「生ながら」の巻、解説

初表

 生ながらひとつにこほる生海鼠哉  芭蕉

   ほどけば匂ふ寒菊のこも    岱水

 代官の假屋に冬の月を見て     芭蕉

   水風呂桶の輪を入にけり    芭蕉

 酢の糟を捨れば汐の引て行     岱水

   けふもあそんでくらす相談   岱水

 

初裏

 親の時はやりし医者の若手共    芭蕉

   座敷しずまる能のはじまり   岱水

 香箸のからりとしたる夜明前    芭蕉

   旅から物のあたるしらがゆ   岱水

 麻衣を馬にも着する木曽の谷    芭蕉

   中稲のあれを悔る風年     岱水

 どこもかもまばらにもりて月すごく 杉風

   つくねて置し網の露けさ    岱水

 造られて村を呼るる寺の酒     杉風

   わけておとなにつよき疱瘡   岱水

 初花の沙汰なき春は寒越て     杉風

   伊賀路長閑に山の裏見る    岱水

 

 

二表

 美き中に主人に隙をやり      岱水

   小き銀で鮑買はする      杉風

 塀越に屋敷を覗く糀町       岱水

   弓矢に扇付て押立       杉風

 われるほど此六月は照つめて    岱水

   しばらく乞食止られし僧    杉風

 覚えある家の道具もさびくさり   岱水

   若生に生ル柚ズのおほきさ   杉風

 山下のたばこも揃ふ宵の月     岱水

   夏過てから塩に事かく     杉風

 背戸門へ出るなと年を恥しめて   岱水

   掃寄せて来る盆の初雪     杉風

 

二裏

 一枚に吹まくつたる星の空     杉風

   目堅きものが聟の気ニ入    岱水

 五六度も隣へわせしお侍      杉風

   とりかへて置練薬の代     岱水

 よいなりを袴で見せぬ花盛     杉風

   結び残りの句を慕ふ春     杉風

 

      参考;『校本芭蕉全集 第五巻』(小宮豐隆監修、中村俊定注、一九六八、角川書店)

初表

発句

 

 生ながらひとつにこほる生海鼠哉 芭蕉

 

  海鼠は干物にしたものが流通していたが、江戸では新鮮な海鼠も獲れて、売りに来ていたのだろう。冬の寒い日だと、売り物の海鼠(なまこ)がそのまま氷ってしまっている。

 それを、生きながら一つに氷ってしまって辛かろうと、海鼠の心を思いやる所に「細み」がある。

 海鼠は九十五パーセントが水で、氷ると食感が変わるため冷凍保存には向かないという。

 

季語は「海鼠」で冬。

 

 

   生ながらひとつにこほる生海鼠哉

 ほどけば匂ふ寒菊のこも     岱水

 (生ながらひとつにこほる生海鼠哉ほどけば匂ふ寒菊のこも)

 

 この場合の寒菊はアブラギクではなく、普通の菊に菰をかけて冬に咲かす寒菊であろう。園芸種で売物になる。

 前句の氷る海鼠に菰に巻かれた菊で相対付けになる。

 

季語は「寒菊」で冬、植物、草類。

 

第三

 

   ほどけば匂ふ寒菊のこも

 代官の假屋に冬の月を見て    芭蕉

 (代官の假屋に冬の月を見てほどけば匂ふ寒菊のこも)

 

 前句の寒菊を代官屋敷の庭とする。代官屋敷は陣屋とも假屋とも呼ばれた。

 

季語は「冬の月」で冬、夜分、天象。「代官」は人倫。

 

四句目

 

   代官の假屋に冬の月を見て

 水風呂桶の輪を入にけり     芭蕉

 (代官の假屋に冬の月を見て水風呂桶の輪を入にけり)

 

 「水風呂」は「すゐふろ」で湯舟のある風呂をいう。芭蕉の時代は蒸し風呂が主流でありながら、徐々に水風呂が広まっていった時代だった。煮るお茶(煎茶の前身)と同様、新味を感じさせる題材だった。

 ここではその桶を据え付ける作業で、大きな桶は現地で組み立てた。

 

無季。

 

五句目

 

   水風呂桶の輪を入にけり

 酢の糟を捨れば汐の引て行    岱水

 (酢の糟を捨れば汐の引て行水風呂桶の輪を入にけり)

 

 前句の桶屋は一方で酢の醸造に用いた樽を解体し、残っていた酢の糟を海に捨てる。

 酢は酒粕を酢酸発酵させて作る。

 

無季。「汐の引」は水辺。

 

六句目

 

   酢の糟を捨れば汐の引て行

 けふもあそんでくらす相談    岱水

 (酢の糟を捨れば汐の引て行けふもあそんでくらす相談)

 

 酒粕を利用した酢の醸造はよほど儲かったのか、遊んで暮らす相談をする。

 江戸時代は庶民の食生活も豊かになり、元禄の頃は醤油や鰹節も普及した。酢の消費も拡大していたのだろう。

 

無季。

初裏

七句目

 

   けふもあそんでくらす相談

 親の時はやりし医者の若手共   芭蕉

 (親の時はやりし医者の若手共けふもあそんでくらす相談)

 

 江戸時代の医者は免許が要らないから誰でも開業できたが、名医の名も立つとかなり儲かったのだろう。その医者の息子たちはいわゆるドラ息子で今日も遊んで暮らす相談をする。

 そういえば近江膳所藩江戸藩邸に仕えていた竹下東順という名医がいたっけ。その息子は俳諧にはまり、遊んで暮らしている。

 

無季。「医者の若手共」は人倫。

 

八句目

 

   親の時はやりし医者の若手共

 座敷しずまる能のはじまり    岱水

 (親の時はやりし医者の若手共座敷しずまる能のはじまり)

 

 座敷能であろう。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「座敷能」の解説」に、

 

 「〘名〙 (舞台で演ずる能に対して) 座敷で演ずる能。

※禅鳳伝書‐反故裏の書・一(16C前)「一、ざしき能、俄なる能の、しやう、あてがいの事」」

 

とある。

 能は当時は猿楽と呼ばれることも多かった。元禄三年の「月見する」の巻十七句目には、

 

   大工の損をいのる迁宮

 三石の猿楽やとふ花ざかり    尚白

 

の句がある。

 

無季

 

九句目

 

   座敷しずまる能のはじまり

 香箸のからりとしたる夜明前   芭蕉

 (香箸のからりとしたる夜明前座敷しずまる能のはじまり)

 

 香箸(かうばし)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「香箸」の解説」に、

 

 「〘名〙 香道具の一つ。香をたくとき、香木をはさむのに用いる小形の箸。きょうじ。

  ※五月雨日記(1479)「香箸、長さ四寸二分、銀にて作る、四角也」

 

とある。

 能はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「能」の解説」に、

 

 「① よく事をなし得る力。才能。能力。はたらき。

  ※平治(1220頃か)上「文にもあらず、武にもあらず、能もなく芸もなし」 〔書経‐大禹謨〕

  ② はたらきのある人。才知ある人。〔礼記‐大博〕

  ③ 技芸。芸能。また、芸能や技芸としてほこるべき事柄。

  ※今鏡(1170)八「若宮と申ししに、御のうも御みめもしかるべき事と見えて」

  ④ (①から) 特に誇ったり、取りたてていったりするのにふさわしい事柄。

  ※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)三「むごくあたるばかりを能(ノウ)にして、ひどいめにあはせる亭主(ていし)もつらのにくいもの也」

  ⑤ ききめ。効能。効験。しるし。

  ※雑俳・二重袋(1728)「ふぐ汁の能(のウ)を裸で寐て見せる」

  ⑥ 日本の古典芸能の一種。中世に猿楽から発展した歌舞劇。もと田楽の能、幸若の能、猿楽の能などがあったが、のち他のものが衰え、猿楽だけが盛んに行なわれ、「猿楽の能」の略称となった。→能楽。

  ※風姿花伝(1400‐02頃)二「ふしぎに、能の位上らねば、直面は見られぬ物也」

 

とあり、猿楽能以外の意味もあるので、夜明け前の座敷能とする必要はない。

 香を焚いて邪気を払えば、その効き目があって座敷が静まり、香箸のからりという音が響く。

 

無季。

 

十句目

 

   香箸のからりとしたる夜明前

 旅から物のあたるしらがゆ    岱水

 (香箸のからりとしたる夜明前旅から物のあたるしらがゆ)

 

 旅で食中りを起こし、夜明け前に白粥を食べる。前句の香箸はここでは普通の箸になる。

 

無季。旅体。

 

十一句目

 

   旅から物のあたるしらがゆ

 麻衣を馬にも着する木曽の谷   芭蕉

 (麻衣を馬にも着する木曽の谷旅から物のあたるしらがゆ)

 

 木曽谷は風が冷たく、馬も麻衣を着る。旅人も腹を冷やして白粥を食べる。

 

無季。旅体。「麻衣」は衣裳。「馬」は獣類。「木曽の谷」は名所、山類。

 

十二句目

 

   麻衣を馬にも着する木曽の谷

 中稲のあれを悔る風年      岱水

 (麻衣を馬にも着する木曽の谷中稲のあれを悔る風年)

 

 中稲は「なかて」で早稲(わせ)と晩稲(おくて)の間。

 台風の当たり年で、早稲なら収穫できたが今年は中稲にしていて壊滅的な被害が出た。

 

季語は「中稲」で秋。

 

十三句目

 

   中稲のあれを悔る風年

 どこもかもまばらにもりて月すごく 杉風

 (どこもかもまばらにもりて月すごく中稲のあれを悔る風年)

 

 ここで芭蕉に代わって杉風が登場し、岱水と杉風の両吟になる。

 月の光がどこもかしこもまばらに漏れ入ってくる。台風で屋根も大きな被害を受けたのであろう。

 

季語は「月」で秋、夜分、天象。

 

十四句目

 

   どこもかもまばらにもりて月すごく

 つくねて置し網の露けさ     岱水

 (どこもかもまばらにもりて月すごくつくねて置し網の露けさ)

 

 「つくねる」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「捏」の解説」に、

 

 「① いくつかのものを合わせて一つにする。つかねる。まとめる。

  ※玉塵抄(1563)一〇「孟光がかざらいでかみを一つにつくねてゆうたぞ」

  ② 手でこねてまるめ固める。手でこねて作る。

  ※玉塵抄(1563)一「つくねて小まるうして土をつくねたやうにしてそれを用次第につかうたぞ」

  ③ 雑然と積みあげる。押し重ねる。

  ※妻(1908‐09)〈田山花袋〉二〇「衣裳がぬいだままに畳まずに座敷の一隅につくねてある」」

 

とある。①か③だが、③は近代の意味か。

 前句を漁村とし、漁網が畳んでまとめられている。網だから月はまばらに漁網の中に差し込み、露をきらめかせている。

 

季語は「露けさ」で秋、降物。

 

十五句目

 

   つくねて置し網の露けさ

 造られて村を呼るる寺の酒    杉風

 (造られて村を呼るる寺の酒つくねて置し網の露けさ)

 

 お酒は古くはお寺で作られていた。正暦寺の奈良諸白は有名で、清酒の技術の元となった。

 漁村のお寺でも作っていたのだろう。新酒ができると村人に触れて回る。

 

季語は「造られて‥酒」で秋。「村」は居所。

 

十六句目

 

   造られて村を呼るる寺の酒

 わけておとなにつよき疱瘡    岱水

 (造られて村を呼るる寺の酒わけておとなにつよき疱瘡)

 

 疱瘡は天然痘のことで、大人が感染すると重症化しやすい。

 かつては子供の天然痘が治ると酒湯(ささゆ)をする習慣があった。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「酒湯・笹湯」の解説」に、

 

 「〘名〙 江戸時代、小児の疱瘡(ほうそう)が治ったときに浴びせる、酒をまぜた湯。また、その湯に浴すること。一説に、米のとぎ汁に酒をまぜ、赤手ぬぐいにひたしてぬぐったとも、笹の枝葉をひたしてふりかけたともいう。さかゆ。

  ※談義本・八景聞取法問(1754)一「笹湯(ササユ)の日には、むせうに目出度がって」

 

とある。

 

無季。「おとな」は人倫。

 

十七句目

 

   わけておとなにつよき疱瘡

 初花の沙汰なき春は寒越て    杉風

 (初花の沙汰なき春は寒越てわけておとなにつよき疱瘡)

 

 「寒越(こえ)」てが二十四節季の大寒小寒を越えて立春を迎える頃だとすると、初花は一年で最初に咲く花ということで、桜ではないが正花という扱いになる。

 寒い冬でなかなか正月過ぎても花が咲かないということだろう。前句の疱瘡の流行に加えての不幸つながりになる。

 

季語は「春」で春。「初花」も春、植物、木類。

 

十八句目

 

   初花の沙汰なき春は寒越て

 伊賀路長閑に山の裏見る     岱水

 (初花の沙汰なき春は寒越て伊賀路長閑に山の裏見る)

 

 前句の「寒越て」を伊賀路の峠を越えることと掛けて用いる。峠を越えると今まで見ていた山を裏側から見ることになる。峠を越えるとともに寒さも峠を越えて、長閑な春の道となる。

 伊賀路は津と伊賀上野を結ぶ伊賀街道のことであろう。途中に長野峠がある。

 

 初しぐれ猿も小蓑をほしげ也   芭蕉

 

の句が生まれたのもこの道であろう。

 

季語は「長閑」で春。「山」は山類。

二表

十九句目

 

   伊賀路長閑に山の裏見る

 美き中に主人に隙をやり     岱水

 (美き中に主人に隙をやり伊賀路長閑に山の裏見る)

 

 中は仲のことか。美しい仲を妬んで主人の方を首にする。前句の「裏見る」が「恨み」と掛詞になる。

 隙(ひま)は休暇の意味と首の意味がある。英語のfreeにも似ている。

 

無季。恋。「主人」は人倫。

 

二十句目

 

   美き中に主人に隙をやり

 小き銀で鮑買はする       杉風

 (美き中に主人に隙をやり小き銀で鮑買はする)

 

 銀はここでは「かね」と読む。一分銀は江戸末期なので、ここで小さき銀というのは豆板銀であろう。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「豆板銀」の解説」に、

 

 「〘名〙 江戸時代通用の小形銀貨。小さな豆形のもの。目方不定で、大形でなまこ形の「丁銀」の補助として、ともに秤量して使われた。品位はその製造年代によって異なり、最良の慶長豆板銀の千分中八〇〇から、最低位の安政豆板銀の千分中一三〇まで一一種を発行。小玉銀。粒銀。豆板。豆銀。小豆粒。〔貨幣秘録(1843)〕」

 

とある。

 前句の隙を休暇とし、豆板銀を与えて鮑を買いに行かせる。鮑はその形状からセクシャルな意味を持っている。

 

無季。

 

二十一句目

 

   小き銀で鮑買はする

 塀越に屋敷を覗く糀町      岱水

 (塀越に屋敷を覗く糀町小き銀で鮑買はする)

 

 糀町は麹町で江戸城西の半蔵門から四谷に至る甲州街道沿いの地域をいう。大名や旗本の屋敷が多く、それを相手にする商人なども住んでいた。

 前句の「小き銀」から大名旗本の買い物とし、立派な塀が並ぶ麹町を付ける。

 

無季。「屋敷」は居所。

 

二十二句目

 

   塀越に屋敷を覗く糀町

 弓矢に扇付て押立        杉風

 (塀越に屋敷を覗く糀町弓矢に扇付て押立)

 

 弓矢に扇は上棟式の時に屋根の上に立てる。梁(うつばり)に弓矢を取り付けることもある。

 塀の向こうを覗いたら上棟式をやっていた。

 元禄の頃までは改易が多く、屋敷の持ち主が変わることも多かったのだろう。

 

無季。

 

二十三句目

 

   弓矢に扇付て押立

 われるほど此六月は照つめて   岱水

 (われるほど此六月は照つめて弓矢に扇付て押立)

 

 普請は天気の良い時に行うのが良いが、暑すぎるのも困ったのものだ。

 

季語は「六月」で夏。

 

二十四句目

 

   われるほど此六月は照つめて

 しばらく乞食止られし僧     杉風

 (われるほど此六月は照つめてしばらく乞食止られし僧)

 

 暑さにばてて托鉢をやめるが、それでも僧は食ってゆける。飯を持ってきてくれる人がいるのだろう。

 

無季。釈教。「僧」は人倫。

 

二十五句目

 

   しばらく乞食止られし僧

 覚えある家の道具もさびくさり  岱水

 (覚えある家の道具もさびくさりしばらく乞食止られし僧)

 

 そういえばあの僧、最近托鉢に来ないなというので家を覗いてみると、生活している気配がない。まさか‥。

 

無季。「家」は居所。

 

二十六句目

 

   覚えある家の道具もさびくさり

 若生に生ル柚ズのおほきさ    杉風

 (覚えある家の道具もさびくさり若生に生ル柚ズのおほきさ)

 

 若生(わかばえ)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「若生」の解説」に、

 

 「① あらたに生え出た芽。若芽。わかだち。ひこばえ。

  ※栄花(1028‐92頃)若ばえ「年を経て待ちつる松のわかばえに嬉しくあへる春のみどり子」

  ② (比喩的に) おさない子。幼児。

  ※評判記・難波立聞昔語(1686)松本兵蔵「今年此君名左の若(ワカ)はへなりとて㒵(かほ)みせはやくも御げんなり参らせたく候」

  ③ 若いこと。元気であること。

  ※古活字本毛詩抄(17C前)三「沃君と云は潤沢貌わかはへの潤いのある体ぞ」

 

とある。

 前句を空き家とし、前の住人の植えた柚子に新芽が出て大きな実をつけているが、取る人もいない。

 

季語は「柚子」で秋。

 

二十七句目

 

   若生に生ル柚ズのおほきさ

 山下のたばこも揃ふ宵の月    岱水

 (山下のたばこも揃ふ宵の月若生に生ル柚ズのおほきさ)

 

 貞享四年の「京までは」の巻十五句目に、

 

   身に瘡出て秋は寝苦し

 釣簾の外にたばこのたたむ月の前 安信

 

の句がある。「揃ふ」と「たたむ」は同じ作業ではないかと思う。

 たばこと塩の博物館のホームページによると、江戸時代の刻み煙草を作るには以下の工程があったという。

 

 「1 解包 産地から届いた葉たばこの荷をほどく。

  2 砂掃き 葉たばこに付いている土砂やちりを小ぼうきで一枚ずつ掃き落とす。

  3 除骨 葉たばこの真中に通っている太い葉脈(中骨)を取り除く。

  4 葉組み いろいろな種類の葉を組み合わせながら重ねる。(ブレンド)

  5 巻き葉 葉組みした積み葉を刻みやすく折りたたんで巻く。

  6 押え 「責め台」で巻き葉を押えてくせをつける。

  7 細刻み 巻き葉を切り台にのせ、押え板で押えながら刻む。

  8 計量 注文に応じて適当な分量に計る。」

 

 煙草をたたむ・揃ふというのは5の工程であろう。

 山下は煙草がお寺で栽培することが多かったので、お寺のある山の下ということであろう。

 

季語は「月」で秋、夜分、天象。「山下」は山類。

 

二十八句目

 

   山下のたばこも揃ふ宵の月

 夏過てから塩に事かく      杉風

 (山下のたばこも揃ふ宵の月夏過てから塩に事かく)

 

 山の方だと塩が不足しやすい。夏はただでさえ汗をかいて塩分を消費する。

 

季語は「夏過て」で秋。

 

二十九句目

 

   夏過てから塩に事かく

 背戸門へ出るなと年を恥しめて  岱水

 (背戸門へ出るなと年を恥しめて夏過てから塩に事かく)

 

 年取ってボケてきたので、裏口に商人がやってきても出ないようにと言われていたが、塩売も来なくなった。

 

無季。「背戸門」は居所。

 

三十句目

 

   背戸門へ出るなと年を恥しめて

 掃寄せて来る盆の初雪      杉風

 (背戸門へ出るなと年を恥しめて掃寄せて来る盆の初雪)

 

 前句の「門へ出るな」を雪のせいとする。家に籠って、吹き込んだ雪を盆に拾って捨てる。

 

季語は「初雪」で冬、降物。

二裏

三十一句目

 

   掃寄せて来る盆の初雪

 一枚に吹まくつたる星の空    杉風

 (一枚に吹まくつたる星の空掃寄せて来る盆の初雪)

 

 「一枚」にルビはないがこの場合は「ひとひら」か。

 時雨が雪になったようなもので、ひとひらさっと雪が舞ったかと思うと、すぐに星のまたたく夜になる。

 

無季。「星」は夜分、天象。

 

三十二句目

 

   一枚に吹まくつたる星の空

 目堅きものが聟の気ニ入     岱水

 (一枚に吹まくつたる星の空目堅きものが聟の気ニ入)

 

 コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「目が堅い」の解説」に、

 

 「夜が更(ふ)けても眠くならない。

  ※浄瑠璃・栬狩剣本地(1714)三「おとなし様にお目がかたい、少お休あそばせ」

 

とある。働き者の女房ということか。前句の夜の空に夜更けまで働く女房を付ける。

 

無季。恋。「聟」は人倫。

 

三十三句目

 

   目堅きものが聟の気ニ入

 五六度も隣へわせしお侍     杉風

 (五六度も隣へわせしお侍目堅きものが聟の気ニ入)

 

 「わせし」は「おわせし」でいらっしゃったということ。韓国語の왔어요とは関係ない。

 婿のお気に入りを隣りに来る侍とする。

 

無季。「お侍」は人倫。

 

三十四句目

 

   五六度も隣へわせしお侍

 とりかへて置練薬の代      岱水

 (五六度も隣へわせしお侍とりかへて置練薬の代)

 

 練薬はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「練薬・煉薬」の解説」に、

 

 「① 薬剤を蜂蜜、水飴などでねり合わせて作った薬。ねりやく。〔運歩色葉(1548)〕

  ② 練って作った外用薬。

  ※随筆・耳嚢(1784‐1814)五「付薬は練薬にて竜脳等を加へ香気至て強き薬にて」

  ※土(1910)〈長塚節〉二七「白い練薬(ネリグスリ)」

 

とある。

 練薬が合わないのか何度も取り換えに来る。

 

無季。

 

三十五句目

 

   とりかへて置練薬の代

 よいなりを袴で見せぬ花盛    杉風

 (よいなりを袴で見せぬ花盛とりかへて置練薬の代)

 

 羽織袴は正装なので、「よいなり」と言えよう。練薬の代も気前よく払ってくれるのだろう。

 

季語は「花盛」で春、植物、木類。「袴」は衣裳。

 

挙句

 

   よいなりを袴で見せぬ花盛

 結び残りの句を慕ふ春      杉風

 (よいなりを袴で見せぬ花盛結び残りの句を慕ふ春)

 

 岱水の番だが岱水が大先輩の杉風に譲ったのだろう。

 挙句を岱水が結び残したが、岱水の挙句が聞きたかったということで、「慕う」となる。

 

季語は「春」で春。