ゆきゆき亭日乗2005

12月20日

 TVドラマの「1リットルの涙」が終わった。最初の頃はゆきちゃんと重ね合わせて、「病気はなぜゆきを選んだの?ゆきはまだ二十歳なのに」なんて言っていた。でも、ゆきちゃんと重ね合わせてわかったのは、結局早い遅いの違いはあっても、いずれは誰でも老化という不治の病で次第に体が動かなくなり、最後は死んでゆくということだ。ただ、それがあまりにゆっくりと訪れるため、そうなる前にいつの間にか、夢だとか無限の可能性だとかいうことを考えなくなってしまうから、結局他人事になってしまうのだろう。

 だから、このドラマを見て涙するのではなく、1リットルの涙はもっと自分のために流すべきなのかもしれない。やがて年を取って死んでゆく。それを運命なんて言葉で片づけるのではなく、最後までこの不条理に抵抗し続けなくてはならない。

12月4日

 ゆきちゃんが死んだ日のその朝のきれぎれの夢に、緑の丘の上に白い大きな塔が建っているのを見た。それが何を意味するのかは、その時はわからなかった。

 そのあと、老猫会では十日間訃報がなく、その間をゆきちゃんがトップページを独占していた。いつのまにか、ゆきちゃんが魔法の杖をぶんぶん振り回し、後から来ようとする老猫を追い払っているという話になっていた。ゆきちゃんはあの世へと渡る虹の橋の手前に塔を作り、そこでドラゴンボールのカリン様のような猫仙人になっていたのだろうか。

 今日、ゆきちゃんの霊前に飾るガラスのクリスマスツリーを買った。それとともに、ホームページもクリスマスバージョンに変えた。

11月28日

 ゆきちゃんが死んでから一週間が経過した。今でもゆきちゃんの最期の姿は目に焼きついているし、朝早く目が覚めては、あまりにも静か過ぎて、「ゆきちゃん、何で来てくれないの」と思っては胸が痛む。

 仕事は相変わらず忙しいが、忙しさに紛れて忘れようという気にはなれない。忘れてはいけない、すべてを受け止めなくてはいけないし、それができないなら、もう人間として終わりだろう。飼っていた猫が死んでから人が変わったようになる人がいる。悲しみや喪失感を正面から受け止めようとせず、忘れることだけを考える人は、結局人間として本当に大切なものを忘れてしまうのだろう。

 人は少なからず、「何のために」という「ための連関」の中で生きている。愛するものを失えば人生が何のためなのか見失うのは普通の事で、この喪失感に負けて、最初から何のためでもなかったなんて観念に取り付かれてしまえば、人生は何の意味のないものとなる。

11月21日

 ゆきちゃんは夜中にふたたび嘔吐し、そして「あー」と小さく一声上げると、そのまま動かなくなった。わずかな間の出来事で、それだけ苦しみも少なかっただろう。頭が半分眠っていたのか、すぐに事態を受け入れることができず、本当に悲しみがこみ上げてきたのは朝になってからだった。

11月20日

 あの後、ゆきちゃんはしばらく異常に食べたがり、ワーワー鳴くは、ゴミ漁りをしようとするらや、テーブルの上の食べ物を取ろうとするやら、椅子の上にもぴょんと飛び乗って、ご飯の皿のほうを見下ろしたり、なにやら若い頃のゆきちゃんに戻ったようだった。

 11月17日の夜に、ふたたび下痢気味になり、便にやや赤いものが混じっているのも気になった。

 それが11月18日の朝未明に、たいした量ではなかったが嘔吐して、その後、急に今度はぐったりしたようにおとなしくなった。声もオンワーではなく、小さくウウンというだけになって、今でもその状態が続いている。ご飯もほとんど食べていない。思えば、あの日は急に寒くなった。

11月9日

 ゆきちゃんは断食明け。でもまだたくさんは食べさせられない。泣かないで~。

 河童文学館は、俺の初めて連句らしい連句に参加するきっかけをくれたサイトで、句を付けるのは楽しかったが、現代連句のいろいろな問題点に触れ、いらいらしたり、硯水さんには結構露骨に不満をぶちまけたり、相当失礼なことも言ったりした。そろそろ自分の道を行かねばならないときが来たのだろう。

 

    風を待つかに芒さ揺らぐ    硯水

 飛び立ったあとの行方を思わずに   こやん

11月8日

 ゆきちゃんの便が柔らかく、下痢気味なので、脱水状態を防ぐために、しばし断食ということになった。泣かないで~。

 駅前にクリスマスツリーが立っていた。去年、「霜月やフライング気味のクリスマス」と書いた日よりも四日も早い。一体どこまで早くなるやら。

 河童文学館に

 

    汐の香に夕月ほのと浮かぶらん

 風を待つかに芒さ揺らぐ         こやん

 

なんて句が載っていたが、俺がこんな年寄り臭い句を詠むはずはない。何かの間違いだろう。

11月7日

 パリは燃えている。ひょっとして五月革命以来のことか。世界は刻一刻と変わってゆく。日本も取り残されないように。

10月30日

 法政二高の学園祭に行った。多分これが最後だろう。Double Flatというバンドは今日で解散ということで、最後は涙ぐんでいた。これから大学へ行き、社会へ出てゆくなかで、楽しいことがもうここでおわってしまうかのような悲壮感で、確かに俺も学生生活が終わり、社会へ出てゆくときには、何かそういうみんな終わってしまうみたいな気持ちになっていたのを思い出した。

 実際、社会に出るといったって、授業を受けている時間が労働時間に変わるだけのことで、確かに時間的にはかなり長くなるが、何が変わるわけでもない。週六十時間以上働いていても、こうやってこんなホームページを作って、世の中にささやかな抵抗をすることはできる。

 仕事はあくまで生きてゆくための手段であって、目的ではない。たとえ音楽が好きでミュージシャンの仕事に就けたとしても、お金のために妥協しなくてはならない場面はたくさんある。本当にやりたいことをと思えば、結局仕事の範囲を超えてしまうものだ。だから、仕事に就くということを、そんなに深刻に考える必要はない。それをあまり重く考えすぎているから、また、社会のほうも重く考えさせすぎているから、ニートが増えてしまうのではないか。

 映画研究部の「時間旅行の季節」や「すずむしのなく頃に」も見た。これだけの映像を作れる人たちが、卒業したらもう終わりというのは、確かにもったいない気がする。「社会に出たら学校で覚えたことは全部忘れろ」だとか、「いつまでも学生気分でいてはいけない」なんてことは言わず、むしろ学校と社会との間のギャップをなくしてゆくということも必要なのではないか。

10月22日

 少し前から、a fluterさんからメールが来て、メールのやり取りで連句をやっているうちに、ついに歌仙一巻が完成した。アイルランドのパブやヒマラヤ登山、トローリングの話など、面白い話を聞きながら、本来連句というのは、こういう風に楽しく話をしながら進めるもんなんだろうと思い、少し古人の心に近づけた気がした。

10月16日

 『第5回 ネコの肖像画館 原画展』に行った。ゆきちゃんの肖像画も参加した展覧会だが、最終日にやっと行くことができた。お局様とanjyulittleさん、YUKIさんに会えた。葛西のご隠居様も去年と変わらず、元気だった。

10月13日

 テレビでニートの問題を扱っていたが、どれもこれもピンとはずれ。ニート対策の特効薬は、たとえば50歳定年制を導入し、それ以上の高齢者の労働を週40時間以内に制限するなど、高齢者の労働を抑制し、若者の雇用条件を改善する以外にはありえない。

 親が仕事をやめざるを得なくなれば、若者は必然的に働かざるを得なくなるし、企業も若者を積極的に雇用せざるを得なくなる。そうなれば、企業も若者中心に動くようになり、若者が居つきやすい環境ができる。問題は高齢者が職場に居座り、職場が高齢者中心になって、若者が力を発揮する機会が奪われていることだ。

 若者にごみ拾いのボランティアをさせている映像があったが、ボランティアはむしろ高齢者に任せるべきであり、いい若い者はバリバリ稼がせるべきだ。

 江戸時代では、40過ぎれば立派な初老であり、ご隠居さんになったものだ。その代わり、若者は15で元服して働いた。ニート対策は隠居制の復活に尽きる。

10月10日

 二日間雨が続いて、ほとんど何もせずにすごした。

 きづきあきらという漫画家がいるが、オタク文化というと、世間では単に美少女キャラ(萌えキャラ)を消費しているだけのイメージもあるが、好きならばこそちゃんと考えている部分もあるのだろう。

10月4日

 テレビで「のまネコ」の問題が取り上げられていた。2ちゃんねるの「モナー」というネコのキャラを、エイベックスがネット特有の著作権の曖昧なところに付け込んで、勝手に商標登録を申請してグッズなどを発売しているところが問題なのだが、それに対して、2ちゃんねるにエイベックスの社員を脅迫する書き込みがあったといって、どうも問題がすりかえられている。この種の書き込みは膨大な数の書き込みのほんの一分にすぎず、狂言の可能性もある。2ちゃんねるのイメージダウンを狙って関係者が書き込むということも十分ありうることだ。

 テレビドラマの「電車男」の最終回ではないけど、結局こういう情報というのは、ネットで実際に2ちゃんねるを読んでいる人と、はなから読もうとしない人とでの間では、大きな認識の開きがあるものだ。問題の本質を正しく理解したいと思う人は、まず2ちゃんねるを読んでみることだろう。また、ネットの普及によって著作権の概念は大きく変化しているが、それに対応できない法律にも問題がある。

10月2日

 横浜トリエンナーレを見に行った。前回ほどの派手さはなく、倉庫を利用した会場での手作り感覚で、観客参加型の展示が目立った。前回のトリエンナーレで浪費しすぎた分の付けなのか。とはいえ、やはりこれだけ一度にいろいろな人の作品が並ぶと、飽きさせない。こういう面白れーことする奴等がもっとたくさんいたら、世界はもっと楽しいだろうな。

10月1日

 このサイトもついに二周年で、そろそろ曲がり角なのかもしれない。何か今までとは違ったことをやってみたい。

9月26日

 昨日の話だが、ゆきちゃんの到着20周年のお祝いをした。ゆきちゃんはフライドチキンを少し食べた。最近また食が細く、膝の上でお漏らしをする。

 まだやってたのかという感じだが、ロマサガのジャミル編をクリアした。メンバーはジャミル、ダウド、ミリアム、アルドラ、フリーレ。

9月20日

 ただでさえ石油が高騰している折、掘って採算の合う石油や天然ガスがあるのなら、それを掘らないという法はない。東シナ海の油田・ガス田も、日本側に掘る意志がないなら中国が掘るのは当然のことで、足の引っ張りあいをして、せっかくの資源を無駄にするという法はない。

9月18日

 今日は名月。夕飯に目玉焼きの乗った月見ハンバーグと、「芋名月」ということでジャガイモのニョッキを作って、月見団子に見立てた。

9月12日

 今回の選挙は、長年続いてきた官僚政治に対する不満が、郵政民営化という象徴の下に爆発したという感じだった。これまでの多くの改革が、官僚と族議員の連合軍によって骨抜きにされたり潰されたりしてきた、その歴史を終わらせるきっかけになるなら、今回の自民圧勝も十分意義のあったということになるだろう。少なくとも、この過程を経なければ、仮に民主党が政権をとってどんな改革を行なおうとも、結局潰されるだけだからだ。

 郵政問題で、自民党からは造反者が出たが、民主党からは出なかった。自民党は総裁を選ぶのに選挙をいとわないが、民主党はこの期に及んで次期総裁候補を一本化しようとしている。結局今回の選挙で、民主党の体質が意外に古いということが暴露されてしまった。同じ郵政民営化に反対するのでも、共産党の主張は正論で説得力があるが、岩國哲人の「過去郵政民営化しようとした国はみんな失敗しているし、アメリカも郵政民営化を断念している」という主張は、いかにも官僚臭い前例主義の匂いがする。これからの時代、全員一致主義や前例主義では駄目だということに早く気付くべきだろう。そうでないとかつての社会党のように、やがて時代の流れに流され、消えてゆくことになるだろう。

 今回の選挙は「改革」の勝利であって、必ずしも自民党の勝利ではない。江田けんじの当選がそれを象徴している。民主党が郵政民営化に賛成していたなら、政権交代もありえた。もっとも、その場合、解散はなかっただろうけど。

9月9日

 水曜日頃から、迷惑メールがサーバーに溜まりすぎて、メールが開けなくなり、削除すら出来ない状態になってしまった。もし9/6から9/9までにメールした人がいたらごめんなさい。これというのもすべては、メールについて無知で、十分な対策をしてこなかった私の責任です。また、長いこと使用されてないBBSもそこからメールアドレスが知られる原因となるため、BBSは廃止することに決定しました。

9月7日

 ゆきちゃんは点滴の効果もあって、大分元気になって、とりあえず一安心。

 ホンジュラス戦は二点差を大逆転で、なかなか気持ち良い勝利だった。ニッポンをあきらめない、てのはこういう時に言う言葉だ。

9月3日

 ゆきちゃんの病状も気になるところだが、今日は横浜BLITZへRADWIMPSを見に行った。25曲盛りだくさんのステージだった。メジャーデビューも決まったということで、次からはチケットが取れないかも。とっても楽しそうにライブやっていたので、メジャーになってもいつまでもやるほうも楽しめるライブをやって欲しいな。

9月2日

 ゆきちゃんはおとといから元気がない。おとといの朝失禁していたのが始まりで、獣医さんのところに行って、おしっこを搾り出してもらった。血液検査の数値の方は問題ないが、カリウムが不足して、白血球が多かった。脱水が進んだせいだ。でも、撫でてやると、時々ゴロゴロ言う。

8月28日

 家の朝顔が相変わらずよく咲いている。他所の話だが十月くらいまで咲いているのを見たことがあるし、やっぱり朝顔は本来秋の花なのだろう。子供の頃、夏休みの宿題で、朝顔の観察日記を書かされたりしたから、何となく、朝顔というと夏休み、朝のすがすがしさというイメージがあるけど、昔は秋風に吹かれて昼には萎む哀れな花というイメージだった。

8月20日

 神田神保町に行った。今回見つけたのは、まず竹内千代子編の「『炭俵』連句古註集」で、これは役に立ちそうだ。

    御頭へ菊もらはるるめいわくさ

 娘を堅う人にあはせぬ    芭蕉

の句は、「菊」を「お菊」という娘の名に取り成した句だという。いかにも芭蕉らしい壺を得た笑いだ。でも、幸田露伴のような生真面目な近代文学者には受けないだろうな。

 新刊だが、アンドリュー・ニューバーグ他の「脳はいかにして<神>を見るか」も、結構画期的な研究だと思う。宗教や神秘現象の解明だけでなく、哲学の内的直観を説明するにも役に立ちそうだ。例えば、ハイデッガーの「世界-内-存在」は方向定位連合野の働きとして、「内-存在そのもの」としてのSorge(関心、憂慮)は注意連合野の活動として理解できるし、現存在の非本来性はこうした連合野の働きが外界からの刺激で活性化している状態で、これが現象学的エポケー(保留)によって外界からの刺激が遮断され、不活性化すると現存在の本来性が姿を表す。そのとき、自己と世界との境界が認識困難になり、現在過去未来の識別も困難になり、永遠の今としての「現在」が経験される。そこに「存在そのもの」の意味が「現在性(三人称単数現在の"ist")」として明らかになる。そう考えれば、ハイデッガーの存在論は神秘哲学ではなく、立派な科学となる。

8月13日

 根津美術館の『明代絵画と雪舟』展を見に行った。呂文英の「売貨郎図」の冬の方で、鐘やカスタネットみたいな楽器を売っている絵だったが、後ろにさりげなく徽宗皇帝の猫が描かれていた。これは隠しキャラか。額に丸い斑があり、尻尾も黒く、間違いない。

8月7日

 今日の新聞に連句のことが載っていた。知識や経験の蓄積が役に立つというだけでなく、頭を柔らかくするという意味でも、今の新しいことに興味が行くようになるという点でもシニアにはお勧めだろう。

 ただ、江戸時代から変わらないことではあるが、付きすぎを恐れて付かない句が多くなるという傾向は、新聞に載っていた連句でも同じだった。たとえば、

    お遍路の鈴遠ざかる峠道

 大河アマゾン流れうねうね

のような句は、お遍路さんに何でアマゾン川なのか意味不明だし、そのあとの、

    大河アマゾン流れうねうね

 屋根瓦修理日当二万円

の句も、ブラジルで日当二万円は破格だろう。四万十川あたりにでもしておけばよかったのに、奇をてらってアマゾン川などを出すから、わけがわからなくなってしまう。私の参加している河童文学館では、こんなレベルの句はない。

8月6日

 三ッ沢へ横浜FC=モンテディオ山形戦を見に行った。試合前の練習の時に例のキング・カズが出てきたが、時折足を引きずって肩を揺らして走るようなところがあり、やはり体調は万全ではなく、フル出場は無理なのか。練習の時パートナーとなったのが小野信義だった。小野信義も横浜FCができた時から司令塔を務め、ハマのファンタジスタと呼ばれてきたが、最近は出番も減り、ずっと応援してきたのだが寂しい限りだ。

 試合は前半からパスがつながらず、ディフェンスもサイドに大きなスペースを作ってしまい、先制されてしまった。再三にわたり横浜FCもサイドからクロスを上げるが、なかなかゴールにはつながらなかった。前半終了間際にようやく城が決めて同点となった。しかし、後半も何度もいい形を作ったが、ゴールにならず、ロスタイムに失点し、負けた。カズは後半25分くらいから出てきたが、時折ドリブルで往年の面影を感じさせる程度だった。カズの11番のTシャツは売れているようだった。

8月3日

 ロマサガのアイシャ編をクリアーした。今までのクリアメンバーは

 *グレイ編:グレイ、ミリアム、ガラハド、クローディア、シフ

  ほとんど幼なじみメンバーで終ってしまった。

 *アルベルト編:アルベルト、ナイトハルト、ラファエル、竜騎士、バーバラ

  結構豪華メンバーになった。

 *アイシャ編:アイシャ、ファラ、シルバー、ディアナ、クローディア

  女の子パーティーにこだわってみた。

7月27日

 BOOK OFFでMOA美術館の図録を見つけた。なかでも「洋人奏楽図屏風」は桃山時代の絵なのに線遠近法やスフマートを使っていて面白い。でも、もっと気になるのは、なぜ明治以降の西洋かぶれの批評家が、この絵を評価しなかったかだ。近代日本画がやろうとしていたことを先にやってしまったのが気に入らなかったのか。この屏風絵自体が何か近代日本画のパロディーのように見える。

7月23日

 今日の地震はテレビでは震度5だといっていたが、ここでは落ちてきたものもなく、震度4くらいだったか。パソコンは振動に弱いというので、思わずノートパソコンを手で持ち上げてしまった。ゆきちゃんはいつものように地震にはほとんど反応せず、平然としていた。

7月21日

 今朝、家の前で、ゆきちゃんとは似ても似つかぬ甲高い声で猫が鳴いていた。まだ若い雉トラで、毛づやはいいからどこかでご飯はもらっているのか。どうやら一日中家のあたりにいたらしく、夜にもまた来た。二メートル以内に近づくと逃げてゆく。

7月15日

 「ドラゴン桜」は、まだ原作を読んでないが、設定や世界観はわかりやすくてよい。確かに人生はそんな複雑なものではない。どんな奇麗事を言っても、結局は生存競争だし、ただ人間の場合は大勢で協力して戦えば一対一での腕力の強さを無効化できることを知ってしまったため、うまく頭を使って多数派工作に成功した人間の勝ちとなる。そうして人は大きな頭脳を進化させた。有限な大地に鼠算式に人口が増えていったのでは共倒れになる。だから必ず誰かを排除し、淘汰させなくてはならない。そこで頭のいい奴が掟を作り、それをもとに裁く。近代社会は技術革新やシステムの改善などで生産力を高めることによって、人類がかつて経験しなかったような豊かさを実現した。しかし、その豊かさも、基本的にはその方法を発案した人と、そこに資金を提供した者(資本家)が優先的に受け取るため、実際には労働者の協力がなければできないにもかかわらず、労働者は仲間はずれにされる。受験は確かに、誰にでも開かれた勝ち組への手段ではあるが、実際は誰もがそこに殺到すれば、それだけ競争が熾烈になるだけなのだが・・・。

 「ドラゴン桜」の後、「ゴースト」のラストの部分を見た。何か、昨日の「電車男」に出てきたパロディーが浮かんでしまう。ところで、あのラスト。お前の行くところは実は天国ではない。復讐のために人を呪い殺す道を選んでしまった以上、あるのは永遠の地獄だけだ。「お逝きなさい。」

7月11日

 アクセスカウンター設置から一年。あと少しで5000というところだが、この中にはほんのちょっとのぞいて帰っちゃった人もいると思うし、怒っちゃった人もいると思うけど、とにかく読んでくれた人にはありがとうを言いたい。ただ書きたいことを書くだけなら、誰でもできることで、結局は世間のニーズに応えるような文章を書けるというのが本当の才能なので、多くの人に読まれてこそ、その文章には価値があるということで、もっと多くの人に読まれるように頑張りたい。

7月9日

 長いこと勝利から見放され、びりから二番目になっていた横浜FC。今日はようやく都合がついて、横浜FC=サガン鳥栖戦を見に行った。三ッ沢に着いたら雨が降り出していて、一番後ろの席で傘をさしながらの観戦となった。

 試合の方は、いつの間にかトゥイードが退場になり、一人少ないなかをよく頑張って、カウンター気味の内田の突破で先制したが、前半ロスタイムで追いつかれてしまった。後半になると雨も激しくなり、それでも二十分頃、今度は城が鋭い飛び出してキーパーと一対一になったところを落ち着いて決めてくれた。しかしそれも守れずに同点となり、後半四十分、ふたたび城の突破で、キーパーをかわしたところ、城の足を引っかけてキーパーが退場。既に三人の交代枠を使っていたサガン鳥栖はキーパーの交代ができず、急遽他の選手をキーパーにしたが、こんなところでPKをはずしてしまい、結局引き分け。

 審判の判定についてはいろいろ不満はあったものの、あまりそれをあげつらっても北朝鮮のサポーターになってしまうので、それは別として、残念だったが結構盛りだくさんないい試合だった。

7月3日

 溝の口へゆきちゃんのなまりぶしを買いに行った。暑い時でもなまりぶしなら何とか食べられるようで、なまりぶしは猫の冷麦なのか。

 ロマサガのアルベルト編をクリアーした。ところで、パーティーにいるはずなのに何でナイトハルトが・・・。

6月26日

 昨日今日と30度を越える暑さで、ゆきちゃんも食欲がなく、じっとしている。昨日は刺身もフライドチキンもNGで、やっとのことでなまりぶしを食べた。

6月24日

 ブラジル人は引き分けでもいいと思ったときには、本当に引き分けてしまうところがあり、危なっかしいように見えても終ってみたら勝ってるような国だから、今回の日本との引き分けも、そんなに喜ぶようなことではない。結果的にブラジルは決勝トーナメントに進み、日本は進めなかったのだから、あれは日本の負けではなかったか。おそらくそのことはジーコ自身が一番よく知っているだろう。

6月19日

 普通に生きるということは、木更津キャッツの映画版でもテーマになっていたけど、普通に生きるというのは、別に平凡に生きるとか人並みに生きるとか、無理に自分を抑えて我慢しながら生きるということではない。RADWINPSの「そこにある」という歌に、

 そんな世の中難しくないよ

 そこにあるべきものがあるだけだ

 僕らは無理に無理なものを生んで

 その後忘れちゃうのが好きなんだ

という詩があったが、案外それが一番難しいのかもしれない。というのも、どこの国の人でも、日常というのは様々な偏った特殊な文化に彩られていて、特殊な世界観、特殊な思想を信じ込まされているからだ。無理に作られた文化は、無理があるから当然時代とともに変化し、忘れ去られてゆく。そして、一番普通のものが結局残ってゆく。芭蕉が「不易」と言ったのも、そういうものなのだろう。いつの時代にも、どこの国でも、文化には普通な部分と変な部分とが共存しているが、普通な部分をしっかり維持して、変なものは笑う。それが俳諧の精神であり、今の日本にもしっかり受け継がれている。それが普通に生きるということではないか。

6月13日

 昨日、ロマサガのグレイ編をクリアーした。最終試練はどこかDQ8の竜神王の試練とかぶる。アルベルト編をスターとさせたら、なるほどそういうことだったのか。昨日書こうと思ってたけど、この頃すぐに眠くなる。

6月11日

 夕方、虹が出ていた。内と外に二本、両方ともきれいにそろっていた。

6月8日

 危なっかしい感じでも、終ってみれば勝っている。選手層も厚くなったし、底力も付き、これがワールドカップ常連国の貫禄だろう。ブラジルだって、いつも危ないと言われながらぎりぎりで予選を通過しているから、ひやひやさせながらも、しっかり勝つというのはブラジル流なのだろう。前回北朝鮮戦の後すぐに、北朝鮮政府は核保有を宣言したが、これで核実験なんてことでなければいいが、爆発するのは北朝鮮代表の核弾頭、キム・ヨンスだけでいい。

6月2日

 まあ、フランス・ワールドカップの予選の時もわざわざ車椅子に乗った姿を公開したイランのストライカーがいたし、韓日ワールドカップ直前の試合でも、腹を抱えて倒れて途中交代になった選手がいたからな。キリンカップの連敗も、手の内を隠し、敵を油断させるためのジーコの秘策。そう信じたい。

5月31日

 ようやく『DEATH NOTE』の6巻を読んだ。あれだけ設定がめちゃくちゃに変わっても、しっかりと読ませる話を作ってしまうあたりは、やはりただものではない。

5月27日

 ロマサガの方はやっと最初のデスティニーストーンを取った。海底神殿から出る時の敵が強くて、八回くらいはコンティニューして、終ったのが午前一時半だった。

 ネットに詩のサイトは多いが、せっかく世界に向かって開かれているインターネットで、あいも変わらず同人誌感覚を引きずって群れてるようなサイトでは、本当に新しいものは生れない。大事なのは普通の感覚だ。

5月20日

 ラジオでRADWIMPSの「へっくしゅん」がかかっていて、何となく気になってRADWIMPS 2を聞いてみた。とにかくボーカルが凄い。

5月16日

 靖国神社の問題というのは、結局は単に故人の名誉の問題というだけで、現実には何一つ国に利益をもたらすものではない。そんなどうでもいいところで突っ張って、肝心な東シナ海の油田開発のような国益に直結する問題は避けて通る。アメリカがイランと戦争を始めて石油が来なくなったらどうするつもりか。日本はいつから生者より死者を大事にする国になったのか。

5月14日

 ロマサガ(グレイ編)で、やっと恐竜の島を出られた。「みね打ち」が結構役に立った。

5月10日

 朝の通勤途中に公園を通っていたら、いきなり後ろからカラスにばさばさと煽られた。突付かれはしなかったが、びっくりして、しばらく固まってしまい、すぐに反撃が出来なかった。一応、睨みつけて、そばにあった木の枝を拾って投げつけてやったが、ちょっと時間がたってからなので、効果があったかどうか。なめられて、次から毎日襲われるなんてことにならなければいいが。

5月8日

 ようやく『鹿島詣』をUPできた。これまでゲームばかりやっていて遊んでいたわけではない。仕事の方も4月29日、30日、5月3日、7日と出勤が続いた中で、頑張ったつもりだ。と言いながら、ロマサガ・ミンストレルソングを買ってしまった。

5月1日

 DQ8の方は、永遠の巨竜も倒し、バトルロードのS級もゴーレム合体で制覇し、もうすることもなくなった。95時間、レベル55。

 中国も平穏だし、北朝鮮もFIFAの制裁を受け入れるのだろうか。観客のない試合なんて、Jリーグ誕生以前では普通だったが、今の選手は慣れてないから、果たしてテンションが上がるのだろうか。

 まあ、中国も北朝鮮も自由にはまだ遠いし、日本だってそれは同じ。この程度の自由で戦後の若者は自由を与えられすぎてなんていうのはチャンチャラおかしい。もっと自由へのゴールを決めてくれ!

4月29日

 DQ8の竜神王の試練を終え(まだ永遠の巨竜が残っているらしいが)、とりあえずエンディングを見た。個人的にはミーティア姫よりゼシカのエンディングがあれば良かったのだが。まだバトルロードのS級制覇も残っている。

4月24日

 今日も暖かく天気も良く、ゆきちゃんは外に出て草を食べていた。

4月23日

 仕事が終わった後、上野へ行った。牡丹園を見てから、国立博物館の常設展を見た。一番の収穫は中林竹溪筆の『月下遊猫図』だった。どう見ても喧嘩してるようにしか見えないが、結構リアルで、おわあああー、しゃーという声が聞こえてきそうな絵だった。一つ突っ込むなら、目が昼間の目だった。近代美術の所にあった平櫛田中作『木によりて』は、つい「山南さん」って思った。 桜は終っても、躑躅、山吹、藤、八重桜などいろいろな花が咲いていた。

4月15日

 帰りがけに駒沢公園を通りかかると、大学サッカーの試合をやっていて、ついつい見てしまった。三点差を大逆転する展開だった。

 軍事独裁政権というのは外の脅威があるため、今は不自由でも我慢しろと言いながら、延々と権力の座に居座るのが常で、中国もまた、いかにも日本がまた攻めてくるみたいに言いながら、民衆を抑圧してきたのだろう。経済的に豊かになり、更なる発展のためには市場の民主化が不可欠なものとなってきて、北京政府への不満が積もり積もっていても、民主化を求めてデモを起こせば軍隊によって鎮圧されてしまう。その意味で、「反日暴動」というのは意外に妙手なのかもしれない。

 反日を掲げている限り、北京政府は下手に軍隊を出せない。出せば、お前らどっちの味方だ、ということになってしまう。しかも、日本がこれに屈して政策を変えれば、北京政府ができなかったことを民衆の手で勝ち取ったことになるし、日本が強硬姿勢をとったとしても、ますます騒ぐ口実ができるし、やはり北京政府の無力さをさらけ出すことになる。どちらにしても北京政府の威信は低下する。

 これがうまくいけば、北朝鮮にも飛び火するかもしれない。たとえば、日本代表が北朝鮮に勝った日に。

4月12日

 DQ8をクリアした。75時間、レベル41。あとは竜神王の試練だ。

4月11日

 考えて見れば、満州を別にすれば中国人は、正常な日本の支配すら経験していない。韓国人にとっての反日は、主に日本の支配下で行われた同化政策(民族固有の言語、氏名などの剥奪、神道の強制など)の屈辱によるものだが、中国人にとって日本というのは、1937年の南京事件以降の完全にモラルの崩壊した旧日本軍にすぎず、突然銃を持って現れた言葉も情も通じないような集団が土足で家の中に押し入ってきて、略奪、強姦、放火、虐殺などを行うという、恐怖体験でしかなかった。例えて言えば、10万人のジェイソンがやって来たようなものだろう。

 手塚治虫の『火の鳥』黎明編で、日本を侵略してきた騎馬民族(この設定は今では年代ものだが)が村の老人や女子供を広場に集め、軍隊がそれを取り囲んで一斉に矢を射かけ、皆殺しにする場面があったが、このての話は、戦争を体験した世代なら、どこかで聞いた話だったのだろう。弓矢を銃に代えれば、そのまま日本が中国でやったことだった。

 恐怖の体験は世代を越えて語り継がれ、なかなかその傷は癒えることはない。日本が再軍備をちらつかせながら威圧的な態度に出れば出るほど、古傷を蒸し返し、とんでもない事態になる。その程度の感情の配慮もできないようなら、まだ常任理事国には遠いと言っていいだろう。

4月9日

 三ツ沢に横浜FC=水戸ホーリーホック戦を見に行った。今年はホームゲームの第一戦を見に行けず、やっと見に行けた。試合は0対0の引き分けだった。戦術が変わったせいか、パスのタイミングが合わなかったり、誰もいないところにパスを出したり、ちぐはぐだった。ロングボールでディフェンスの裏へ通す攻撃が多くなり、これが決まるようになればかなり期待できるだろう。終了間際にホーリーホックの選手がペナルティーエリアでシミュレーションでイエローカードをもらっていたが、勝利への執念は見習いたい。

4月8日

 今日はゆきちゃんの20歳の誕生日。お祝いの様子はゆきちゃんホームページ、「ゆきちゃんのこれが猫だ!!」の方を見てね。

3月31日

 北朝鮮のイラン戦での暴動は、最初は政府が裏でけしかけているのかと思ったが、ひょっとしたら北朝鮮の国民は負けることに慣れてなくて、本当にパニックに陥ったのかもしれない。北朝鮮では厳しい報道管制がしかれ、自分の国が負けた試合については一切知らされてないのだから、純真な愛国者は、自分の国がいつも勝ち続けていると信じている。それが、ある日突然目の前で自分の国の敗北を目にすれば、その状況を受け入れることができず、パニックに陥る。バーレーン戦では何とか審判を提訴することで収めたが、今回はそれも効かないくらいの完敗だったのだろう。

 北朝鮮不敗神話が嘘だったということになれば、それは報道への不信、政府への不信につながりかねない。また、暴動を抑えられなかったということになれば、国家の威信も揺らぐ。日本戦までには何か手を打ってくるだろう。それが何ののかはわからない。

 今日は桜が咲いた。

3月30日

 まさに文字通り一点が「転がり込んだ」という勝利。さすがジーコはサッカーの神様というだけあって、これからはカミカゼ・ジャパンと呼んでもいいのではないか。

 まあ、合理的に考えるなら、あれだけ怒涛の攻めを繰り返し、相手に極限の緊張状態で守らせていれば、一番疲労のかさむ時期に決定的なミスを犯す確率はかなり高くなる。ジーコサッカーの数々の奇跡は、結局終止優勢に攻めているにもかかわらず、なかなか自力で点を取れないというだけのことなのだが。まあ、神風でも何でも、負けるよりは勝った方がいい。

3月26日

 昨日のサッカーは、何か昔のメンバーに戻ったら昔のジーコジャパンに戻ったという感じだった。ヨーロッパ組ベンチスタートで、大黒の先発起用でも良かったのではないか。中盤のパス回しがいくら華麗でも、フォワードとの間が分断されてはどうしようもない。もっと鋭くゴール前に切り込む手はなかったか。

 桜はすっかり蕾が膨らんで、今にも咲きそうだが、今日は開花してなかった。

3月23日

 新聞にあいも変わらずニートの増加のことが書いてあったが、今の日本に必要なのは、人間関係の革命だろう。組織というと結局忠誠心の強要ばかりで、恐怖心を植えつけ、人格を一度破壊するようなことをやって、組織に服従させようとする洗脳まがいのことを相変わらずやっている。「それが人生だ」と言う奴はそろそろ死んで欲しい。日本の将来に有害この上ない。

3月19日

 出光美術館へ「長谷川等伯の美」展を見に行った。「波濤図屏風」は等伯の筆かどうかはわからないものだったが、波の青い色が綺麗で、渦巻く波の曲線がきれいで、本物に近いものだろう。「萩芒図屏風」(長谷川等伯筆)は「小萩原うつろふ露もあすやみむ 宗長」のような萩に託した古人の心が思い浮かぶ。「四季花鳥山水図屏風」(能阿弥筆)もいい。伝雪舟の「四季花鳥山水図屏風」は何だろうという感じで、結局一番長く立ち止まってしまったが、鳥や蓮などが、リアルに描かれているのに対し、竹が大雑把で平面的で、薄っすらと下書きのような植物が描かれていたから、多分未完成なのだろう。竹も輪郭線を引いただけの段階なのだろう。

 そのあと神保町へ行った。中国版の「谢灵运集」(謝霊運集)を買った。千円かそこらだった。

3月12日

 ホリエモンもとりあえず最初は勝訴。企業買収もあまり過ぎれば戦前の五島・堤のような独占財閥ができてうまくないが、適度に行われる分には、かえって無能な経営者を駆逐することで、経済に活気を与える。

 日本の企業は会長・社長以下社員一同、義理人情に基づく忠誠心の強要で、やくざと変わる所がない。ニッポン放送のあの声明文も、結局妻子を人質に取られている社員が書かされたものだろう。だから、若者はフリーターになりたがる。そういうのをぶっ壊してくれるヒーローは、多少手荒な手段を使っても許されるべきだ。

 俺も中学の頃は親が厳しくて、あまりテレビを見せてもらえなかったから、ラジオが友達だった。ニッポン放送といえば欽ドン、怪人二十面相、鶴光のオールナイトニッポン、好きな番組がたくさんあった。カメブチ・アンコーといった60年代のスターは、もう最後の残光という感じだったね。それが今は、♪何も聞こえない~、何も聞かせてはくれない~。仕事柄、車でラジオを聴くが、FM横浜固定。ホリエモンの力でもう一度ニッポン放送が面白くなるなら、聞いてみたいものだ。

 株主の利益のためだけでなく、リスナーの利益のためにも、今回の判決は支持したい。

3月9日

 昔読んだ漫画に、年老いた紙芝居師がいまわのきわに、「いくらテレビができたって、子供の好きなものは変わらねえ」という場面があったが、今の日枝会長もそんな心境か。頑固一徹もいいが、時の流れと戦って勝った人間はいない。フジサンケイグループも、80年代の「面白くなければテレビじゃない」といってた頃が頂点か。ホリエモンを追っ払うことに成功したとしても、いつかはソニーのように外人さんにお願いということになるのだろう。

 人間年を取ると、過去のつらいことを忘れ、記憶の中で過去が極度に美化されてしまうため、古いものはこの上なく輝いていて、新しいものはどれもこれも世も末に見えてしまうもので、ただひたすら古き良きものを新しい邪悪なものから守る戦いに、残った最後の命を賭けてしまうものだ。新しいものと戦うのが自明のものと思っているお年寄りには、新しいものを取り入れるという発想自体が、宇宙人を見るような奇異なものに映り、気が狂っているとしか思えないのだろう。「考え方が違う」というのは、そういうお年寄りのお決まりの台詞だ。

 特に、終身雇用の時代を生きた人たちというのは、大学を出てしまうとエスカレーター式の人生で、これといって新しいものを学ぶ必要もなかったから、いくら一流大学を出ていても、40年も50年も前の認識のままだから、会話そのものが成立しにくい。子供の学力を心配する前に、有権者の過半数以上を占める老人の学力の向上を何とかしないと、本当に日本は世界の時代遅れになってしまう。ゲーム脳などというトンデモ本をすぐ本気にしてしまうような老人が、いつインターネット規制なんてことを言い出しやしないか、ここは北朝鮮じゃないんだぞ。

 「お前もそろそろこっちへ来い」という声が聞こえてくるが、まだまだ行かないよー。

3月4日

 雪が降るといろいろ仕事の心配はあるが、通勤中に都内の公園を横切り、雪の積もった紅梅を見ると、何か得した気分になる。

2月27日

 二子玉川に行ったらモリゾウとキッコロの着ぐるみがいた。溝の口で、DQ8を買った。FFシリーズとの一体化が進んでいる。

2月23日

 春一番の吹いた今日は、月も満月で、朧というほど霞んでもいないが、すきっと冴え渡るほどでもなく、やはり春の月だった。暖かさもあって、何となく見とれながら歩いた。行けばかかる枝もそれぞれに朧月。

2月19日

 今朝は雪がうっすらと積もっていた。一日寒かった。

 アメリカの石油メジャーがかつてない業績を上げたという。イラク戦争と石油価格の高騰、そして次が北朝鮮でなくイランだというのも、何を狙っているのかは明らかだ。

 死刑制度の支持率が今までになく高くなったのは、ある意味で日本が平和だからで、誰も自分が死刑になるなんてことは思っていない。貧しくて、生きるためには何でもやらなくてはならない時代には、誰しもいつ自分が犯罪へと追い込まれてもおかしくなかった。今は、生きるために人を殺す人は皆無といっていい。ごく一部の性格異常者だけが殺人を犯し、殺人そのものが珍しいから、マスコミも大騒ぎをする。やっぱり日本は平和だ。それは悪いことではない。むしろいいことだ。厳しい死刑制度がありながら、年に何人も死刑になる人がいない。それは理想だと思う。

2月11日

 平和友好ムードになると、それを恐れて急に強硬な態度をとって国内の引き締めを行う。いつものあの国のやり方で、核実験が確認されたわけではないから、本当なのか単なるはったりなのかはわからない。それにしても、今度のはもう三枚目のカードを切ってしまったという感じで、後がないのではないか。

2月10日

 うちの社長が日本─北朝鮮戦を見たというのだから、今回の試合の視聴率は相当なものだろう。サッカーのことを何も知らない年寄りが、「北朝鮮」というのに釣られて、大分見たのではないか。ただ、あの世代の人というのは、結構北朝鮮の選手に、国家のために命がけで戦った昔の自分を投影し、ちゃらちゃらした茶髪の若者には反感を持ってたりして、案外ひそかに北朝鮮を応援してたりして。

2月9日

 今朝の新聞に猫の腎不全の薬の開発が始まると書いてあった。今から五年計画だと、ゆきちゃんには間に合わないが、年取った猫には多い病気なので、猫の寿命がかなり延びるのではないか。

 仕事が終わってから、国立競技場の「KIRINヴァーチャルスタジアム」で、日本─北朝鮮戦を見た。同じような仕事帰りの人たちがたくさん集まって、一万人くらいは入っていたか。後ろには外人の一団もいた。画質も音質も今一つだったが、これだけ人が集まると、嫌がおうにもテンションは上がり、完全に生の試合を見ているように、声を上げたり、立ち上がったり、とにかく楽しかった。試合も最後の最後までもつれて、90分、気を抜ける時間はなかった。とにかく勝った!!!

\(=´∇`=)/

 北朝鮮も技術では負けていても気力では勝っていたし、恥ずかしくない試合をしたと思う。だから、これで粛清だとか10年間国際試合禁止とかいうのはもうやめて欲しい。もしあの選手たちが粛清なんてことになったら、政府は自衛隊を出してでも救出して欲しい。

2月5日

 『DEATH NOTE』の5巻を借りて読んだ。何やら急に設定ががらっと変わってしまい、Lとライトが一緒になって、デスノートを持った悪い奴を探し出すという、勧善懲悪のパターンになり、まったく別のストーリーになっていた。これはきっとジャンプの編集部に、キラからの脅迫があったのだろう。キラの正体は、案外奇麗事だけ言って正義面したがる「世間」という奴なのかもしれない。

2月3日

 今日は節分ということで、豆まきをし、今世間で流行っている、太巻きを食べた。申の方向を向いて食べるというのは、節分がまだ立春ではなく、まだ去年だからなのだろうか。食べている間に願い事をするというので、願い事をしたが、結構食べ終わるのに時間がかかり、たくさん願い事ができたものの、終ってみるとあれを忘れたこれを忘れたになる。

 とにかく、伝統の年中行事を守るには、ただ古い習慣をそのまま守るというのではなく、どうすれば盛り上がるか、いろいろ工夫する必要があるのだろう。

2月1日

 イラクの選挙が終わり、結構高い投票率だったところを見ると、結局、武装蜂起している人たちというのは反米闘争の名を借りているだけで、本音のところはスンニ派とシーア派の内部紛争なのだろう。

1月23日

 一月十七日付で螢の公式ページの日記が更新されているのを見た。一年二ヶ月ぶりの復活。

1月10日

 今日はゆきちゃんの成人式。とはいっても猫の二十歳はあまりに年を取っていて、そんなにはしゃいだりするような雰囲気でもない。ゆきちゃんはカツオを食べて「わうわう」言っていたが、この頃は時々おねしょをする。

1月8日

 テレビで高校サッカーを見ていたが、第二試合はロスタイム3分で星稜が同点に追いつくという稀に見る凄い試合になった。そしてPK。五人目まで蹴って同点でこれからサドンデスになるというときに、この結果をすぐに放送せずに次の番組の終わりまで引っ張れば、みんな否応なしに最後まで見ざるを得ないから数字が取れる。これはおいしい。そう思ったプロデューサーさん。アンタは業界人の鑑だ。海老沢会長も見習うべし。

1月4日

 渋谷のタワーレコードに行った。ワールドミュージックのコーナーを見ていたら、ヒロシのテーマがヒロシの写真入りで紹介されていた。

1月2日

 今日は琴平神社に初詣に行った。二日ということもあって、10時ごろに行ったがまだ駐車場にすぐに入れた。いい天気だった。

1月1日

 いつもの年のように朝八時に起きて、琴平神社に初詣に行こうとしたが、家を出ると、昨日降った雪が凍りつき、駐車場もアイスバーンになった雪に埋もれていたため、チェーンの用意もない車を無理に出すのはやめ、午後からにしようと思ったが、結局面倒になって、今日は初詣に行かなかった。

 ゆきちゃんは朝から刺身を食べた。