現代語訳『源氏物語』

29藤袴

 玉鬘は(ないし)(のかみ)として宮仕えすることを方々から促されたものの、いかにせん親と思ってた人すら信用できない状態では、それこそ宮中の交わりの中で想定外のことが起きても頼れる人もいない状態です。

 

 中宮側女御側双方に気を使っておかないと、とてもじゃないがここにはいられません。

 

 とにかく出自からして置かれている立場があまりに脆弱なうえに、今やどちらの大臣からも放り出されたようなもので、ただでさえ軽く見られて何を言われるか分かったもんではありません。

 

 ひとたび嘲笑の的にでもなれば、呪いの言葉を投げかける人もたくさんいると思うと不安になるばかりで、なまじこうした複雑な事情を理解できる年であるだけに、こうして人知れずに一人で悩みを背負い込んでしまうのでした。

 

 六条院に留まっていればそういう複雑な人間関係からは逃れられるものの、こちらの大臣が盛んに言い寄ってくるのもうざいし不快だし、出仕を口実にしてでもここを離れなければ、既に源氏の女になってるかのように噂する世間の誤解も解くことができません。

 

 実の父の方の大臣もとっくに源氏の女だと思っているので、自分のもとに引き取ってきっぱりと源氏の元から引き離すようなこともしません。

 

 宮中に出るにしてもここに留まるにせよ穏やかではないし、スキャンダルまみれになると思うと、かえって実の親に知らせた後の方が、源氏の大臣も人目を憚らずに大胆に迫ってくるようになって、人知れず悩むしかない玉鬘でした。

 

 こうした悩みを、全部とは言わずもほんの少しでも話せるような母親もいません。

 

 どちらも今を時めく大臣様で、そのご立派な姿に誰もが委縮している状態では、何が起きているのかあれこれ説明しようにも理解が得られそうにありません。

 

 こういうのが本当に自分だけなんだと思い、ぼんやりと眺める夕暮の空の悲し気な景色を縁側のすぐそばまで出てきて眺めている様子は、健気にも美しくてたまりませんね。

 

   *

 

 宮様はあれからすぐに亡くなられて、もう既に久しくなる頃のことです。

 

 薄い灰色の喪服も既に体になじむくらいに柔らかくなって、その通常とは違う色の衣も玉鬘の輝くような華やかな美貌にあっては際立って美しく見えて、お付きの人達もにこにこして見ていると、宰相となった中将が同じ色の今少し濃い直衣姿で、本来なら冠の後に長く垂らす(えい)を喪に服すために巻き上げた姿もまた、みずみずしい若さに溢れてました。

 

 会った時から兄として誠心誠意面倒を見てきたので、警戒されて会わせないようにされるということも今までなかったし、今になって兄弟ではなかったということで急に遠ざけるのも変だということで、御簾や几帳を隔てながらも女房を通さずに直接会話することが出来ました。

 

 内裏からの連絡もまた、源氏の殿が手紙を書いて、この君》を通じてやり取りするようになりました。

 

 返事も源氏の殿の方へ、あくまで穏やかに、不快にさせないようにさらっと流すような心遣いなど好感が持てるもので、あの台風の日の朝顔のことが気にかかってキュンとなる気持ちを今までは抑えていたものの、兄弟ではないと知ってからは邪まな気持ちも生じてきます。

 

 「宮使いをしたところで親父はあきらめるとは思えない。

 それにこれだけ魅力的な人だったら、宮中へ行っても御門の寵愛を受けたら受けたで、いろいろ厄介ごとが必ず起こるだろうな。」

と思うと、このままではいられず、溢れる気持ちで胸がいっぱいになりながらも、素知らぬふうに真面目くさった顔をして、

 「誰にも聞かれないようにと言われた伝言があるんですが、いかがなされますか?」

とそれっぽいことを仄めかすと、近くに控えていた女房達も少し後ろに下がって、御几帳の後に横を向いて座りました。

 

 嘘の伝言をそれっぽくいろいろ作っては、懇切丁寧に聞かせます。

 

 御門(みかど)の思い入れがただならないため注意するように、といった内容です。

 

 何も言わずにただ溜息ついてる様子を密かに可愛くてそそられるなと思いつつ、つい我慢できず、

 「祖母の喪の方も今月明けることになってますが、その日は吉日ではございません。

 それより前の十三日に河原で喪明けの大祓いを行うとの仰せです。

 わたくしも同行しなくてはと思っております。」

 

 「同行して頂く程のことでもないように思えます。

 内密にすべきことなのでしょ。」

 

 内大臣の娘だということで内大臣の母の喪に服していることに関して、あまり周囲に吹聴しないようにと、十二分に配慮されていました。

 

 「そうやって世間に知られないように隠していることが残念なんです。

 私にとってはかけがえのない人なので、本来なら母方の祖父なので三ヶ月の所を今もこうして喪服を脱ぎ捨ててしまうことが、とにかく辛くて辛くて。

 その喪服の色を見なかったのでしたら、同じ父を持つ兄弟だとばかり思った所でしょう。」

 

 「祖母のことは私は全く知りませんでしたし、何の記憶もないのですが、この喪服の色はそれだけで悲しくなるものですね。」

と、いつもよりも神妙な面持ちで、それがまた可愛くてたまりません。

 

 この機に乗じてと思ったのか、藤袴の花が奇麗に咲いているのを持って来て、御簾の端より差し入れ、

 「この薄紫の花を見ていただくのにも理由があります。」

と言って、すぐに放すことなくそのまま持っていると、それに気づかずに受け取ろうとしたその袖を掴んで引き寄せてます。

 

 「同じ野の露に萎れた藤袴

    ほんの少しでも愛をください」

 

 東路の道の果ての行きずりにということなのか、何とも軽く見られたようできもくて、すぐに奥に引っ込むと、

 

 「はるか遠い野原の露が欲しくなり

    (うすむ)(らさき)を口実にするのね

 

 従妹同士でこれ以上深い縁はないのに。」

 

 駄目だったかと、苦笑いし、

 「深いか浅いかなんて、とっくにわかってることと思います。

 真面目な話、あまりに恐れ多い方から呼ばれているのを知っていながら、この気持ちを抑えることができなくて、何とかして伝えようと思った次第です。

 断られたらどうしようと思うと怖くて、ずっと心の中にしまってなのですが、悩むのはどちらも同じなら身を尽してもと思ったまでです。

 頭の中将が今どうなってるのかご存知ですか?

 人ごととは思えません。

 どちらも親父の娘だと信じて馬鹿を見たのは同じだと思いました。

 むしろ兄弟だと知って気持ちも醒めて、どっちにしてもこれからいつも一緒だと自分に言い聞かせて納得できるのがほんと羨ましいし、妬ましいし、それに引き換えこの俺に何が残るのかと、可哀想だと思わないかい‥‥。」

などと、うじうじといつまでも長々と言い立てるのが痛すぎて、これ以上は書かないことにします。

 

 尚侍の君は文字通りドン引きで奥へ行ってしまうので、これはまずいと思いつつも、

 「つれないですね。

 私が過ちを犯すような男でないことは、前から見ててわかってることでしょうに。」

と言って、これが最後のチャンスとばかりに何か言おうとしましたが、

 「気分が悪いので。」

と結局行ってしまい、中将も深くため息をついて立ち上がりました。

 

 「半端なことしちゃったな」と後悔しながらも、それ以上に心ときめかしたあの人の気配をわずかな物越しに感じ、せめて声だけでも少し何かの拍子に聞こえてきたらとドキドキしながら父の大臣の前に行くと、やがて出てきて返事のことを聞かれました。

 

 「この宮仕えには気が乗らないみたいだな。

 兵部の卿の宮など、女の扱いに慣れているし、なかなか女がグッとくるようなことを言ったりして惑わせてるんだろうな。

 すっかりその気になってしまってるなら残念だ。

 だけど大原野の行幸で上様(みかど)を見てからは、結構その気になって喜んでたと思ったのにな。

 若い娘ならほんの少しでも見ちゃったら、宮仕え以外考えられないんじゃないかと、そう思って話を進めてたんだがな。」

 

 すると、中将は、

 「それであの人の様子からして、誰とくっつけるのが良いと思ってらっしゃるのですか?

 中宮様は別格ですし、内大臣の所の弘徽殿女御も安定して御門の寵愛を受けているといいます。

 あの姫君がいかに気に入られたとしても、それと同列になることは無理だと思います。

 兵部の卿の宮様が大変熱心に結婚を望んでるところに、あえて後宮というわけでもない(ないし)(のかみ)としての出仕ということで引き離してじらすのも、兄弟だというのにひどいんではないかと思います。」

などといかにも大人びたふうに言います。

 

 「それはちょっと難しいな。

 俺一人で決めて良いことでもないし、そんなことしたら大将《スケザネ》だって俺を恨むだろうしな。

 みんなそれぞれ悩みを抱えているのをきちんと理解しないと、予期せぬ人の恨みを買って、かえってスキャンダルになってしまうもんだ。

 あれの母の悲しい遺言を忘れることなかったから、人も通わぬ山里にいると聞いた時に、あの大臣もおそらく知らないだろうと思って気の毒になり、こうして引き取って来たんだ。

 こうして大事に育ててると聞いて、あの大臣も認知した次第だ。」

などと、うまいこと辻褄を合わせます。

 

 「品格を具えてるので兵部の卿の宮の夫人になるのは確かに良いことだ。

 今の感覚を持った新しもの好きで、それでいて賢明で間違ったことをしそうにないし、夫婦仲もうまくいくだろう。

 そうでなく、(ないし)(のかみ)になるにしても適任だと思う。

 見た目も良いし品もあって宮中の行事の際にも見劣りしないし、何事もはっきりとした性格だから御門が通常求めていることには十分対応できる。」

 

 中将はその言葉の裏の意図が知りたくて、

 「いままでこうやって育てこられたことに、いろいろ勘繰る人もいると思います。

 あの大臣もそんなふうに思って、大将《スケザネ》があの大臣の方に手紙で仄めかした時にもそう答えたといいます。」

と言うと、大笑いして、

 「どっちもらしくないな。

 とにかく、宮仕えにしても何にしても内大臣の許可を得て、その決定に従わねばなるまい。

 女は三従と言って『家に在れば父に従い、嫁に出れば夫に従い、夫の死後は子に従え』と言われている。

 実の父に従うのが当然で、そこを曲げて俺が勝手なことをするなんてのは、やってはいけないことだ。」

と言いました。

 

 「うちの中には中宮様をはじめやんごとなき方はもとより、長年連れ添ってる妻もいるし、その中に新しく加えることができないから、半ば追い出すようにして内大臣に押し付け、在宅のまま形だけ宮仕えさせながら、結局愛人として囲っておくとは、なかなか抜け目のないし面白いやり方だと喜んでると、確かな筋からそう伺いました。」

と姿勢を正して申し上げると、なるほどそういう見方もあるのかと思いつつ残念そうに、

 「随分と邪悪な説に憑りつかれてしまったもんだな。

 穿ちすぎるのもあいつの欠点だな。

 まあ、どっちが正しいかはいずれはっきりするだろう。

 料簡が狭いな。」

と一笑に付しました。

 

 一点の曇りもない様子ですが、中将からすれば却って疑惑が深まったという所でしょう。

 

 源氏の大臣も、

 「なるほど、人がそんなふうに見てるように、結局その通りにやらかしてしまうことも我ながらありそうだと思うと、それも不本意だし困ったことになる。

 あの大臣にも何とかして邪心のないことをわからせてやらなけらば。」

と思います。

 

 それにしても宮仕えは決めたけど、どこかでそうなるんじゃないかとわかっていたことを、よくもまあ見抜いたものだなと気持ち悪くもなります。

 

   *

 

 このようにして喪服を脱ぐことになり、

 「来月の九月になってしまうと忌み月になるので、入内は十月にでも。」

と源氏の大臣は言うと、御門も待ち遠しく、それを知った人たちも皆残念がって、その前に何とかと玉鬘にコンタクトを取れないかとあの手この手になってます。

 

 言い寄る人の心を止めるのは吉野の滝を堰き止めるよりも難しいと、昔の歌にもあることなので、困ったものです。

 

 中将も前に半端な気持ちでもって言い寄ったりしたため、俺のことどう思ってるのかと思い悩みながらも、あちこち駆けまわっては熱心の身の回りのお世話を引き受けては機嫌を取ろうとします。

 

 安易に軽い気持ちで言い寄ったりはせず、何とか気持ちを抑えて穏やかに振る舞ってます。

 

 実の兄弟と判明したあの二人は六条の方には寄り付かず、宮仕えに来たらその時お世話しようとそれぞれじっと待っています。

 

 頭の中将がすっかり夢中になってたことも今では忘れたかのようで、女房達も「随分変わり身が早いのね」と面白がってるなかを、内大臣からの使いとして出入りしています。

 

 まだ公然と父親としてふるまうこともなく、ひそかに手紙を交わしているだけで、月の明るい夜は月の桂の木の影に隠れて言づてをしてます。

 

 以前は見ることも声を聞くこともありませんでしたが、今では南の簾の前まで入れてもらってます。

 

 直接話すにはまだ遠慮があって、宰相の君と呼ばれる女房を介して受け答えをしています。

 

 「こんなわたくしめを選んでお伺いしたのは、人づてでは困るような伝言だからなのです。

 こんな遠くからではどうやって伝えれば良いものか。

 私なんぞは物の数でもない身分ですが、兄弟という切っても切れない縁があります。

 まあ、そういうのも古めかしいことかもしれませんが、心強い味方になれるかと思ってます。」

と言って、直接話しかけようとします。

 

 「確かにそうですわ。

 これまでの経緯などもいろいろ話していきたいとは思いますが、この頃どうも気分がすぐれなくて、起き上がるのも困難なんです。

 そんな疑うようなことを言うのも却ってよそよそしいのではないかと思います。」

 そう丁重に宰相の君を介して伝えてきました。

 

 「お体の具合が悪いのでしたら、御几帳のすぐそばまで失礼します。

 まあ、こんなことを言うのも他人行儀だな。」

と言って、内大臣の言づてを密かに伝えるところなど、誰にもまして信用できます。

 

 

 《参内する時のことなど、連絡もなければ詳細もよくわからない状態なので、何かあったらこちらの方に相談すると良い。

 私自らは人目を憚る事情があって、そちらに伺うこともできず、直接話ができないのは憂慮すべきことだ。》

 

 

 などと話して聞かせるついでに、

 「それはそうと、いままで馬鹿な手紙をやったが、もうそんなことはしない。

 どっちにしても、私の気持ちを見てみぬふりをされるのは残念なことです。

 一つには、今宵のこの扱いです。

 奥の方にまで入られるのは女房達は嫌がるかもしれませんが、下仕えの方達くらいからは話を聞きたい。

 余所ではこんな警戒されることはない。

 いろんな意味で普通の兄弟ではないのだろう。」

と首をかしげてあまり不満を言うのに興味が湧いて、宰相の君を通じて返事を伝えます。

 

 「確かに軽々しく人に聞かれても困るようなことがあって、これまでずっと人に知られずにいた苦しみを言うことができないのは、決して良いことではないと思います。」

 

 そうきっぱりというあたりは、立派な受け答えで、それ以上不満を言うのはやめにしました。

 

 「妹背山深い山路を通らずに

    無縁(をだえ)の橋でふみ迷いました

 

ね。」と悔やむのも、誰のせいでもありません。

 

 「道に迷っているとは知らず妹背山

    ふみ間違いをみんな見ました」

 

 「兄弟からの手紙だなんてわからなかったんですよ。

 何事も異常なまでに世間全般を憚っては、何も知らせないようにしていました。

 自然とそれもなくなると思います。」

と宰相の君に言われると、それもそうだと思い、

 「そうだな。

 長居をするのも野暮なことだ。

 ゆくゆく(ないし)(のかみ)の仕事をしてゆくうちに、その時にでも。」

と言って立ち上がりました。

 

 月は翳ることなく登って空の景色も鮮やかになる中、頭の中将の姿は美しくも凛々しくもあり、その直衣(のうし)姿は気持ちいいまでに華やいでいてクールです。

 

 宰相中将の洗練された物腰には及びませんが、これもなかなか立派で、類は友を呼ぶものねと、若い女房達はいつものように些細なことを持ち上げては盛り上がってました。

 

   *

 

 大将は右の近衛の大将で、中将も同じ右の近衛の次官(すけ)なので、いつも一緒に仕事をしていて、懇意に語り合い、内大臣にも娘となった玉鬘との取り次ぎをお願いしました。

 

 人柄も大変良くて、朝廷の後見人としての地位を固め、聟としても申し分もないと思いながらも、

 「源氏の大臣が(ないし)(のかみ)として出仕させるというなら反対はできない。

 その決定に従う。」

と源氏に何か思惑があるのなら、任せておこうと思ってます。

 

 この大将は春宮の母君の兄弟でもあります。

 

 大臣達を別にすれば、その次に位置する人で、高貴で不動の地位を誇ってました。

 

 歳は三十二か三くらいです。

 

 妻は紫の上の腹違いの姉でした。

 

 式部の卿の長女になります。

 

 歳が三つ四つ上で、これといった欠点はなさそうなのですが、人柄の方に問題があったのか「婆さん」と呼んで無視していて、何とかして別れられないかと思ってました。

 

 その辺の事情もあって、六条の大臣はこの大将のことをあまりいい相手ではなく、困ったもんだと思ってました。

 

 欲望に任せて忍び込んでくるようなことはないにせよ、あちこち根回しをして歩いてました。

 

 「内大臣の方はまんざらではないようだな。

 あの姫君も宮中への出仕に乗り気でない。」

という六条院の方の情報も、さる筋からいろいろあって、それを聞くと、

 「だったら源氏の大臣だけが反対してるのか。

 それなら実の親の目にさえ叶えば。」

と弁の御許(おもと)にも頼み込みます。

 

   *

 

 九月になりました。

 

 初霜が降りて白く美しい朝に、例によってそれぞれの取次ぎ役の女房が体で隠すようにしながら恋文を手渡しますが、自分からは見ようとはせずに、女房が読んで聞かせるのを聞きました。

 

 大将のは、

 

 

 《どうしてもということで来てみましたが、過ぎ行く空の景色に気が気でなくて、

 

 普通なら忌み月となるこの九月

    そこに命を懸けるだけです》

 

 

 来月になったら入内することになるという情報をしっかりとつかんでます。

 

 兵部の卿の宮は、

 

 

 《今さらどうにもならないことなので、言ってもしょうがないかもしれませんが、

 

 朝日さす庭の光に玉のような

    笹の葉の露忘れないでね

 

 少しでもわかって下さるのなら、それを慰めとします。》

 

 

などと、下折れの笹の枝に付いた手紙を、霜まみれになって持ってくる使いの者は、どちらも哀れです。

 

 式部の卿の宮の左兵衛督(さびょうえのかみ)源氏の大臣の奥方の異母兄弟でした。

 

 源氏とも親しくてしょっちゅう来ている人だったので、内部の事情もよく知っていて、どうしようもなく落ち込んでいます。

 

 不満をいろいろ書き連ねた後、

 

 

 《忘れようと思うもあまりに悲しくて

    どのようにしてどのようにすれば》

 

 

 紙の色、筆使い、薫きこんだ匂いもそれぞれで、女房達も皆、

 「諦めて来なくなっちゃったら寂しくなるね。」

などと言ってました。

 

 兵部の卿の宮への返事だけ、何か感じるものがあったのか、ただ簡単に、

 

 

 《自分から光へと延びる葵でも

    自分で朝の霜は消さない》

 

 

 そう薄っすらと書いてあるのをとにかく有り難そうに何度も見ては、自分のことを少しでも気にかけてくれたと思うと、露ばかりでも喜んでました。

 

 このように、特に何ごともない中で、いろんな人達が口々に悲しんでました。

 

 

 女の身の処し方としては、この姫君はお手本のようなと、どちらの大臣もそう結論付けたとか。