持たせればいいかなあ。

 

   うき人を枳穀垣よりくぐらせん

 いまや別の刀さしだす 去来

 

凡兆:合戦に破れて運命を共にするのではなく、刀を差し出して逃げろってゆうんだろ。そりゃまだ子供か女だな。木曾(きそ)(よし)(なか)(ともえ)御前(ごぜん)の別れみたいな。髪を下ろして村人に見えるようにして。

 

   いまや別の刀さしだす

 せはしげに櫛でかしらをかきちらし 凡兆

 

史邦:前句は狂乱物に見えなくもないですね。恋心を断とうとして死ぬほど悶え苦しむ。芝居仕立てだとわかるように「見よ」としておきましょう。

 

   せはしげに櫛でかしらをかきちらし

 おもひ切たる死ぐるひ見よ 史邦

 

去来:月の定座で恋か。ここはさらっと後朝の情景にして逃げておこう。ただ朝ぼらけ有明の月ではありきたりだから、何かあまり使わない言葉を‥、青天がいいか。

 

   おもひ切たる死ぐるひ見よ

 青天に有明月の朝ぼらけ 去来

 

芭蕉:夜明けの青みを帯びた空に有明の月。普通に名所の景色とか付けて良さそうだな。近頃は木曽塚が拠点になってるから、そこから見える琵琶湖と比良の山、朝だから初霜。おっと、秋にしないと。

 

   青天に有明月の朝ぼらけ

 

 湖水に秋の比良のはつ霜 芭蕉

二裏

 

史邦:秋の初霜を生かしたいですね。蕎麦は霜に弱いそうで、澄恵僧都の隣の畑の蕎麦が全部盗まれて歌を詠んだという話がありますが、きっと霜で枯れたのを盗まれたことにしたんでしょうね。

 

   湖水に秋の比良のはつ霜

 柴の戸や蕎麦ぬすまれて歌をよむ 史邦

 

凡兆:蕎麦盗まれてじゃあ晩秋から冬は動かせない。軽く冬の季節を付けて流しておくか。もう終わりが近いし。だったら綿入れの布子(ぬのこ)打越(うちこし)の霜が朝だから夕暮れに転じる。

 

   柴の戸や蕎麦ぬすまれて歌をよむ

 ぬのこ着習ふ風の夕ぐれ 凡兆

 

芭蕉:「着習ふ」だったら旅を続けてようやく慣れてきたとして、旅体にできるな。安い宿で来る者拒まずで、詰め込むだけ詰め込んで雑魚寝させる。

 

   ぬのこ着習ふ風の夕ぐれ

 押合て寝ては又立つかりまくら 芭蕉

 

去来:寝てはまた発つんだから夜明けかなあ。ここで有明も青天も使っちゃったからなあ。朝焼けにしようか。たたらの煮えたぎった鉄のような真っ赤な朝焼けってのはどうかなあ。

 

   押合て寝ては又立つかりまくら

 たたらの雲のまだ赤き空 去来

 

凡兆:さあ花の定座だ。ここはたたらが見た赤い空に桜が見えるってとこだな。たたらが一心不乱に何かを作って、気付くと日も暮れて、夕日に染まった雲のような桜が見える。馬の(しりがい)を作ってて。

 

   たたらの雲のまだ赤き空

 一構(ひとかまへ)(しりがい)つくる窓のはな 凡兆

 

史邦:ではここは景色を付けて終わらせましょう。窓の外には桜だけでなく、他の木も見えて、ああいいこと思いつきました。枇杷にしましょう。枇杷はお灸に使いますので、疲れたたたらに丁度良いでしょう。

 

   一構鞦つくる窓のはな

 

 枇杷の古葉に(この)()もえたつ 史邦

元禄四年春、乙州餞別「梅若菜」の巻

初表

 

芭蕉:では乙州(おとくに)君の旅の無事を祈って。梅が咲いて若菜摘みをするこの時期に、丸子(まりこ)宿(しゅく)のとろろ汁が食えるとは羨ましいぞ。

 

梅若菜まりこの宿のとろろ汁 芭蕉

 

乙州:丸子宿のとろろ汁、食えると良いな。笠もこの日のために新調したし、行ってくるね。

 

   梅若菜まりこの宿(しゅく)のとろろ汁

 かさあたらしき春の曙 乙州

 

珍碵(ちんせき):新しい笠。それは田植えの晴れ着の笠にできる。ここに雲雀を鳴かせて、土を運ぶ百姓を、と直に描かずに、頃なれやと匂わす。うん、完璧。

 

   かさあたらしき春の曙

 雲雀(ひばり)なく小田に土持(つちもつ)(ころ)なれや 珍碵

 

素男:春だから何かお祝いっすね。しとぎを神様にお供えして、そのお下がりをみんなで食うってどうっすか。

 

   雲雀なく小田に土持頃なれや

 しとぎ祝ふて下されにけり 素男

 

乙州:せっかくのしとぎも歯が痛くて食えない。そんな奴一人くらいいてもおかしくないよね。

 

   しとぎ祝ふて下されにけり

 片隅に虫歯かかへて暮の月 乙州

 

芭蕉:せっかくのご馳走なのに、一人は虫歯で食べられず、その上二階の客帰ってしまう。悲しい夕暮れの月。

 

   片隅に虫歯かかへて暮の月

 

 二階の客はたたれたるあき 芭蕉

初裏

 

素男:いわゆる「鶉発(うずらだ)ち」っすね。いつもさっさと帰っちゃう奴。鶉を放したみたいにすぐドロンする奴、いるよな。

 

   二階の客はたたれたる秋

 (はなち)やるうづらの跡は見えもせず 素男

 

珍碵:うむ。比喩にしたのを実景に取り成せってゆうんだな。良かろう。稲を秋風が、と秋は打越にあるから「力なき風」にして式目をかわす。

  

   放やるうづらの跡は見えもせず

 稲の()(のび)の力なきかぜ 珍碵

 

芭蕉:力なき風は何か不安な胸のうち騒ぐ感じがするな。なら発心して初めての旅の不安、西行法師の「鈴鹿山うき世をよそにふり捨てて」だな。

 

   稲の葉延の力なきかぜ

 ほつしんの(はじめ)にこゆる鈴鹿山 芭蕉

 

乙州:発心したばかりだと、みんな法名を知らないから、知り合いに会ったら「内蔵頭(くらのかみ)じゃないか、出家したんか」って呼び止められる。

 

   ほつしんの初にこゆる鈴鹿山

 内蔵頭(くらのかみ)かと(よぶ)声はたれ 乙州

 

珍碵:内蔵頭は武将にもよくある名だ。ううむ、これは合戦で敵に見知らぬ武将がいて、あれは誰だだな。関ヶ原合戦の東軍に着くかと見えて西軍に着いた小西(こにし)(ゆき)(なが)の軍で()の手形の陣形。これしかない。

 

   内蔵頭かと呼声はたれ

 卯の刻の箕手(みのて)に並ぶ小西方(こにしがた) 珍碵

 

素男:うわっ、ここまで克明に設定されちまうと、展開できないっすよ。ありきたりな松の景色を付けて、ここは軽く流させてもらうっす。

 

   卯の刻の箕手に並ぶ小西方

 すみきる松のしづかなりけり 素男

 

乙州:結局昨日は十二句目で終わってしまって、芭蕉さんも珍碵も今日はいない。京から去来と加生(かせい)が来た。それにどうして姉貴が来てんの?まあいい。撰集抄の信濃佐野渡(しなののさののわたりの)禅僧入滅之事の本説。

 

   すみきる松のしづかなりけり

 萩の礼すすきの礼によみなして 乙州

 

智月:そう嫌な顔しないのよ。それにお義母(かあ)さんと呼びなさい。松の木の下で成仏した老僧にお世話になったって礼をする、いい句ね。では萩の原っぱだからモズの一声の雀が逃げてくとしましょう。

 

   萩の礼すすきの礼によみなして

 雀かたよる百舌鳥(もず)の一声 ()(げつ)

 

凡兆:モズの一声はモズが射られたってことでいいよな。逃げる雀に「ああ、俺っていつまでこう殺生(せっしょう)の仕事をするんだ」何て思うと、心まで寒くて、真如の月の下、懐で手を温める。

 

   雀かたよる百舌鳥の一声

 懐に手をあたたむる秋の月 凡兆

 

乙州:あっ去来さんは花を持ってもらうので、先行きます。前句の懐に手を入れた人、狩人から漁師に転じておきましょう。海の景色で思い切って花に行ってね。

 

   懐に手をあたたむる秋の月

 汐さだまらぬ外の海づら 乙州

 

去来:外海か。文禄の役かなあ。朝鮮って桜あったっけ。いやこれはまだ名護屋城で待機してるということでいいよね。

 

   汐さだまらぬ外の海づら

 (やり)の柄に(たち)すがりたる花のくれ 去来

 

凡兆:よっしゃ。これは和漢朗詠集の桃李不言春幾暮、煙霞無跡昔誰栖だな。ただ昔の棲家の跡形もなしじゃ何だから、からし菜だな。ピリッと美味しいからし菜、食っちゃった跡にしよう。

 

   鑓の柄に立すがりたる花のくれ

 

 灰まきちらすからしなの跡 凡兆

二表

 

正秀:ちょっくら乱入させてもらうぜ。ここは畑の灰が飛んできて迷惑しているお坊さんだ。写経しようとしたら灰が飛んできて紙の上がざらざらだ。ちょうど良い。休んで花見をするのも悪くない。

 

   灰まきちらすからしなの跡

 春の日に仕舞(しまひ)てかへる経机 正秀

 

去来:何だったんだ、突然。ええと、これは和尚さんではなく小坊主にできそうだなあ。いつものお供の代わりで、修行の方も適当で、精進料理じゃ物足りなくてどこかへ食いに行くってとこかなあ。

 

   春の日に仕舞てかへる経机

 店屋物(てんやもの)くふ(とも)の手がり 去来

 

芭蕉:何だ京の連中は途中で放り出して、手替わり感覚で困ったな。続きは伊賀の連中に任せよう。

 

半残:承知。手替わりを人と違うという意味に取り成して進ぜよう、

 

   店屋物くふ供の手がはり

 汗ぬぐひ(はし)のしるしの紺の糸 半残

 

土芳:そういえば恋が出てないな。汗拭いは冷や汗たらたらでやってきた夜這い男にしよう。鶏が鳴いたからバレる前に慌てて帰ってゆく。まあ鶏のような奴だ。いろんな意味で。

 

   汗ぬぐひ端のしるしの紺の糸

 わかれせはしき(にはとり)(した) 土芳

 

半残:後朝(きぬぎぬ)でござるな。伊勢物語の陸奥の田舎女「きつにはめなでくだかけの(狐に食わすぞ糞にわとり)」にして進ぜよう。

 

   わかれせはしき鶏の下

 大胆におもひくづれぬ恋をして 半残

 

土芳:執着の強い恋か。濡れ落ち葉のようなもんだな。濡れた紙にしておこうか。ひっついて離れない。

 

   大胆におもひくづれぬ恋をして

 身はぬれ紙の取所(とりどころ)なき 土芳

 

半残:貼り付けた紙が剥がれないんでござるな。なら小刀で削って進ぜよう。と言っても無骨な蛤刃(はまぐりば)の小刀ではうまく削れんな。

 

   身はぬれ紙の取所なき

 小刀の蛤刃(はまぐりば)なる細工(さいく)ばこ 半残

 

園風:では拙者も一句。細工箱は小刀入れということにして、それを持ってきて正月の恵方棚を拵えるというのは如何か。

 

   小刀の蛤刃なる細工ばこ

 棚に火ともす大年(おほどし)の夜  園風

 

猿雖(えんすい):では、源氏物語の須磨での年越しとして恋に行きましょうか。良清の朝臣が明石の入道の娘を思い出して手紙とか書いてましたが、帰ってくるのは入道の手紙。

 

   棚に火ともす大年の夜

 ここもとはおもふ便(たより)も須磨の浦 猿雖

 

半残:須磨の浦でござるか。こういう漁村では昔ながらに肩衣を胸のところでビシッと合わせているでござる。

 

   ここもとはおもふ便も須磨の浦

 むね打合せ着たるかたぎぬ 半残

 

園風:古くて貧乏臭いものといえば、胸を塞いだ肩衣に壊れた扇子。今はみんな団扇を使うが、古い扇子の柄のところが壊れて縛ってあったりする。

 

   むね打合せ着たるかたぎぬ

 (この)夏もかなめをくくる(やれ)(あふぎ) 園風

 

猿雖:うん。だったら魚醤やな。瀬戸内海の夏の油の乗ったイカナゴで作る魚醤を仕込む。あっそう言えば二の表の月をこぼすわけにはいかないんな。ぎりぎりだが月を出さないと。

 

   此夏もかなめをくくる破扇

 

 醤油ねさせてしばし月見る 猿雖

二裏

 

土芳:何か明石の貧乏ネタから抜け出せんな。人物を出して何とか展開してもらわないと。

 

   醤油ねさせてしばし月見る

 咳声(しはぶき)の隣はちかき縁づたひ 土芳

 

園風:老人ですな。でしたら老夫婦で、長年連れ添ってきて、でも相変わらずクソ真面目な人やなあ、って如何かと。

 

   咳声の隣はちかき縁づたひ

 添へばそふほどこくめんな顔 園風

 

芭蕉:やめやめ。どうにも田舎臭くて、残りは京に行って何とかする。江戸から嵐蘭も来るというし。

 

嵐蘭:よっしゃ。(こく)(めん)な職人といえば会津漆器。

 

   添へばそふほどこくめんな顔

 形なき絵を習ひたる会津盆 嵐蘭

 

史邦:会津は寒い所と聞いてます。でしたら竹で作ったスケート靴で猪苗代湖をすーいすーいと、というのを言外にして、薄雪(うすゆき)(わり)下駄(げた)としておきましょう。

 

   形なき絵を習ひたる会津盆

 うす雪かかる竹の割下駄 史邦

 

野水:ども、野水です。では花の定座、光栄至極です。割下駄は八ツ割下駄ってことにして、結局今年も旅に出ずに、自宅で花の季節を迎えたとしましょう。

 

   うす雪かかる竹の割下駄

 花に又ことしのつれも定らず 野水

 

羽紅:おとめちゃんでーす。さほちゃんはいつまでも姫のまんまで彼氏いないのかしら。奈良のさほ山をにしきにそめて、ことしも春風ふかせて、めだたく一巻おわりまーす。

 

   花に又ことしのつれも定らず

 

 雛の袂を(そむ)る春風 羽紅